BS-TBS
映画
シアターA「マラドーナ」
11/05/04(水)19:00~20:54
神の子と呼ばれた男は、一人の人間だった
Cast
ディエゴ・アルマンド・マラドーナ、エミール・クストリッツァ、マラドーナ・ファミリー、カストロ将軍、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、マヌ・チャオ 他
Staff
2008年 スペイン・仏
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
番組内容
アルゼンチン国民の英雄、ナポリの救世主、稀代のエンターテナー、そして薬に溺れた堕ちた偶像・・・。20世紀スポーツ界もっともスキャンダラスなスーパースター。“神の子”ディエゴ・アルマンド・マラドーナ 49歳。名匠エミール・クストリッツァ監督がブエノス・アイレスからナポリ、ベオグラードへと“魂の反逆児”の真実を追った話題のドキュメンタリー作品。
2011年5月4日水曜日
2011年2月11日金曜日
U20南米選手権 ブラジル 1 × 2 アルゼンチン
U20南米選手権 ブラジル 1 × 2 アルゼンチン
2011年2月6日
■ http://ja.justin.tv/psnhd_3/b/279104933
Gols:Funes Mori, aos 8 do primeiro tempo; Willian Jose, aos 10 do segundo tempo; Iturbe, aos 22 do segundo tempo
ARGENTINA: Andrada, Pezzella, Tagliafico, Martinez, Nervo; Zuculini (Cirigliano), Gonzalez, Battaglia, Rodriguez; Funes Mori (Ferreyra) e Iturbe (Diaz).
Tecnico: Walter Perazzo
BRASIL: Gabriel, Danilo, Bruno Uvini (Saimon), Juan e Alex Sandro; Fernando, Casemiro, Lucas, Oscar (Romario) e Neymar; Willian Jose (Diego Mauricio).
Tecnico: Ney Franco
おお! と唸ったのはアルゼンチンの2点目。
ボコボコの荒れたピッチ状態で、ああいうドリブルのできるスキルは、ちゃんとした練習じゃあ身に付かないね。
さらにシュートシーンでの冷静な狡猾さ。
ブラジルの得点シーンが、まるで東欧か北欧か、みたいなパワフルロングだった(ドゥンガ前フル代表監督以前のブラジルなら、確実にスルーパスを狙ってた)のと比べると、ラテンアメリカサッカーの盟主は、ブラジルじゃなくてアルゼンチンなのかなあなんて、ちょっとガッカリしてしまった。
見たのはこのハイライトだけだから、俺のガッカリが外れであることを祈るのみである。
フアン・マヌエル・イトゥルベ・アレバロス
(Juan Manuel Iturbe Arevalos、1993年6月4日 - )170cm-65kg
南米のホープをめぐり、マンUとマドリーが激突か
アルゼンチンのイトゥルベがターゲット
2011/01/18
マンチェスター・ユナイテッドはアルゼンチンの将来有望な17歳、フアン・マヌエル・イトゥルベの獲得を狙っているという。だが、そのためには、レアル・マドリーとの争奪戦を制する必要がある。
現在アルゼンチン1部のキルメスに所属するイトゥルベは、高く評価されている。さらにはイングランドなど欧州からの関心を引き付けていると、『トーク・スポーツ』が報じている。
イトゥルベは昨年8月にパラグアイのセロ・ポルテーニョからキルメスに加入。母国に戻ると、一気に自身を印象づけた。
マンU、マドリーとも、南米まで達するスカウト網を備えている。すでにイトゥルベを将来のスター候補としてリストアップしているようだ。
ただし、キルメスが1月にイトゥルベを手放すことは考えにくく、争奪戦は夏以降になりそうだ。
END
2011年2月6日
■ http://ja.justin.tv/psnhd_3/b/279104933
Gols:Funes Mori, aos 8 do primeiro tempo; Willian Jose, aos 10 do segundo tempo; Iturbe, aos 22 do segundo tempo
ARGENTINA: Andrada, Pezzella, Tagliafico, Martinez, Nervo; Zuculini (Cirigliano), Gonzalez, Battaglia, Rodriguez; Funes Mori (Ferreyra) e Iturbe (Diaz).
Tecnico: Walter Perazzo
BRASIL: Gabriel, Danilo, Bruno Uvini (Saimon), Juan e Alex Sandro; Fernando, Casemiro, Lucas, Oscar (Romario) e Neymar; Willian Jose (Diego Mauricio).
Tecnico: Ney Franco
おお! と唸ったのはアルゼンチンの2点目。
ボコボコの荒れたピッチ状態で、ああいうドリブルのできるスキルは、ちゃんとした練習じゃあ身に付かないね。
さらにシュートシーンでの冷静な狡猾さ。
ブラジルの得点シーンが、まるで東欧か北欧か、みたいなパワフルロングだった(ドゥンガ前フル代表監督以前のブラジルなら、確実にスルーパスを狙ってた)のと比べると、ラテンアメリカサッカーの盟主は、ブラジルじゃなくてアルゼンチンなのかなあなんて、ちょっとガッカリしてしまった。
見たのはこのハイライトだけだから、俺のガッカリが外れであることを祈るのみである。
フアン・マヌエル・イトゥルベ・アレバロス
(Juan Manuel Iturbe Arevalos、1993年6月4日 - )170cm-65kg
南米のホープをめぐり、マンUとマドリーが激突か
アルゼンチンのイトゥルベがターゲット
2011/01/18
マンチェスター・ユナイテッドはアルゼンチンの将来有望な17歳、フアン・マヌエル・イトゥルベの獲得を狙っているという。だが、そのためには、レアル・マドリーとの争奪戦を制する必要がある。
現在アルゼンチン1部のキルメスに所属するイトゥルベは、高く評価されている。さらにはイングランドなど欧州からの関心を引き付けていると、『トーク・スポーツ』が報じている。
イトゥルベは昨年8月にパラグアイのセロ・ポルテーニョからキルメスに加入。母国に戻ると、一気に自身を印象づけた。
マンU、マドリーとも、南米まで達するスカウト網を備えている。すでにイトゥルベを将来のスター候補としてリストアップしているようだ。
ただし、キルメスが1月にイトゥルベを手放すことは考えにくく、争奪戦は夏以降になりそうだ。
メッシとイトゥルベ
END
2011年1月21日金曜日
2010年12月14日火曜日
ブラジル×アルゼンチン戦 2010年11月17日
およそ1ヶ月前の、フレンドリーマッチ(ブラジル×アルゼンチン)
Argentina Vs Brazil 1-0
Lionel Messi Goal & Match Highlights
November 17 2010 - Friendly
Brasil 0-1 Argentina
11.17.2010
17.11.2010
Lionel Messi Goal 90
01:50&02:15 コーナーキックでのブラジルがゾーンで守るのは伝統だけど、これってゾーンとして成立してるのかな? 担当の重なってるスペースが多い割りに、誰も見てないスペースもゴロゴロあるような……
決勝点は、確かにマラドーナを彷彿とさせる、すばらしいゴール。
以上
Argentina Vs Brazil 1-0
Lionel Messi Goal & Match Highlights
November 17 2010 - Friendly
Brasil 0-1 Argentina
11.17.2010
17.11.2010
Lionel Messi Goal 90
01:50&02:15 コーナーキックでのブラジルがゾーンで守るのは伝統だけど、これってゾーンとして成立してるのかな? 担当の重なってるスペースが多い割りに、誰も見てないスペースもゴロゴロあるような……
決勝点は、確かにマラドーナを彷彿とさせる、すばらしいゴール。
以上
2010年12月3日金曜日
ワールドカップ開催地決定
2018年と2022年の、ワールドカップ開催地が、かなりあやしい選考過程を経て、昨夜決定した。
------------------------------------------
国際サッカー連盟(FIFA)は2日、スイスのチューリヒで理事会を開き、22人の理事の投票でW杯2大会の開催地を決め、2022年大会は招致を目指した日本が落選して中東初のカタールとなった。日本は初の単独開催を逃した。
18年大会は旧ソ連、東欧で初開催のロシアを選んだ。ロシアは14年ソチ冬季五輪に続いてビッグイベントを開く。
FIFAの規定で、日本などアジア勢が次に立候補できるのは34年大会となる。
日本は投票で、22票のうち1回目は3票で、5候補地中4位で通過したが、2回目は2票で最下位となり敗れた。
------------日刊スポーツ-----------
今、小学校6年生の子供たちは、平成10年、つまり1998年フランスワールドカップの年に産まれている子が大半だ。
ということは──
2018年ロシアワールドカップの時には20歳。
そのアジア地区予選の時には18~19歳。
2022年カタールワールドカップのときには24歳。
そのアジア地区予選の時には22~23歳。
そして2026年ワールドカップの時には28歳。
そのアジア地区予選の時には26~27歳。
そして2030年ワールドカップの時には32歳。
そのアジア地区予選の時には30~31歳。
となる。
日本人サッカー選手のピークカーブや引退時期を考えると、ワールドカップへの出場を狙うことに限定するなら、最も巡り合わせの良い幸運な世代だと言える。
(ただし、その開催地については、あまり恵まれているとは言えない。ロシアとかカタールとかでサッカーやれって、どんな罰ゲームだよ。この点では、ロンドンオリンピックとブラジルワールドカップに可能性がある現世代の方が、はるかに恵まれている)
※オリンピックへの出場に関しては、その年齢制限規定が流動的であるために、その有利不利を一概には言えない。
この世代の子供たちは、日本サッカーの将来を担っている「ど真ん中世代」だ。
「谷間世代」だとか「谷底世代」などという、育成上の失敗を繰り返すことのないよう、日本サッカー協会には期待したい。
そして子供たちは、自分たちは「幸運な世代」なのだという自覚を持って、ワールドカップに出て、上位に進出するんだという気概で、日々精進して欲しい。
【おまけ】 プロのサッカージャーナリストの直前予測でもこの程度。
後藤 健生 12月02日10:48
2022年のワールドカップ開催地として中東のカタールが立候補した。だが、カタールが選ばれる可能性はほとんどないだろう。ワールドカップが開かれる夏場の6月、7月のカタールは、気温が45度くらいに上がる酷暑の時期である。そこでカタールはスタジアムや練習場を冷房可能にするという提案をしている。だが、もし、スタジアム、練習場、宿泊施設などをすべて冷房したとしても、1ヶ月間その中にだけいられるわけはない。やはり45度の国でワールドカップをするのは不可能だろう(しかも、イスラムの戒律の厳しいカタールでは、ビールが飲めないのでは!)。
後藤氏のサッカー評論はユニークで、私は好きだ。
でも、国際会議での決定が、それも投票による決定が、「暑いから」くらいの理由で左右されるなんて思ってるんだとしたら、「俺は相当純朴なんだな」と自覚するべきです。
今現在メキシコの菅君、もといカンクンで開催されているCOP16でも、そこでの決定は、決して“合理的”になされたりはしません。もっと別な力によって、会議は揺さぶられるのです。
理由があって、決定がなされるのではなく、
決定の後に、理由が生まれるのです。
ま、何だってそうなんですけどね。
この世界は、機能的、もとい帰納的にできているんですから。
神様が、こういう世界にしたいから、これとこれとあれが必要だ、って創造したんじゃなかったじゃないですか。
「あれ出てこい。これも作っちゃえ。あ、あれ忘れてたわ」って感じで、いろんなものを次々創った結果、この世がこういう世界になった、と聖書には書いてあります(クリスマスが近いですしバージョン)。
科学も、現実(つまり結果)がこうだから、そこにはこういう理屈(つまり理由)が存在しているはずだ、という仮説の積み重ねで構築されています。
結論:世の中は結論が先、理由は後。
ということで、ヨロシクです。
以上
------------------------------------------
国際サッカー連盟(FIFA)は2日、スイスのチューリヒで理事会を開き、22人の理事の投票でW杯2大会の開催地を決め、2022年大会は招致を目指した日本が落選して中東初のカタールとなった。日本は初の単独開催を逃した。
18年大会は旧ソ連、東欧で初開催のロシアを選んだ。ロシアは14年ソチ冬季五輪に続いてビッグイベントを開く。
FIFAの規定で、日本などアジア勢が次に立候補できるのは34年大会となる。
日本は投票で、22票のうち1回目は3票で、5候補地中4位で通過したが、2回目は2票で最下位となり敗れた。
------------日刊スポーツ-----------
今、小学校6年生の子供たちは、平成10年、つまり1998年フランスワールドカップの年に産まれている子が大半だ。
ということは──
2018年ロシアワールドカップの時には20歳。
そのアジア地区予選の時には18~19歳。
2022年カタールワールドカップのときには24歳。
そのアジア地区予選の時には22~23歳。
そして2026年ワールドカップの時には28歳。
そのアジア地区予選の時には26~27歳。
そして2030年ワールドカップの時には32歳。
そのアジア地区予選の時には30~31歳。
となる。
日本人サッカー選手のピークカーブや引退時期を考えると、ワールドカップへの出場を狙うことに限定するなら、最も巡り合わせの良い幸運な世代だと言える。
(ただし、その開催地については、あまり恵まれているとは言えない。ロシアとかカタールとかでサッカーやれって、どんな罰ゲームだよ。この点では、ロンドンオリンピックとブラジルワールドカップに可能性がある現世代の方が、はるかに恵まれている)
※オリンピックへの出場に関しては、その年齢制限規定が流動的であるために、その有利不利を一概には言えない。
この世代の子供たちは、日本サッカーの将来を担っている「ど真ん中世代」だ。
「谷間世代」だとか「谷底世代」などという、育成上の失敗を繰り返すことのないよう、日本サッカー協会には期待したい。
そして子供たちは、自分たちは「幸運な世代」なのだという自覚を持って、ワールドカップに出て、上位に進出するんだという気概で、日々精進して欲しい。
【おまけ】 プロのサッカージャーナリストの直前予測でもこの程度。
後藤 健生 12月02日10:48
2022年のワールドカップ開催地として中東のカタールが立候補した。だが、カタールが選ばれる可能性はほとんどないだろう。ワールドカップが開かれる夏場の6月、7月のカタールは、気温が45度くらいに上がる酷暑の時期である。そこでカタールはスタジアムや練習場を冷房可能にするという提案をしている。だが、もし、スタジアム、練習場、宿泊施設などをすべて冷房したとしても、1ヶ月間その中にだけいられるわけはない。やはり45度の国でワールドカップをするのは不可能だろう(しかも、イスラムの戒律の厳しいカタールでは、ビールが飲めないのでは!)。
後藤氏のサッカー評論はユニークで、私は好きだ。
でも、国際会議での決定が、それも投票による決定が、「暑いから」くらいの理由で左右されるなんて思ってるんだとしたら、「俺は相当純朴なんだな」と自覚するべきです。
今現在メキシコの菅君、もといカンクンで開催されているCOP16でも、そこでの決定は、決して“合理的”になされたりはしません。もっと別な力によって、会議は揺さぶられるのです。
理由があって、決定がなされるのではなく、
決定の後に、理由が生まれるのです。
ま、何だってそうなんですけどね。
この世界は、機能的、もとい帰納的にできているんですから。
神様が、こういう世界にしたいから、これとこれとあれが必要だ、って創造したんじゃなかったじゃないですか。
「あれ出てこい。これも作っちゃえ。あ、あれ忘れてたわ」って感じで、いろんなものを次々創った結果、この世がこういう世界になった、と聖書には書いてあります(クリスマスが近いですしバージョン)。
科学も、現実(つまり結果)がこうだから、そこにはこういう理屈(つまり理由)が存在しているはずだ、という仮説の積み重ねで構築されています。
結論:世の中は結論が先、理由は後。
ということで、ヨロシクです。
以上
2010年11月23日火曜日
就活に見る戦略的互恵関係
就活に見る戦略的互恵関係
戦略的互恵関係というのは、本心からというわけではないけど、お互いに得になるんだから手を結びましょう、というような関係のことです。
でも国際社会で実際にこの関係が成立するのは、「お互いに得になるんだから」というケースよりも、「お互いに損を避けるために」というケースの時の方が圧倒的に多いです。
人間は、得になることよりも、損を避けることの方が動機になりやすい心理傾向を持った生物だからです。
今年の「大卒内定状況が芳(かんば)しくない」という報道を目にします。
何十社にも応募したが、面接できたのは数社、内定はまだない、というような学生の話も耳にします。
でもまあ、多少メディアリテラシーのある人なら、後段は前段の主張の「証拠」としての「実例」として提示されたインタビューなので、実際の多数がこうだということではないだろうことは容易に想像できます。むしろ、珍しいからニュースに取り上げられたと考えるべきでしょう。
そもそもの話を考えてみましょう。
現在、就職活動で苦労している、うまくいっていない、思うような結果が得られない、というのは採用する側、採用される側、双方にとって「損」をしている状況です。
採用する側にしてみれば、8~10年後に主力となってくれる人材を確保できなければ、企業の存続が危うくなるのは確実です。その一方で、戦力どころか負担になる、足をひっぱるような人材をうっかり採用してしまったら、危うくなるどころか崩壊まっしぐら間違いなしです。
採用される側にしてみれば、あれこれ言うまでもなく、就職は自分の人生に直結する大問題です。
就職状況が厳しいものであることは、もう十数年前からすでに常識となっています。いえ、「厳しい」というよりも「真剣勝負の場になった」ということで、むしろこれが本来の正しい姿なのだと言えるでしょう。企業にとっても、学生にとっても、将来に直結するもっとも重要な決断のひとつなのですから。
今、就職活動で苦労しているという学生は、己の能力の低さを大きく記したボードを首からぶらさげているようなものです。
数年後に確実にやってくる将来のための準備をまったくできない人材だ、という証だからです。
中学生の時に気づいた子は、大学受験のために高校を選び、その高校受験のための準備したことでしょう。
自分は大学受験でうまくいきそうもないタイプだと判断すれば、芸能界を目指したり、職人の世界へ踏み込んだりする子もいます。
こういう世界は年功序列じゃなくて、先輩後輩の縦社会ですから、早く入った方が「先輩」「兄さん」となります。伊集院光さんは、見てくれも、頭もよくない自分がこのままみんなと同じ土俵で競っていても勝てる日は来ない、来るわけがない、と思って、まだ高校生の時に近所の落語家の家のドアをノックしたのだそうです。
受験勉強がいやなら、無理に受験勉強のための勉強をすることはないんです。でも何かはしないと、せっかく歴史も文化もインフラも豊かな日本に生まれることができたのに生きている意味がありません。成人する日は、生きている限り確実にやってくるのですから。
受験勉強に向いていると思っていたのに、結果として、もし大学生ランキングがあったら上から1万番目、とかになる学生にしかなれなかったとします。
「ぼくの(わたしの)、人間性とやる気を見てください」とアピールしても、1万番目からの声は、採用担当者にまで届くことはありません。1メートル先ならささやき声でも聞こえますけど、1万メートル先からの声は、拡声器を使っても相当に厳しいです。
大学入試が終了した時点で、自分が何番目になりうるかという予測は、ふつうの頭を持っているならできないことではありません。間違えてはいけないのは、これはあなた個人の能力の順位ではない、ということです。あくまで「大学新卒」としての順番です。序列といってもいいかもしれません。アイウエオ順みたいなもので、決まってしまったら、入れ替わることはないような順番です。
ならどうするのか、その答えは簡単。
違う列に並び直すしかありません。よく資格を取れというのは、こういう意味からなんです。別に資格を取ったから、同じ列での順位があがるとかそういうことではなくて、違う列に並び直せるよということなんです。資格を取るのに払う代償(努力、時間、費用)が大きいほど、新しい列に並んでいる人(ライバル)は少なくなります。つまり、自分の順位が前になって、自分の声もよく採用担当者に届くようになるということなんです。
注意しなくてはならないのは、先にちゃんと採用担当者がいる列に並ぶ、ということ。あまりに珍妙な資格の列に並んでしまうと、順位がいくら前になっても、その先に採用担当者がひとりもいないなんてことになる場合がありますから、その辺は気をつけましょう。
さてでは、今現在、就職活動がうまくいっていない学生はどうすればいいのでしょう。
これも同じことです。
長い長い列の中段以降でじりじりしていても、あなたの番までは回ってきません。
何十と列に並ぼうが、何百と列に並ぼうが、あなたの前に大勢が並んでいる状況が変わらない限り、あなたの声は採用担当者まで届かないのですから、結果は同じことの繰り返しになります。
どこの列の長さが短いのかは、誰も教えてはくれません。
また、その答えもありません。
列は、状況や環境に応じて刻々と変化しているからです。
ハローワークや就職情報サイトを経由してもたらされる情報にはタイムラグがある上に、その情報はあなたにだけもたらされるのではないということも、理解する必要があります。「ここが短い」と知れてしまった瞬間に皆が殺到し、そこにはまた長い長い列ができてしまうのです。
さて、ではどうしましょうか?
第一歩は、情報を察知するアンテナをもう一度整備して、感度を最大限に発揮させることです。
では、情報を察知するアンテナは、どこに行けば手にはいるのか。
実は、あなたはすでにそれを持っています。いえ、こう言いかえましょう。それぞれの人が持っている自分のアンテナが拾った波長の情報こそが、それぞれの人にピッタリ合った情報なのです、と。
あなたの部屋の中をよく見回してみてください。
何がありますか?
その中で、一番よく手にしている物が、あなたにもっとも近い世界の象徴です。一番大事にしている物が、あなたがもっともあこがれている世界の象徴なのです。子供の頃から、ずうっとそばにあったものがあったりしたら、それこそがあなたの象徴なのです。
そこを探求の入口にして、あなたのアンテナを集中させて、あなたにピッタリ合った情報を収集しましょう。
まずはそこからです。
現代社会では、何かが存在すれば、それに携わる仕事も存在しています。仕事が存在すれば、それに関係する企業がいくつも存在しています。企業があれば、そこで働いている人も必ず存在しているんです。そして、人が存在していれば、必ず入れ替わりもあるんです。
欲しい人材が応募してこないのは、企業側に原因があります。
内定がもらえないのは、学生側に原因があります。
これは両者にとって「損」な状況なのです。
ここは「戦略的」に、つまり(現時点での)本心はひとまず置いておいて、損を避けるためにはどうすればいいのかを考えてみてはいかがでしょう。
だいたいの話、就職活動で苦労して、内定をもらえないと嘆いているのは、これまで教科書や参考書をまともに開いたことのないような人たちなんです。そうやってこれまで生きてきたのに、突然教科書や参考書通りの「就職活動」をしても、うまくいくわけがないじゃないですか。高校受験や大学受験だって、何年間もかけて準備するのに、なんでその最終形である就職活動ではろくに準備もしないで、それでいて「厳しい、厳しい」と文句を言うのでしょう? 矛盾してますよね。
逃げないでちゃんと考えてみて欲しいんです。
求人状況が「厳しい」から内定をもらえないんじゃなくて、あなたが「厳しくない」から内定をもらえないんじゃないか、と。
国を超えて取引するのが当たり前の時代には、人材だって国を超えるのは当たり前です。
中国で人材募集をしたり、外国人が日本で求職したりするのが当たり前の世の中です。
家賃の高い東京を離れて、家賃の安いどこかでひとり暮らしを始めて見るのもきっと楽しいと思うんですけど、いかがでしょうか。
それに、知り合いのいない土地でひとり暮らしをすると、さみしいからすぐに彼氏彼女ができます。自然とそういうオーラが発せられるのか、ハードルが下がるのか、異性への見方が広がるのか、友人知人や過去とのしがらみがなくなるのか、おそらくはそうしたことすべてが理由なのでしょうが、とにかくそういうケースが多いです。そしてすぐ結婚して子供を作ってしまいます。キャンドルがともるような家庭が欲しくなるのでしょうね。
採用する側の担当者になったつもりで、一番採用したくないタイプはどんな人なのか考えてみれば、おのずと何をすべきなのかがわかってきます。
サッカーチームの監督になったつもりで、どんな選手を試合で使うかを考えてみるのと一緒です。
何社受けても内定がひとつももらえないと嘆くだけの人が採用されないのは、試合に出してくれとわめくだけで努力や工夫をしない選手が試合で使われないのと同じ理由です。
あるいは自分と同じポジションにはすでに大物レギュラーがいるチームで、ただそのチームが有名だからとこだわりつづけている間に自分の選手としてのピークを越えてしまったら? すごくもったいないとは思いませんか? いやもったいないとかいうよりもそれ以前に、そんなのは楽しくないです。絶対に。
受験では、偏差値という指標と受験日があるおかげで、受からないところを何十校も併願するような事態にはならないですんでいます。
就職活動ではそれに類する物がないために、何十社もエントリーする「愚行」が可能となっています。
何十人へも「愛してます。結婚してください」とラブレター送るような相手に、誰が本気で向き合うというのでしょう?
あるいはみんなのアイドルを待ち伏せして、「愛してます。付き合ってください」とマジ顔で花束を渡したら、確実に通報されます。「いきなり何? あんた誰? 気持ち悪い。不気味」でしかないからです(「第一印象」で向こうがあなたに惹かれた場合は除く、ですが)。
受験勉強や資格取得というもののほとんどは、本心から望んでではなく、損をしないためになされるものです。
企業が欲しいのは、そういう判断と自制ができる人材です。
嫌だからやらない、したくないからしない、そういう人は願い下げです。
かといって、言われたことならなんでもやる。あるいは言われたことだけしかしない。そういう人材もできれば避けたいのです。
でもこれって、学生の側があそこはブラック(企業)だから嫌だとかいうのと一緒のことなんだって考えれば、「まあ当然だよな」と納得できることではないでしょうか(ブラック企業に対する、ブラック新卒みたいなものですから)。
就職活動がどうもうまくいかないなあとお悩みの学生は、ここで少し立ち止まって、ひとつ戦略的に、就職プランを再構築してみるのも一考ではないか、と私は思います。
もしあなたが子供の頃、フェラーリのオーナーになりたいなあなんて思っていたとしたら、高額な給与を得られる仕事や起業して成功することを狙うよりも、フェラーリの並行輸入業者や中古車ディーラーやブローカー、あるいはフェラーリのパーツショップに就職した方が早くて確実かも知れません。福利厚生は整っていないでしょうが、フェラーリのそばで仕事ができることは確かです。どんなにエコエコな世の中になったとしても、この世からフェラーリがなくなることはありません。日本の中古フェラーリを、中国やブラジルやインドネシアに輸出するビジネスなんてのがあったりしたら、かなり面白そうじゃないですか? そうは思いませんか?
女性なら、芸能プロダクションなんかの、経理や事務を志望してみるなんてのはどうでしょう。制作をやりたいという応募は山のようにあるでしょうが、数字を扱う方面では、そんなに人気の業界じゃあないかもしれません。でも、芸能界のお金の話や、所属のタレントさんに詳しくなれることは確かです。それにこの手の業界ってのは、入っちゃったもん勝ち、みたいなとこがありますから、“身内に”なったあとでなら、また別の展開も大いに起こりえます。
毎年毎年、東大早大慶大一橋上智東工大を合算すれば2万3千人前後の新卒が誕生します。
みんな、子供の頃からずうっと競争してきた人たちです。
もしあなたが、その手の競争が苦手なタイプなのだとしたら、ちょっと違う道を探してみた方がいいと、私は確信してます。
最後にもう一言。
就職活動がうまくいかなかったことくらいで、間違っても自殺なんかしたりしないように。
自殺するくらいなら、寺か修道会にでも入るか、遠洋漁業船に乗ってください。
あなたが知っていると思っていたはずの世界の本当の広さ、深さを実感できること請け合いです。
自殺するには、この世界はもったいなさ過ぎます。
いずれ、嫌でもこの世界とお別れする瞬間が来るのですから、
その時までは、この世界を楽しみましょうよ。
4年後にはブラジルワールドカップですよ。
どんなブラジル代表が見られるのか、
あるいはまたマラドーナがアルゼンチンの監督になってて、もしかしたら決勝でブラジル×アルゼンチン戦が観られるかもしれないんですよ。
それまでは、どんなに気に入らないことがあったとしても、戦略的互恵関係の精神で、その気に入らないことと付き合っていきましょう。
あなたを待っているのは明日の世界かもしれないんですから。
おわり
戦略的互恵関係というのは、本心からというわけではないけど、お互いに得になるんだから手を結びましょう、というような関係のことです。
でも国際社会で実際にこの関係が成立するのは、「お互いに得になるんだから」というケースよりも、「お互いに損を避けるために」というケースの時の方が圧倒的に多いです。
人間は、得になることよりも、損を避けることの方が動機になりやすい心理傾向を持った生物だからです。
今年の「大卒内定状況が芳(かんば)しくない」という報道を目にします。
何十社にも応募したが、面接できたのは数社、内定はまだない、というような学生の話も耳にします。
でもまあ、多少メディアリテラシーのある人なら、後段は前段の主張の「証拠」としての「実例」として提示されたインタビューなので、実際の多数がこうだということではないだろうことは容易に想像できます。むしろ、珍しいからニュースに取り上げられたと考えるべきでしょう。
そもそもの話を考えてみましょう。
現在、就職活動で苦労している、うまくいっていない、思うような結果が得られない、というのは採用する側、採用される側、双方にとって「損」をしている状況です。
採用する側にしてみれば、8~10年後に主力となってくれる人材を確保できなければ、企業の存続が危うくなるのは確実です。その一方で、戦力どころか負担になる、足をひっぱるような人材をうっかり採用してしまったら、危うくなるどころか崩壊まっしぐら間違いなしです。
採用される側にしてみれば、あれこれ言うまでもなく、就職は自分の人生に直結する大問題です。
就職状況が厳しいものであることは、もう十数年前からすでに常識となっています。いえ、「厳しい」というよりも「真剣勝負の場になった」ということで、むしろこれが本来の正しい姿なのだと言えるでしょう。企業にとっても、学生にとっても、将来に直結するもっとも重要な決断のひとつなのですから。
今、就職活動で苦労しているという学生は、己の能力の低さを大きく記したボードを首からぶらさげているようなものです。
数年後に確実にやってくる将来のための準備をまったくできない人材だ、という証だからです。
中学生の時に気づいた子は、大学受験のために高校を選び、その高校受験のための準備したことでしょう。
自分は大学受験でうまくいきそうもないタイプだと判断すれば、芸能界を目指したり、職人の世界へ踏み込んだりする子もいます。
こういう世界は年功序列じゃなくて、先輩後輩の縦社会ですから、早く入った方が「先輩」「兄さん」となります。伊集院光さんは、見てくれも、頭もよくない自分がこのままみんなと同じ土俵で競っていても勝てる日は来ない、来るわけがない、と思って、まだ高校生の時に近所の落語家の家のドアをノックしたのだそうです。
受験勉強がいやなら、無理に受験勉強のための勉強をすることはないんです。でも何かはしないと、せっかく歴史も文化もインフラも豊かな日本に生まれることができたのに生きている意味がありません。成人する日は、生きている限り確実にやってくるのですから。
受験勉強に向いていると思っていたのに、結果として、もし大学生ランキングがあったら上から1万番目、とかになる学生にしかなれなかったとします。
「ぼくの(わたしの)、人間性とやる気を見てください」とアピールしても、1万番目からの声は、採用担当者にまで届くことはありません。1メートル先ならささやき声でも聞こえますけど、1万メートル先からの声は、拡声器を使っても相当に厳しいです。
大学入試が終了した時点で、自分が何番目になりうるかという予測は、ふつうの頭を持っているならできないことではありません。間違えてはいけないのは、これはあなた個人の能力の順位ではない、ということです。あくまで「大学新卒」としての順番です。序列といってもいいかもしれません。アイウエオ順みたいなもので、決まってしまったら、入れ替わることはないような順番です。
ならどうするのか、その答えは簡単。
違う列に並び直すしかありません。よく資格を取れというのは、こういう意味からなんです。別に資格を取ったから、同じ列での順位があがるとかそういうことではなくて、違う列に並び直せるよということなんです。資格を取るのに払う代償(努力、時間、費用)が大きいほど、新しい列に並んでいる人(ライバル)は少なくなります。つまり、自分の順位が前になって、自分の声もよく採用担当者に届くようになるということなんです。
注意しなくてはならないのは、先にちゃんと採用担当者がいる列に並ぶ、ということ。あまりに珍妙な資格の列に並んでしまうと、順位がいくら前になっても、その先に採用担当者がひとりもいないなんてことになる場合がありますから、その辺は気をつけましょう。
さてでは、今現在、就職活動がうまくいっていない学生はどうすればいいのでしょう。
これも同じことです。
長い長い列の中段以降でじりじりしていても、あなたの番までは回ってきません。
何十と列に並ぼうが、何百と列に並ぼうが、あなたの前に大勢が並んでいる状況が変わらない限り、あなたの声は採用担当者まで届かないのですから、結果は同じことの繰り返しになります。
どこの列の長さが短いのかは、誰も教えてはくれません。
また、その答えもありません。
列は、状況や環境に応じて刻々と変化しているからです。
ハローワークや就職情報サイトを経由してもたらされる情報にはタイムラグがある上に、その情報はあなたにだけもたらされるのではないということも、理解する必要があります。「ここが短い」と知れてしまった瞬間に皆が殺到し、そこにはまた長い長い列ができてしまうのです。
さて、ではどうしましょうか?
第一歩は、情報を察知するアンテナをもう一度整備して、感度を最大限に発揮させることです。
では、情報を察知するアンテナは、どこに行けば手にはいるのか。
実は、あなたはすでにそれを持っています。いえ、こう言いかえましょう。それぞれの人が持っている自分のアンテナが拾った波長の情報こそが、それぞれの人にピッタリ合った情報なのです、と。
あなたの部屋の中をよく見回してみてください。
何がありますか?
その中で、一番よく手にしている物が、あなたにもっとも近い世界の象徴です。一番大事にしている物が、あなたがもっともあこがれている世界の象徴なのです。子供の頃から、ずうっとそばにあったものがあったりしたら、それこそがあなたの象徴なのです。
そこを探求の入口にして、あなたのアンテナを集中させて、あなたにピッタリ合った情報を収集しましょう。
まずはそこからです。
現代社会では、何かが存在すれば、それに携わる仕事も存在しています。仕事が存在すれば、それに関係する企業がいくつも存在しています。企業があれば、そこで働いている人も必ず存在しているんです。そして、人が存在していれば、必ず入れ替わりもあるんです。
欲しい人材が応募してこないのは、企業側に原因があります。
内定がもらえないのは、学生側に原因があります。
これは両者にとって「損」な状況なのです。
ここは「戦略的」に、つまり(現時点での)本心はひとまず置いておいて、損を避けるためにはどうすればいいのかを考えてみてはいかがでしょう。
だいたいの話、就職活動で苦労して、内定をもらえないと嘆いているのは、これまで教科書や参考書をまともに開いたことのないような人たちなんです。そうやってこれまで生きてきたのに、突然教科書や参考書通りの「就職活動」をしても、うまくいくわけがないじゃないですか。高校受験や大学受験だって、何年間もかけて準備するのに、なんでその最終形である就職活動ではろくに準備もしないで、それでいて「厳しい、厳しい」と文句を言うのでしょう? 矛盾してますよね。
逃げないでちゃんと考えてみて欲しいんです。
求人状況が「厳しい」から内定をもらえないんじゃなくて、あなたが「厳しくない」から内定をもらえないんじゃないか、と。
国を超えて取引するのが当たり前の時代には、人材だって国を超えるのは当たり前です。
中国で人材募集をしたり、外国人が日本で求職したりするのが当たり前の世の中です。
家賃の高い東京を離れて、家賃の安いどこかでひとり暮らしを始めて見るのもきっと楽しいと思うんですけど、いかがでしょうか。
それに、知り合いのいない土地でひとり暮らしをすると、さみしいからすぐに彼氏彼女ができます。自然とそういうオーラが発せられるのか、ハードルが下がるのか、異性への見方が広がるのか、友人知人や過去とのしがらみがなくなるのか、おそらくはそうしたことすべてが理由なのでしょうが、とにかくそういうケースが多いです。そしてすぐ結婚して子供を作ってしまいます。キャンドルがともるような家庭が欲しくなるのでしょうね。
採用する側の担当者になったつもりで、一番採用したくないタイプはどんな人なのか考えてみれば、おのずと何をすべきなのかがわかってきます。
サッカーチームの監督になったつもりで、どんな選手を試合で使うかを考えてみるのと一緒です。
何社受けても内定がひとつももらえないと嘆くだけの人が採用されないのは、試合に出してくれとわめくだけで努力や工夫をしない選手が試合で使われないのと同じ理由です。
あるいは自分と同じポジションにはすでに大物レギュラーがいるチームで、ただそのチームが有名だからとこだわりつづけている間に自分の選手としてのピークを越えてしまったら? すごくもったいないとは思いませんか? いやもったいないとかいうよりもそれ以前に、そんなのは楽しくないです。絶対に。
受験では、偏差値という指標と受験日があるおかげで、受からないところを何十校も併願するような事態にはならないですんでいます。
就職活動ではそれに類する物がないために、何十社もエントリーする「愚行」が可能となっています。
何十人へも「愛してます。結婚してください」とラブレター送るような相手に、誰が本気で向き合うというのでしょう?
あるいはみんなのアイドルを待ち伏せして、「愛してます。付き合ってください」とマジ顔で花束を渡したら、確実に通報されます。「いきなり何? あんた誰? 気持ち悪い。不気味」でしかないからです(「第一印象」で向こうがあなたに惹かれた場合は除く、ですが)。
受験勉強や資格取得というもののほとんどは、本心から望んでではなく、損をしないためになされるものです。
企業が欲しいのは、そういう判断と自制ができる人材です。
嫌だからやらない、したくないからしない、そういう人は願い下げです。
かといって、言われたことならなんでもやる。あるいは言われたことだけしかしない。そういう人材もできれば避けたいのです。
でもこれって、学生の側があそこはブラック(企業)だから嫌だとかいうのと一緒のことなんだって考えれば、「まあ当然だよな」と納得できることではないでしょうか(ブラック企業に対する、ブラック新卒みたいなものですから)。
就職活動がどうもうまくいかないなあとお悩みの学生は、ここで少し立ち止まって、ひとつ戦略的に、就職プランを再構築してみるのも一考ではないか、と私は思います。
もしあなたが子供の頃、フェラーリのオーナーになりたいなあなんて思っていたとしたら、高額な給与を得られる仕事や起業して成功することを狙うよりも、フェラーリの並行輸入業者や中古車ディーラーやブローカー、あるいはフェラーリのパーツショップに就職した方が早くて確実かも知れません。福利厚生は整っていないでしょうが、フェラーリのそばで仕事ができることは確かです。どんなにエコエコな世の中になったとしても、この世からフェラーリがなくなることはありません。日本の中古フェラーリを、中国やブラジルやインドネシアに輸出するビジネスなんてのがあったりしたら、かなり面白そうじゃないですか? そうは思いませんか?
女性なら、芸能プロダクションなんかの、経理や事務を志望してみるなんてのはどうでしょう。制作をやりたいという応募は山のようにあるでしょうが、数字を扱う方面では、そんなに人気の業界じゃあないかもしれません。でも、芸能界のお金の話や、所属のタレントさんに詳しくなれることは確かです。それにこの手の業界ってのは、入っちゃったもん勝ち、みたいなとこがありますから、“身内に”なったあとでなら、また別の展開も大いに起こりえます。
毎年毎年、東大早大慶大一橋上智東工大を合算すれば2万3千人前後の新卒が誕生します。
みんな、子供の頃からずうっと競争してきた人たちです。
もしあなたが、その手の競争が苦手なタイプなのだとしたら、ちょっと違う道を探してみた方がいいと、私は確信してます。
最後にもう一言。
就職活動がうまくいかなかったことくらいで、間違っても自殺なんかしたりしないように。
自殺するくらいなら、寺か修道会にでも入るか、遠洋漁業船に乗ってください。
あなたが知っていると思っていたはずの世界の本当の広さ、深さを実感できること請け合いです。
自殺するには、この世界はもったいなさ過ぎます。
いずれ、嫌でもこの世界とお別れする瞬間が来るのですから、
その時までは、この世界を楽しみましょうよ。
4年後にはブラジルワールドカップですよ。
どんなブラジル代表が見られるのか、
あるいはまたマラドーナがアルゼンチンの監督になってて、もしかしたら決勝でブラジル×アルゼンチン戦が観られるかもしれないんですよ。
それまでは、どんなに気に入らないことがあったとしても、戦略的互恵関係の精神で、その気に入らないことと付き合っていきましょう。
あなたを待っているのは明日の世界かもしれないんですから。
おわり
2010年10月10日日曜日
1974 World Cup 3rd Place BRAZIL v POLAND(6:02)
懐かしのワールドカップ
1974 World Cup 3rd Place BRAZIL v POLAND(6:02)
1974 World Cup 3rd Place BRAZIL v POLAND(6:02)
1974 World Cup 3/4 Play Off - Brazil v Poland (9:57)
懐かしのワールドカップ
1974 World Cup 3/4 Play Off - Brazil v Poland (9:57)
5:15 ベンチの選手に少年がサインをねだって、そしてもらってるし。
7:15 やっとキックオフ。
スピード感は比較にならないくらいスローだけど、ブラジルは、パスは正確だし、トラップもものすごいし(7:50-8:25)、もしかして選手個々の技術はこの頃の方がはるかに高いかも。
1974 World Cup 3/4 Play Off - Brazil v Poland (9:57)
5:15 ベンチの選手に少年がサインをねだって、そしてもらってるし。
7:15 やっとキックオフ。
スピード感は比較にならないくらいスローだけど、ブラジルは、パスは正確だし、トラップもものすごいし(7:50-8:25)、もしかして選手個々の技術はこの頃の方がはるかに高いかも。
2010年7月21日水曜日
ロビーニョの罠
http://www.bbc.co.uk/blogs/timvickery/2010/07/spain_or_barcelona_no_contest.html
BBCスポーツのコラムで、2010FIFAワールドカップを終えてのブラジルサッカーに関するものがあった。
要約すると、このままじゃあブラジルサッカーはダメダメなままなんじゃないの? だ。
---------以下、超訳の要約--------
終始スローペースで、スペースもガラガラで、レフェリングも甘いブラジルの国内リーグは、たとえトップレベル同士の試合であったとしてもヨーロッパレベルにははるかに及ばない二流三流へと堕落したままだ。
ロビーニョが良い例だ。彼がサントスで頭角を現してきたとき、ブラジルサッカー界は彼を天才だと褒め称えた。元ブラジル代表のセンターフォワードであったカーサグランデにいたっては、マラドーナ以上のタレントだとさえ言っていた。FIFA世界最優秀選手を受賞するのも時間の問題である、と。
しかし現実は、そうはならなかった。
それからもう何年にもなるのに、彼はまだその現実を受け入れられないで苦しんでいるようだ。同じことがGansoとNeymarにも起こるかもしれない。
悪いのは彼らではない、アイドルを必要とするクラブ、スターを必要とするメディア、見込みがある素材(hot properties)を必要とするエージェント、これらの人間らが、彼らに必要な準備をさせなかったのだ。
------------------------------------
If a youngster is hyped too soon, there is always the risk he will suffer a reality shock when he steps up his career.
あまりにも早く若い選手を売り込んでしまうと、彼が手にするはずだったキャリアを現実という壁が阻んでしまうリスクが常につきまとう。
これがこのコラムの結文である。
高いレベルを早く経験させることがよいのか、はたまたその選手にあったレベルでじっくりと育てるのがよいのか、これはサッカー選手の育成だけではなく、子育てを含む教育全般における永遠の課題だと思う。
ブラジルのロビーニョ、ガンソ、ネイマールとまでいかなくとも、レッズの山田直樹や原口元気、ガンバの宇佐見レベルの場合でも、同じ問題が横たわっている。
彼ら自身も、また周囲の大人たちも、ヨーロッパでプレーすることが彼らの能力をさらに引き出す、と思っている可能性は否定できない。しかしそれが彼らを「ロビーニョの罠(わな)」に陥れてしまうリスクも否定できないのだ。
その罠を回避するための準備として考えると、今年のゴールデンウイークあたりだったかに大宮アルディージャジュニアがヨーロッパの大会へ参加したことは、悪いことではなかったのかもしれない(アルディージャのスタッフがそこまで考えていたとは到底思えないにしても)。
次のワールドカップはブラジルで開催される。
さてブラジルの次期監督が誰になるのか。
私はパレイラだと予想する。ブラジルも代表監督だけはずっと人材不足なんだよなあ。
BBCスポーツのコラムで、2010FIFAワールドカップを終えてのブラジルサッカーに関するものがあった。
要約すると、このままじゃあブラジルサッカーはダメダメなままなんじゃないの? だ。
---------以下、超訳の要約--------
終始スローペースで、スペースもガラガラで、レフェリングも甘いブラジルの国内リーグは、たとえトップレベル同士の試合であったとしてもヨーロッパレベルにははるかに及ばない二流三流へと堕落したままだ。
ロビーニョが良い例だ。彼がサントスで頭角を現してきたとき、ブラジルサッカー界は彼を天才だと褒め称えた。元ブラジル代表のセンターフォワードであったカーサグランデにいたっては、マラドーナ以上のタレントだとさえ言っていた。FIFA世界最優秀選手を受賞するのも時間の問題である、と。
しかし現実は、そうはならなかった。
それからもう何年にもなるのに、彼はまだその現実を受け入れられないで苦しんでいるようだ。同じことがGansoとNeymarにも起こるかもしれない。
悪いのは彼らではない、アイドルを必要とするクラブ、スターを必要とするメディア、見込みがある素材(hot properties)を必要とするエージェント、これらの人間らが、彼らに必要な準備をさせなかったのだ。
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If a youngster is hyped too soon, there is always the risk he will suffer a reality shock when he steps up his career.
あまりにも早く若い選手を売り込んでしまうと、彼が手にするはずだったキャリアを現実という壁が阻んでしまうリスクが常につきまとう。
これがこのコラムの結文である。
高いレベルを早く経験させることがよいのか、はたまたその選手にあったレベルでじっくりと育てるのがよいのか、これはサッカー選手の育成だけではなく、子育てを含む教育全般における永遠の課題だと思う。
ブラジルのロビーニョ、ガンソ、ネイマールとまでいかなくとも、レッズの山田直樹や原口元気、ガンバの宇佐見レベルの場合でも、同じ問題が横たわっている。
彼ら自身も、また周囲の大人たちも、ヨーロッパでプレーすることが彼らの能力をさらに引き出す、と思っている可能性は否定できない。しかしそれが彼らを「ロビーニョの罠(わな)」に陥れてしまうリスクも否定できないのだ。
その罠を回避するための準備として考えると、今年のゴールデンウイークあたりだったかに大宮アルディージャジュニアがヨーロッパの大会へ参加したことは、悪いことではなかったのかもしれない(アルディージャのスタッフがそこまで考えていたとは到底思えないにしても)。
次のワールドカップはブラジルで開催される。
さてブラジルの次期監督が誰になるのか。
私はパレイラだと予想する。ブラジルも代表監督だけはずっと人材不足なんだよなあ。
2010年7月12日月曜日
ワールドカップとチャンピオンズリーグ
昔から何度となく交わされてきた論争が、はたして代表チームとクラブチームではどちらの方が強いのか、である。
例えば今シーズンでいうと、ワールドカップベスト4のスペイン代表、オランダ代表、ドイツ代表、ウルグアイ代表と、UEFAチャンピオンズリーグベスト4のインテル、バイエルン、バルセロナ、リヨンが闘った場合、最も強いのはどこかという話題だ。
総当たりのリーグ戦にするか、さらにホーム&アウェーにするか、あるいはトーナメント形式にするか、という問題は置いておいても、そもそも選抜チームと選抜される側のチームが同じ大会で競うことはフェアなのか、という問題が大前提として横たわっている。
つまり、メンバーが重複するスペイン代表とバルセロナが、ベストメンバー同士で対戦することは現実的に不可能ではないか、ということだ。これは他のチームにも当てはまる。要するに設問の前提がフェアではないのだ。
身近な大会で思考実験してみれば明快な話だ。
国体の県選抜チームが、高校選手権の県予選に出場することはあり得ない。日本代表が、Jリーグや天皇杯に参加することもあり得ない。他のシェフの美味しい料理をピックアップして集め、「はい、これが最高の料理です」と料理コンテストに参加したら、即失格になるのと同じ理屈だ。こうしてみれば、悩むまでもない話なのだ。
設問として成立していない問題で答えを出そうとしても、そもそも正解が出るわけないのだから、いくら考えても決着するわけがないのだ。
【結論】
選抜チームと、選抜される側のチームを比較すること自体が無理。
例えば今シーズンでいうと、ワールドカップベスト4のスペイン代表、オランダ代表、ドイツ代表、ウルグアイ代表と、UEFAチャンピオンズリーグベスト4のインテル、バイエルン、バルセロナ、リヨンが闘った場合、最も強いのはどこかという話題だ。
総当たりのリーグ戦にするか、さらにホーム&アウェーにするか、あるいはトーナメント形式にするか、という問題は置いておいても、そもそも選抜チームと選抜される側のチームが同じ大会で競うことはフェアなのか、という問題が大前提として横たわっている。
つまり、メンバーが重複するスペイン代表とバルセロナが、ベストメンバー同士で対戦することは現実的に不可能ではないか、ということだ。これは他のチームにも当てはまる。要するに設問の前提がフェアではないのだ。
身近な大会で思考実験してみれば明快な話だ。
国体の県選抜チームが、高校選手権の県予選に出場することはあり得ない。日本代表が、Jリーグや天皇杯に参加することもあり得ない。他のシェフの美味しい料理をピックアップして集め、「はい、これが最高の料理です」と料理コンテストに参加したら、即失格になるのと同じ理屈だ。こうしてみれば、悩むまでもない話なのだ。
設問として成立していない問題で答えを出そうとしても、そもそも正解が出るわけないのだから、いくら考えても決着するわけがないのだ。
【結論】
選抜チームと、選抜される側のチームを比較すること自体が無理。
ワールドカップはスペインの初優勝で閉幕
2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会の決勝戦は、延長戦後半イニエスタのゴールでオランダを1-0で破ったスペインの優勝で幕を閉じた。スペインは初優勝。
今回、スペインはいくつものジンクスを破った。
・ヨーロッパのチームは、ヨーロッパ以外の大陸では優勝できない。
・初戦に敗れたチームは優勝できない。
・直近のヨーロッパ選手権(EURO)で優勝したチームは、ワールドカップで優勝できない。
所詮ジンクスは「後付け」にすぎないってことなんだろう。
スペインが優勝したことで、今回のワールドカップは救われた。
もしもオランダやドイツ、そしてブラジルあたりが優勝していたら、サッカー界でますます「フィジカル派」が幅をきかせることになったと予想できるからだ。そうした意味で、スペインが優勝してくれて本当によかった。
セルヒオ・ラモス、イニエスタ、チャビ(シャビ? どっち?)、シャビ・アロンソ、ビリャ(ビジャ)、ペドロ、セスク・ファブレガス、ダビド・シルバ、あたりに憧れて、プレーをマネする子供がたくさん出て欲しい。あるチームのサイドバックをしてる子が、憧れの選手にブラジルのマイコンをあげたときは言ってやりたくなったものだ。「マイコンが日本にいたら、サイドバックやってないから」っと。体が大きくないとダメだ、みたいな先入観を払拭する手助けに、今回のスペイン優勝は役だってくれるはずだ。
大きくなきゃダメ、東大を出てなきゃだめ、美人じゃなきゃだめ、こんなことを子供が口にするような社会は病んでいる。
小が大を制す、たたき上げがエリートをやりこめる、外見よりも内面が大切、世の中こうじゃなきゃ楽しくないし、ドラマも起きない。
子供たちを指導されている方々には、例えばイニエスタに憧れている子供に対して、形じゃなくてハートをマネしろと言ってあげて欲しい。
「でかい奴くてラフなディフェンスをしてくる相手に対して、逃げるんじゃなくて向かっていくんだ。イニエスタが逃げたか? チャビがバックパスしたか? ビリャがシュートするのをやめたか? 顔にボールが飛んできたからって避けるんじゃない。そんなのはアイドル志望の女の子がすることだ。男なら逃げるな。闘え。向かっていけ。相手が強そうだから逃げただと? ならお前は弱そうな相手にしか立ち向かわないのか? そんなのは卑怯者のすることだ。そういうやつはサッカーに向いてない。隅に行って母ちゃんのオッパイでも吸ってろ」
思春期に入りかけの男の子には、この「母ちゃんのオッパイでも吸ってろ」というセリフが非常に効果的なのだ。へたすると、こう言われた場面を一生忘れられなかったりする。
ここ一番というところでビシッと使うと、その子ががらりと変わったりする魔法のフレーズだ。
ただし安易に連発すると効果がなくなるばかりか、エロだとかセクハラだとかママさんたちからクレームが来たりするので、両刃の剣でもある。
しかしそれでも、下ネタ系の煽り言葉は、思春期に入りかけの男の子たちを指導するときうまく使いこなしたい、魔法の武器なのである。外国、それも欧米やラテン系の地域では、男の子を育てるとき、父親やコーチは下ネタや思いっきりの差別表現をはばかることなく使う。人種差別的表現だとか、外見的な特徴に基づくような表現、親の出自、歴史、そんなのを当たり前のように使ってののしられ、罵倒される。言われ続けているうちに、いつの間にか慣れっこになってしまってどうとも思わなくなるのだが、はじめて海外でこういう経験をしたジュニアやユースの年代の子の中には、これに耐えられないで帰国するような例も多い。
そこまではいかないまでも、こうした刺激的なフレーズを上手に使って、効果的に子供たちのハートに火をつけたり、叱咤激励したりして欲しい。
草食男子なんてのは一網打尽に絶滅させないと、日本がつまらなくなってしまうから。
そうした意味でも、闘牛の国、マタドールの男たちが世界一になったことは、とてもとても喜ばしいのです。
(ドン・キホーテの国でもありますが……)
今回、スペインはいくつものジンクスを破った。
・ヨーロッパのチームは、ヨーロッパ以外の大陸では優勝できない。
・初戦に敗れたチームは優勝できない。
・直近のヨーロッパ選手権(EURO)で優勝したチームは、ワールドカップで優勝できない。
所詮ジンクスは「後付け」にすぎないってことなんだろう。
スペインが優勝したことで、今回のワールドカップは救われた。
もしもオランダやドイツ、そしてブラジルあたりが優勝していたら、サッカー界でますます「フィジカル派」が幅をきかせることになったと予想できるからだ。そうした意味で、スペインが優勝してくれて本当によかった。
セルヒオ・ラモス、イニエスタ、チャビ(シャビ? どっち?)、シャビ・アロンソ、ビリャ(ビジャ)、ペドロ、セスク・ファブレガス、ダビド・シルバ、あたりに憧れて、プレーをマネする子供がたくさん出て欲しい。あるチームのサイドバックをしてる子が、憧れの選手にブラジルのマイコンをあげたときは言ってやりたくなったものだ。「マイコンが日本にいたら、サイドバックやってないから」っと。体が大きくないとダメだ、みたいな先入観を払拭する手助けに、今回のスペイン優勝は役だってくれるはずだ。
大きくなきゃダメ、東大を出てなきゃだめ、美人じゃなきゃだめ、こんなことを子供が口にするような社会は病んでいる。
小が大を制す、たたき上げがエリートをやりこめる、外見よりも内面が大切、世の中こうじゃなきゃ楽しくないし、ドラマも起きない。
子供たちを指導されている方々には、例えばイニエスタに憧れている子供に対して、形じゃなくてハートをマネしろと言ってあげて欲しい。
「でかい奴くてラフなディフェンスをしてくる相手に対して、逃げるんじゃなくて向かっていくんだ。イニエスタが逃げたか? チャビがバックパスしたか? ビリャがシュートするのをやめたか? 顔にボールが飛んできたからって避けるんじゃない。そんなのはアイドル志望の女の子がすることだ。男なら逃げるな。闘え。向かっていけ。相手が強そうだから逃げただと? ならお前は弱そうな相手にしか立ち向かわないのか? そんなのは卑怯者のすることだ。そういうやつはサッカーに向いてない。隅に行って母ちゃんのオッパイでも吸ってろ」
思春期に入りかけの男の子には、この「母ちゃんのオッパイでも吸ってろ」というセリフが非常に効果的なのだ。へたすると、こう言われた場面を一生忘れられなかったりする。
ここ一番というところでビシッと使うと、その子ががらりと変わったりする魔法のフレーズだ。
ただし安易に連発すると効果がなくなるばかりか、エロだとかセクハラだとかママさんたちからクレームが来たりするので、両刃の剣でもある。
しかしそれでも、下ネタ系の煽り言葉は、思春期に入りかけの男の子たちを指導するときうまく使いこなしたい、魔法の武器なのである。外国、それも欧米やラテン系の地域では、男の子を育てるとき、父親やコーチは下ネタや思いっきりの差別表現をはばかることなく使う。人種差別的表現だとか、外見的な特徴に基づくような表現、親の出自、歴史、そんなのを当たり前のように使ってののしられ、罵倒される。言われ続けているうちに、いつの間にか慣れっこになってしまってどうとも思わなくなるのだが、はじめて海外でこういう経験をしたジュニアやユースの年代の子の中には、これに耐えられないで帰国するような例も多い。
そこまではいかないまでも、こうした刺激的なフレーズを上手に使って、効果的に子供たちのハートに火をつけたり、叱咤激励したりして欲しい。
草食男子なんてのは一網打尽に絶滅させないと、日本がつまらなくなってしまうから。
そうした意味でも、闘牛の国、マタドールの男たちが世界一になったことは、とてもとても喜ばしいのです。
(ドン・キホーテの国でもありますが……)
2010年7月5日月曜日
英雄時代の終焉
もう二度と、英雄の時代はやってこないだろう。
それほどに、守備の戦術は極められつつある。
守備と攻撃が一体化した守備戦術。
ボールを奪う形から逆襲までの一連が、ユニットとして構築されている。
そこには個人が「考えている時間」などない。
システマチックに、一気に敵陣深くまで逆襲し、決定的な形でのフィニッシュを狙う。
そのフィニッシュにしても、止めて、キーパーの位置を見て、DFをかわして、コースを狙ってシュート、とかではない。事前に設定したスペースとタイミングを合わせることだけがそこでは必要とされる。それが合えば得点、合わなければまたはじめから繰り返しだ。
神奈川県の全少予選で、パーシモンというチームが、これの極々初歩のパターンを見せていた。
カウンターに入れそうな位置でボールを奪うことができたとき、まずセンターではっているトップに渡し、ボールを受けたトップは、それを止めず、ダイレクトでサイドのスペースへはじく、そういうパターンだった。そこには「考える」時間的余裕などはない。誰かが約束通りサイドへ走っていれば、決定的なチャンスになるし、誰もいなければ敵ボールになってまたやり直しだ。
極めるといっても、それはさほど難しい話ではない。
今回のワールドカップでもほとんどの国ができていたような簡単な約束事で、サッカーではかなり効果的な守備力を手にすることが出来る。
現代守備戦術の原則第1は、最終ラインを保持し続けることである。これが基本となる。
昔のように、相手のトップにマーカーがついていったりはしない。とにかく最終ラインの保持と、距離感を守ることに専念する。
相手選手へプレッシャーを掛けるのは、前線と中盤の選手の仕事となる。
相手選手の横と後ろからプレッシャーをかけ、袋小路に追い込むようにして、最終ラインの選手がボールを奪う。
前線と中盤の選手が前後へポジションチェンジすることはあっても、左右方向でのダイナミックなポジション移動はしない。
こうすることで、奪ったボールはまずサイドへ蹴り、サイドで受けたボールはほとんど間をおかずにバイタルエリア及びバイタルエリアの斜め前の位置へ放り込む。ボールを振られたサイドではない側の中盤と前線の選手は、ボールが放り込まれてくるであろう位置へ向かって、一目散に駆け込んでくる。タイミングが合えばこれで得点機を迎えられる。
もし得点機に至らず、途中で相手ボールとなったとしても、最終ラインは保持されているし、クロスを入れた側のサイドの選手らはすでに引いているので、相手から速攻を受け手も対応が間に合わないということはない。
今回のワールドカップでベスト4に残ったチームは、基本的にはすべてこの戦術を採っている。スペインは変形的に、1トップにして中盤の2人も攻撃を中心にしているが、基本は同じ戦術だ。
この戦術をとれば、最終ラインが崩れることが減るので、とにかく流れからの失点が少なくなる。これはどんなレベルのサッカーであっても同じ効果が得られる。
ただし、前線と中盤の選手からのプレッシャーがなくなると、ドリブルやスルーパスで最終ラインをかわされてシュート、という危険が増す。あるいは最終ラインの真ん中の選手が退場になったりして意思疎通に欠けるライン構成になったりすると、ラインの保持に乱れが出てオフサイドの採り損ないから失点、ということもあり得る。
スペインの攻撃陣からすれば、今回かなり堅固に見えているドイツの守備陣も、よだれの出るような相手なのかもしれない。
ドイツの守備陣は、狭い範囲でダイレクトショートパスを駆使してくるスペインの攻撃にはまったく対応できないからだ。
スペインにしてみれば、アルゼンチンのような「狭いサッカー」慣れしてるチームよりも、「形を決めてくる」ドイツの方がはるかに扱いやすいはずだ。今年の09-10CLでのバルセロナと対戦したシュツットガルトを思い返してみて欲しい。あるいは、ロッベンのいないバイエルンを想像してみて欲しい。
ドイツはインテルがやったように、徹底して引いて、カウンター一発を狙ってくる。それしか勝つ方法はない。
もちろんスペインもそれをわかっている。挑発され、いらついたドイツ選手が早々に退場する展開もありそうだ。
スペインが圧倒的にボールをキープするも、バイタルエリア外からのシュートばかりで得点入らず。
無得点のまま延長PK、となる可能性が最も高いと、私は予想している。
もう一方のオランダ・ウルグアイ戦も守備的になる。
しかしスアレスのいないウルグアイに勝つチャンスはほとんどない。
可能性があるとすれば、PKで得点して、あとは守りきるという展開か。
これからの子供たちの体の成長には極端なばらつきが出てくる。
小学生のままの子もいれば、突如中学生みたいになる子もでてくる。
中学生みたいな子を相手に、小学生のままの体格のDFがこれまで通り1対1で勝負しても、それはあまり意味のない結果となるだけだ。体格の大きな子が技術的にもいいものを持っているというなら、それに対処することで体の小さな選手が得ることもあるかもしれないが、ただ体が大きいというだけの選手に向かっていっても、日曜にサッカー素人のお父さんと遊んでいるようなもので、私にはあまり意味があるとは思えない。
それよりも、ワールドカップでさえ守備戦術花盛りなんだから、これはドイツがやってる守備のやり方なんだぞ、とか言って、子供たちに「頭を使うサッカー」というものの扉をノックさせてあげる良いタイミングとして利用してはどうだろうか。
サッカーでの個人技=ドリブルだった時代は終焉しました。
今後、今回のワールドカップで採用されていたような守備主体のサッカーが一般化してくれば、ドリブラーなど無用の長物化してしまいかねません。ウインガーが絶滅したように、ドリブラーという種族も絶滅してしまうでしょう。C・ロナウド、メッシ、テベス、ロビーニョ、といったレベルのドリブラーでさえあのざまなんです。日本人のドリブラーなんて、どこまで極めたとしてもたかが知れてます。
これからの個人技は、ボールを取られない力、走る力、そして考える力、の3つの総合力ということになるでしょう。最後の考える力を10代の間に身につけないと、日本人選手は海外へと飛躍できません。
ボールを取られない力はラテンの選手たち、走る力はアフリカの選手や韓国の選手にかなわないんですから。
でも頭の中は、幸運にも日本人が世界で最高のものを持っているんです。大昔に海を渡ってくれたご先祖様に感謝です。
「サッカー頭」「サッカー脳」を育むには、できるだけはやいうちから戦術的にサッカーを理解する環境に慣れさせた方が効率が良いんです。将棋や囲碁、そして受験準備みたいにです。
まだはやい、なんていうのは昔の育成の考え方。個人技を身につけるにはリフティングだ、なんていうくらい昔の育成の時代の話です。
最終ラインを構成しているDFはむやみに飛び込まないでラインを保持し、プレッシャーは後と横から、他の選手がかける。ボールを奪ったら、即座にサイドへ。同時に逆サイドはポジションを押し上げる。
これを徹底させることで、戦術というものの第一歩を経験させてあげると、子供たちのサッカーを見る目がステップアップして、理解や興味も増す、かもしれませんよ。
ぜひお試しあれ。
それほどに、守備の戦術は極められつつある。
守備と攻撃が一体化した守備戦術。
ボールを奪う形から逆襲までの一連が、ユニットとして構築されている。
そこには個人が「考えている時間」などない。
システマチックに、一気に敵陣深くまで逆襲し、決定的な形でのフィニッシュを狙う。
そのフィニッシュにしても、止めて、キーパーの位置を見て、DFをかわして、コースを狙ってシュート、とかではない。事前に設定したスペースとタイミングを合わせることだけがそこでは必要とされる。それが合えば得点、合わなければまたはじめから繰り返しだ。
神奈川県の全少予選で、パーシモンというチームが、これの極々初歩のパターンを見せていた。
カウンターに入れそうな位置でボールを奪うことができたとき、まずセンターではっているトップに渡し、ボールを受けたトップは、それを止めず、ダイレクトでサイドのスペースへはじく、そういうパターンだった。そこには「考える」時間的余裕などはない。誰かが約束通りサイドへ走っていれば、決定的なチャンスになるし、誰もいなければ敵ボールになってまたやり直しだ。
極めるといっても、それはさほど難しい話ではない。
今回のワールドカップでもほとんどの国ができていたような簡単な約束事で、サッカーではかなり効果的な守備力を手にすることが出来る。
現代守備戦術の原則第1は、最終ラインを保持し続けることである。これが基本となる。
昔のように、相手のトップにマーカーがついていったりはしない。とにかく最終ラインの保持と、距離感を守ることに専念する。
相手選手へプレッシャーを掛けるのは、前線と中盤の選手の仕事となる。
相手選手の横と後ろからプレッシャーをかけ、袋小路に追い込むようにして、最終ラインの選手がボールを奪う。
前線と中盤の選手が前後へポジションチェンジすることはあっても、左右方向でのダイナミックなポジション移動はしない。
こうすることで、奪ったボールはまずサイドへ蹴り、サイドで受けたボールはほとんど間をおかずにバイタルエリア及びバイタルエリアの斜め前の位置へ放り込む。ボールを振られたサイドではない側の中盤と前線の選手は、ボールが放り込まれてくるであろう位置へ向かって、一目散に駆け込んでくる。タイミングが合えばこれで得点機を迎えられる。
もし得点機に至らず、途中で相手ボールとなったとしても、最終ラインは保持されているし、クロスを入れた側のサイドの選手らはすでに引いているので、相手から速攻を受け手も対応が間に合わないということはない。
今回のワールドカップでベスト4に残ったチームは、基本的にはすべてこの戦術を採っている。スペインは変形的に、1トップにして中盤の2人も攻撃を中心にしているが、基本は同じ戦術だ。
この戦術をとれば、最終ラインが崩れることが減るので、とにかく流れからの失点が少なくなる。これはどんなレベルのサッカーであっても同じ効果が得られる。
ただし、前線と中盤の選手からのプレッシャーがなくなると、ドリブルやスルーパスで最終ラインをかわされてシュート、という危険が増す。あるいは最終ラインの真ん中の選手が退場になったりして意思疎通に欠けるライン構成になったりすると、ラインの保持に乱れが出てオフサイドの採り損ないから失点、ということもあり得る。
スペインの攻撃陣からすれば、今回かなり堅固に見えているドイツの守備陣も、よだれの出るような相手なのかもしれない。
ドイツの守備陣は、狭い範囲でダイレクトショートパスを駆使してくるスペインの攻撃にはまったく対応できないからだ。
スペインにしてみれば、アルゼンチンのような「狭いサッカー」慣れしてるチームよりも、「形を決めてくる」ドイツの方がはるかに扱いやすいはずだ。今年の09-10CLでのバルセロナと対戦したシュツットガルトを思い返してみて欲しい。あるいは、ロッベンのいないバイエルンを想像してみて欲しい。
ドイツはインテルがやったように、徹底して引いて、カウンター一発を狙ってくる。それしか勝つ方法はない。
もちろんスペインもそれをわかっている。挑発され、いらついたドイツ選手が早々に退場する展開もありそうだ。
スペインが圧倒的にボールをキープするも、バイタルエリア外からのシュートばかりで得点入らず。
無得点のまま延長PK、となる可能性が最も高いと、私は予想している。
もう一方のオランダ・ウルグアイ戦も守備的になる。
しかしスアレスのいないウルグアイに勝つチャンスはほとんどない。
可能性があるとすれば、PKで得点して、あとは守りきるという展開か。
これからの子供たちの体の成長には極端なばらつきが出てくる。
小学生のままの子もいれば、突如中学生みたいになる子もでてくる。
中学生みたいな子を相手に、小学生のままの体格のDFがこれまで通り1対1で勝負しても、それはあまり意味のない結果となるだけだ。体格の大きな子が技術的にもいいものを持っているというなら、それに対処することで体の小さな選手が得ることもあるかもしれないが、ただ体が大きいというだけの選手に向かっていっても、日曜にサッカー素人のお父さんと遊んでいるようなもので、私にはあまり意味があるとは思えない。
それよりも、ワールドカップでさえ守備戦術花盛りなんだから、これはドイツがやってる守備のやり方なんだぞ、とか言って、子供たちに「頭を使うサッカー」というものの扉をノックさせてあげる良いタイミングとして利用してはどうだろうか。
サッカーでの個人技=ドリブルだった時代は終焉しました。
今後、今回のワールドカップで採用されていたような守備主体のサッカーが一般化してくれば、ドリブラーなど無用の長物化してしまいかねません。ウインガーが絶滅したように、ドリブラーという種族も絶滅してしまうでしょう。C・ロナウド、メッシ、テベス、ロビーニョ、といったレベルのドリブラーでさえあのざまなんです。日本人のドリブラーなんて、どこまで極めたとしてもたかが知れてます。
これからの個人技は、ボールを取られない力、走る力、そして考える力、の3つの総合力ということになるでしょう。最後の考える力を10代の間に身につけないと、日本人選手は海外へと飛躍できません。
ボールを取られない力はラテンの選手たち、走る力はアフリカの選手や韓国の選手にかなわないんですから。
でも頭の中は、幸運にも日本人が世界で最高のものを持っているんです。大昔に海を渡ってくれたご先祖様に感謝です。
「サッカー頭」「サッカー脳」を育むには、できるだけはやいうちから戦術的にサッカーを理解する環境に慣れさせた方が効率が良いんです。将棋や囲碁、そして受験準備みたいにです。
まだはやい、なんていうのは昔の育成の考え方。個人技を身につけるにはリフティングだ、なんていうくらい昔の育成の時代の話です。
最終ラインを構成しているDFはむやみに飛び込まないでラインを保持し、プレッシャーは後と横から、他の選手がかける。ボールを奪ったら、即座にサイドへ。同時に逆サイドはポジションを押し上げる。
これを徹底させることで、戦術というものの第一歩を経験させてあげると、子供たちのサッカーを見る目がステップアップして、理解や興味も増す、かもしれませんよ。
ぜひお試しあれ。
2010年7月4日日曜日
2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会の終焉
アルゼンチンが負けたら、なんかもう見る気がなくなった。
ドイツ、オランダ、スペインらが戦う試合なら、ヨーロッパ予選とか欧州選手権の方が、応援やピッチや審判レベルや気候、時差の条件がそろうのではるかに高いレベルのサッカーが観られる。
何もバサバサの芝生のアフリカワールドカップで見る必要はない。
こうなったら、スアレスが出場停止となるウルグアイを応援する。
徹底的に守って、PK戦で勝ち上がって欲しい。内容なんてもうどうでもいい。
ドイツ、オランダ、スペインらが戦う試合なら、ヨーロッパ予選とか欧州選手権の方が、応援やピッチや審判レベルや気候、時差の条件がそろうのではるかに高いレベルのサッカーが観られる。
何もバサバサの芝生のアフリカワールドカップで見る必要はない。
こうなったら、スアレスが出場停止となるウルグアイを応援する。
徹底的に守って、PK戦で勝ち上がって欲しい。内容なんてもうどうでもいい。
2010年7月3日土曜日
テレビ観戦は無音声で
僕はテレビでサッカー観戦をするとき、音声をゼロにする。
元Jリーガーだろうが、元日本代表監督だろうが、ベテランNHK実況アナウンサーだろうが、「俺はおまえの思い込みなんか聞いてないから」というのが僕の基本姿勢だ。
ちょっと想像してもらえれば、わかってもらえると思う。
映画館で、隣に座った、元アカデミー俳優だとか、ブルーリボン賞監督だとか、カンヌ受賞監督だとかが、くどくどと持論をひとりごちたら、あなたは「ありがとう」と言うだろうか? 僕なら確実に「うるせえぞ、くそじじい」と鼻の穴に指を突っ込んでしまう。こういうたぐいは、うっかり殴るとすぐ警察にチクるから。
無音声で観戦していた僕には、終始オランダのプラン通りに試合が運んだように見えていた。
前半早々のブラジルの得点にしても、バカ解説者は「ブラジルペースですね」みたいなことを言っていたみたいだけど、本来のブラジルのペースっていうのは、前半終了間際とか、後半に入ってから得点して、相手が押し込んできたところをカウンターで追加点っていうパターンだと僕は思うんだ。
あんな試合開始早々に得点するなんてのは、まったくブラジルペースじゃない。
あの得点によって何が起きたかというと、オランダは「どっちにしても勝つには1点以上必要なんだから」と冷静になってしまった。あげく、「もう1失点もできない」と、守備の集中力が格段に増してしまった。
ブラジルがポゼッションしていたのは、オランダが、ブラジルにカウンターをさせないようにペースを落とさせ、カウンターに使えるスペースを作らせないようにしていたからであって、決してブラジルがしたいサッカーができていたからじゃない(そんなこともわからないテレビ解説者の話なんか聞かなくてよかった。面白さが激減するからね)。
後半になって、オランダが同点にして、その後はもうブラジルに攻め手はなかった。
何よりカカが不調すぎた。
テレビで見てるド素人の僕がイメージするそのままのところにしかパスしないんだから、もうどうしようもない。
ルイス・ファビアーノにいたっては、試合に出ていたのかさえわからない。
マイコン? 誰それ? どの人?
ダニエウ・アウベス? もっと練習しましょう。
ルシオ? 仕事した?
ロビーニョ? ヘタクソ。お前はブラジル系アメリカ人かっつうの。
と思って見終わり、音声をオンにしたら、ブラック・エンジェル福西までが「前半はブラジルペースだった。オランダは幸運だった」みたいなことを言ってる。頭が頭痛で痛いっつうの。
あえて言うなら、この試合でブラジルペースだったのは、後半の出だしからちょい過ぎた10分間くらいだけだった。
思い返してみて欲しい。
ブラジルが勝つには、あの前半の1点を守りきる展開しかなかったとは思わないだろうか?
結局のところ、煎じ詰めて言えば、カウンターをするスペースのない展開になった時、今回のブラジル代表には攻め手がなかったってことにつきる。中盤にタメを作れる選手のいないブラジル代表なんて考えられないのに、ドドンガ監督はそういうブラジル代表をワールドカップへ連れてきた。さすがにおでこが狭いだけのことはある。おそらくワールドカップで当たる相手は、みんなブラジルにカウンターのチャンスをくれると思っていたのだろう。脳みそあるのかっつう話なんだけど、僕はそういうことは言わない。運が悪かった。あるいはレフェリーに問題があった。と、そうしておこう。ブラジルのテレビ放送には、リプレーのないことを祈るよ。今日のレフェリーは完璧だった。おい、ちゃんと見てるかブラジル人。盗んだスクーターで、おばあさんの手提げひったくってる場合じゃねえぞ。レジではちゃんと金払えよ。フリスクをポケットに入れて、レジ通って、「上手くいった」とか思ってるんじゃねえぞ。みんなわかってるんだよ。でも、お前らがあまりにも惨めだから、見逃してやってるんだ。むしろ日本人のやさしさに感謝しろ、ブラジル人。
でも、基本、ブラジルから観光に来るブラジル人はいい人ばっかりで好きです。
最悪なのは、出稼ぎに来たくせに、稼がないで悪さする連中。
ホント、お前らどーしたいん? って感じ。
話がそれたけど、テレビ観戦するときは、音声オフ、これおすすめです。
どーしても音を聞きたいときは、ラジオとか、あるいは、1度目は無音声で見て、2度目は音声オン、っていうやり方がまあかろうじて許せる範囲。それでもバカ解説はバカ解説のままだけど、一度自分の目のフィルターを通してるから、そんなに影響はされないかな。
基本、テレビが言ってることだからすべて正しい、なんて思うのは純朴なジュンとホタルだけでいいんです。
むしろ、テレビが言ってることは全部ウソ。
NHKでさえ「書類送検された二宮さん」って敬語を使うような連中なんだから、その程度に思っていた方がいい。
逮捕は書類送検のはるかに前の段階なんだから、当然今後は「逮捕された○○さん」って敬称付きで報じるんだろうなNHKよ。
とにもかくにも、クソ詰まらないサッカーのブラジル代表が消えて、よかったよかった。
元Jリーガーだろうが、元日本代表監督だろうが、ベテランNHK実況アナウンサーだろうが、「俺はおまえの思い込みなんか聞いてないから」というのが僕の基本姿勢だ。
ちょっと想像してもらえれば、わかってもらえると思う。
映画館で、隣に座った、元アカデミー俳優だとか、ブルーリボン賞監督だとか、カンヌ受賞監督だとかが、くどくどと持論をひとりごちたら、あなたは「ありがとう」と言うだろうか? 僕なら確実に「うるせえぞ、くそじじい」と鼻の穴に指を突っ込んでしまう。こういうたぐいは、うっかり殴るとすぐ警察にチクるから。
無音声で観戦していた僕には、終始オランダのプラン通りに試合が運んだように見えていた。
前半早々のブラジルの得点にしても、バカ解説者は「ブラジルペースですね」みたいなことを言っていたみたいだけど、本来のブラジルのペースっていうのは、前半終了間際とか、後半に入ってから得点して、相手が押し込んできたところをカウンターで追加点っていうパターンだと僕は思うんだ。
あんな試合開始早々に得点するなんてのは、まったくブラジルペースじゃない。
あの得点によって何が起きたかというと、オランダは「どっちにしても勝つには1点以上必要なんだから」と冷静になってしまった。あげく、「もう1失点もできない」と、守備の集中力が格段に増してしまった。
ブラジルがポゼッションしていたのは、オランダが、ブラジルにカウンターをさせないようにペースを落とさせ、カウンターに使えるスペースを作らせないようにしていたからであって、決してブラジルがしたいサッカーができていたからじゃない(そんなこともわからないテレビ解説者の話なんか聞かなくてよかった。面白さが激減するからね)。
後半になって、オランダが同点にして、その後はもうブラジルに攻め手はなかった。
何よりカカが不調すぎた。
テレビで見てるド素人の僕がイメージするそのままのところにしかパスしないんだから、もうどうしようもない。
ルイス・ファビアーノにいたっては、試合に出ていたのかさえわからない。
マイコン? 誰それ? どの人?
ダニエウ・アウベス? もっと練習しましょう。
ルシオ? 仕事した?
ロビーニョ? ヘタクソ。お前はブラジル系アメリカ人かっつうの。
と思って見終わり、音声をオンにしたら、ブラック・エンジェル福西までが「前半はブラジルペースだった。オランダは幸運だった」みたいなことを言ってる。頭が頭痛で痛いっつうの。
あえて言うなら、この試合でブラジルペースだったのは、後半の出だしからちょい過ぎた10分間くらいだけだった。
思い返してみて欲しい。
ブラジルが勝つには、あの前半の1点を守りきる展開しかなかったとは思わないだろうか?
結局のところ、煎じ詰めて言えば、カウンターをするスペースのない展開になった時、今回のブラジル代表には攻め手がなかったってことにつきる。中盤にタメを作れる選手のいないブラジル代表なんて考えられないのに、ドドンガ監督はそういうブラジル代表をワールドカップへ連れてきた。さすがにおでこが狭いだけのことはある。おそらくワールドカップで当たる相手は、みんなブラジルにカウンターのチャンスをくれると思っていたのだろう。脳みそあるのかっつう話なんだけど、僕はそういうことは言わない。運が悪かった。あるいはレフェリーに問題があった。と、そうしておこう。ブラジルのテレビ放送には、リプレーのないことを祈るよ。今日のレフェリーは完璧だった。おい、ちゃんと見てるかブラジル人。盗んだスクーターで、おばあさんの手提げひったくってる場合じゃねえぞ。レジではちゃんと金払えよ。フリスクをポケットに入れて、レジ通って、「上手くいった」とか思ってるんじゃねえぞ。みんなわかってるんだよ。でも、お前らがあまりにも惨めだから、見逃してやってるんだ。むしろ日本人のやさしさに感謝しろ、ブラジル人。
でも、基本、ブラジルから観光に来るブラジル人はいい人ばっかりで好きです。
最悪なのは、出稼ぎに来たくせに、稼がないで悪さする連中。
ホント、お前らどーしたいん? って感じ。
話がそれたけど、テレビ観戦するときは、音声オフ、これおすすめです。
どーしても音を聞きたいときは、ラジオとか、あるいは、1度目は無音声で見て、2度目は音声オン、っていうやり方がまあかろうじて許せる範囲。それでもバカ解説はバカ解説のままだけど、一度自分の目のフィルターを通してるから、そんなに影響はされないかな。
基本、テレビが言ってることだからすべて正しい、なんて思うのは純朴なジュンとホタルだけでいいんです。
むしろ、テレビが言ってることは全部ウソ。
NHKでさえ「書類送検された二宮さん」って敬語を使うような連中なんだから、その程度に思っていた方がいい。
逮捕は書類送検のはるかに前の段階なんだから、当然今後は「逮捕された○○さん」って敬称付きで報じるんだろうなNHKよ。
とにもかくにも、クソ詰まらないサッカーのブラジル代表が消えて、よかったよかった。
2010年6月30日水曜日
ゴールの改良を含む、ご辛抱思案、もとい誤審防止案
ドイツ×イングランド戦での誤審を生んだ第一の原因が審判のポジショニングにあることは言うまでもない。
だが第二の原因である、ゴールポスト&バーの形状について語られている記事を目にしたことはない。
安全上の理由によって、断面が真円型のゴール枠が誕生した。
激突したときに、従来の正方形タイプよりも衝撃が分散されるのでより安全であるという。
その一方で、ボールの当たる角度によっては強い逆回転がかかってしまい、今回のような「一度ゴールインしたボールが跳ね返って戻ってくる」という現象を生むようになってしまった。野球のバッティングにおける「チップ」みたいなことになるわけだ。
もしも今回のゴール枠が断面四角タイプであったなら、ボールは角ではじかれるか、ゴールインしてそのまま奥へとはねていっていただろう。
私はゴールの枠の断面形状は、従来のように四角タイプへと戻すべきだろうと思う。
ピッチのラインが平面で構成されている以上、その一部であるゴール枠も平面で構成されるべきだと思うからだ。
安全上の問題については、表面を柔らかな樹脂などでコーティングすることでの解決をはかるべきだ。
マリノスタウンでの少年サッカー用ゴールには、青いマットが巻かれていたが、あれではゴールの面積が狭くなるので、ゴール自体の材質を変えた方がより望ましい。
ビデオ判定の導入に関しては、まだその必要はないというのが私の結論だ。
サッカーという競技のゲーム進行は、テニスや相撲などとは異なり、途切れることのない波のようなものとなる。
原理的には、ただの一度も途切れることなく試合が完了することだってありうるような競技ルールとなっている。そこが、競技が短く切れることが前提となっている他競技とは決定的に違うのだ。
関連はないのかも知れないが、テニスというプロスポーツでは、機械判定を取り入れたのとタイミングを同じくして、大会の盛り上がりも低迷していった。コナーズやマッケンローが猛抗議するようなシーンは見られなくなり、「ピー」という機械音が単調に続くじじばば臭い地味な競技となってしまった。
大相撲でも、
「取り直しといたします!」
キタ━―━―━―(゚∀゚)━―━―━―!!
というのがほとんどなくなり、
「行司軍配は○○でしたが、××の足が先に──」
ばかりとなって、盛り上がりの要素がひとつなくなってしまった。
もし変更するのなら、機械化ではなく、審判の数を増やす方向で検討するべきだろう。
ゴール横の補助審判を置くとかいうんじゃなくて、シンプルに線審を4人体制にすればいい。そもそも現代のはやいサッカーで、線審が2人というのが間違いの元なのだから。
だが第二の原因である、ゴールポスト&バーの形状について語られている記事を目にしたことはない。
安全上の理由によって、断面が真円型のゴール枠が誕生した。
激突したときに、従来の正方形タイプよりも衝撃が分散されるのでより安全であるという。
その一方で、ボールの当たる角度によっては強い逆回転がかかってしまい、今回のような「一度ゴールインしたボールが跳ね返って戻ってくる」という現象を生むようになってしまった。野球のバッティングにおける「チップ」みたいなことになるわけだ。
もしも今回のゴール枠が断面四角タイプであったなら、ボールは角ではじかれるか、ゴールインしてそのまま奥へとはねていっていただろう。
私はゴールの枠の断面形状は、従来のように四角タイプへと戻すべきだろうと思う。
ピッチのラインが平面で構成されている以上、その一部であるゴール枠も平面で構成されるべきだと思うからだ。
安全上の問題については、表面を柔らかな樹脂などでコーティングすることでの解決をはかるべきだ。
マリノスタウンでの少年サッカー用ゴールには、青いマットが巻かれていたが、あれではゴールの面積が狭くなるので、ゴール自体の材質を変えた方がより望ましい。
ビデオ判定の導入に関しては、まだその必要はないというのが私の結論だ。
サッカーという競技のゲーム進行は、テニスや相撲などとは異なり、途切れることのない波のようなものとなる。
原理的には、ただの一度も途切れることなく試合が完了することだってありうるような競技ルールとなっている。そこが、競技が短く切れることが前提となっている他競技とは決定的に違うのだ。
関連はないのかも知れないが、テニスというプロスポーツでは、機械判定を取り入れたのとタイミングを同じくして、大会の盛り上がりも低迷していった。コナーズやマッケンローが猛抗議するようなシーンは見られなくなり、「ピー」という機械音が単調に続くじじばば臭い地味な競技となってしまった。
大相撲でも、
「取り直しといたします!」
キタ━―━―━―(゚∀゚)━―━―━―!!
というのがほとんどなくなり、
「行司軍配は○○でしたが、××の足が先に──」
ばかりとなって、盛り上がりの要素がひとつなくなってしまった。
もし変更するのなら、機械化ではなく、審判の数を増やす方向で検討するべきだろう。
ゴール横の補助審判を置くとかいうんじゃなくて、シンプルに線審を4人体制にすればいい。そもそも現代のはやいサッカーで、線審が2人というのが間違いの元なのだから。
ブラジルの負ける日
ブラジルは次のオランダに負ける。
PKになって、ロッベンが外すとかいう展開になれば、ブラジルの勝ちもあるかもしれないが、それ以外の展開だとブラジルは負けるしかない。
理由は三つある。
【その1 裏に弱いDFライン】
ブラジルのDFラインは、前へ向かう時には強さを見せるが、裏を取られたときの対処は幼稚園児以下になる。
グループリーグでも、常に裏を狙ってくる郭大世には手こずっていた。一方でラインの手前で足下へのパスをもらおうとするチリの攻撃陣に対しては、大人と子供以上の余裕を持っていいようにインターセプトしていた。
オランダのファンペルシーやカイトといったタイプは、ブラジルDFが最も苦手とするFWだろう。賢いファンペルシーは、それをわかった上で、ファールをさそうようなコースどり、体の使い方、をしてくるはずだ。演技下手でわかりやすい脳みそのルシオあたりは、格好の餌食とされるだろう。
【その2 中距離・長距離の展開についていけない選手たち】
ブラジルは、自分たちではミドルシュートをドンドン打つクセに、自分たちがそれを打たれることへの警戒心は皆無といっていいくらいに緩い。
それに長いパスを使われるとマークが甘くなる。チリ戦では、チリのノーコンさも手伝って途中でインターセプトできたから大事にはいたらなかったが、縦への正確なロングボールをバンバン放り込み、一本のサイドチェンジで局面を大胆に変えてくるオランダのようなチームに対しては、ブラジルのボランチではどうすることもできないだろう。
【その3 意外性のない攻撃陣】
典型的なのがルイス・ファビアーノだ。彼のパターンはひとつしかない。前へ突進してのパワーシュートをニアサイド、これのみだ。他の選手も似たり寄ったりで、そろいもそろって全員が力でゴールをこじ開けようとするシュートイメージの持ち主だ。力で勝負ということになれば、どんくさいオランダのセンターバックでも対処できる。それにここ2年くらいずっと調子の上がらないカカが、ワールドカップに入ってもそのままだということがブラジルにとっての不幸さを増している。調子が上がらないもんだから、それが自らのファールを呼び、更にイライラを募らせている。カカの機能していないいまのブラジルの中盤には怖さが全くない。中盤省略の戦術になってしまっているのは、こうした事情もあるのではないかと私は考えている。
ロッベンとスナイデルがそろう中盤で好き勝ってをされては、ブラジルに勝機はない。
バカルシオを前におびき出してその裏を狙う、このパターンだけで前半2点くらいとられても、私は何の驚きも感じないだろう。
ヅラ汁の弱点は、控え選手層の薄さにもある。切り札となるような、あるいは試合の流れを変えられるような、個性を持った交代選手がいないのだ。良い意味でとらえれば、それは穴がないとも考えられるのだが、追い込まれた展開となったとき、それは手の打ちようがないことにもなる。
世界的なフリーキッカーのいないブラジル代表なんて、これまでなかったのではないだろうか。
対戦相手に退場者が出て一人足りなくなる。こういうことも過去のブラジル戦ではよくあった。
はたしてオランダ戦でもそういうことが起きるのだろうか。
そうでもならない限り、ブラジルの2010年ワールドカップは、次の試合で終了する。
PKになって、ロッベンが外すとかいう展開になれば、ブラジルの勝ちもあるかもしれないが、それ以外の展開だとブラジルは負けるしかない。
理由は三つある。
【その1 裏に弱いDFライン】
ブラジルのDFラインは、前へ向かう時には強さを見せるが、裏を取られたときの対処は幼稚園児以下になる。
グループリーグでも、常に裏を狙ってくる郭大世には手こずっていた。一方でラインの手前で足下へのパスをもらおうとするチリの攻撃陣に対しては、大人と子供以上の余裕を持っていいようにインターセプトしていた。
オランダのファンペルシーやカイトといったタイプは、ブラジルDFが最も苦手とするFWだろう。賢いファンペルシーは、それをわかった上で、ファールをさそうようなコースどり、体の使い方、をしてくるはずだ。演技下手でわかりやすい脳みそのルシオあたりは、格好の餌食とされるだろう。
【その2 中距離・長距離の展開についていけない選手たち】
ブラジルは、自分たちではミドルシュートをドンドン打つクセに、自分たちがそれを打たれることへの警戒心は皆無といっていいくらいに緩い。
それに長いパスを使われるとマークが甘くなる。チリ戦では、チリのノーコンさも手伝って途中でインターセプトできたから大事にはいたらなかったが、縦への正確なロングボールをバンバン放り込み、一本のサイドチェンジで局面を大胆に変えてくるオランダのようなチームに対しては、ブラジルのボランチではどうすることもできないだろう。
【その3 意外性のない攻撃陣】
典型的なのがルイス・ファビアーノだ。彼のパターンはひとつしかない。前へ突進してのパワーシュートをニアサイド、これのみだ。他の選手も似たり寄ったりで、そろいもそろって全員が力でゴールをこじ開けようとするシュートイメージの持ち主だ。力で勝負ということになれば、どんくさいオランダのセンターバックでも対処できる。それにここ2年くらいずっと調子の上がらないカカが、ワールドカップに入ってもそのままだということがブラジルにとっての不幸さを増している。調子が上がらないもんだから、それが自らのファールを呼び、更にイライラを募らせている。カカの機能していないいまのブラジルの中盤には怖さが全くない。中盤省略の戦術になってしまっているのは、こうした事情もあるのではないかと私は考えている。
ロッベンとスナイデルがそろう中盤で好き勝ってをされては、ブラジルに勝機はない。
バカルシオを前におびき出してその裏を狙う、このパターンだけで前半2点くらいとられても、私は何の驚きも感じないだろう。
ヅラ汁の弱点は、控え選手層の薄さにもある。切り札となるような、あるいは試合の流れを変えられるような、個性を持った交代選手がいないのだ。良い意味でとらえれば、それは穴がないとも考えられるのだが、追い込まれた展開となったとき、それは手の打ちようがないことにもなる。
世界的なフリーキッカーのいないブラジル代表なんて、これまでなかったのではないだろうか。
対戦相手に退場者が出て一人足りなくなる。こういうことも過去のブラジル戦ではよくあった。
はたしてオランダ戦でもそういうことが起きるのだろうか。
そうでもならない限り、ブラジルの2010年ワールドカップは、次の試合で終了する。
もったいない
実力的に劣る方がPK戦に持ち込めたのに、自分たちで枠を外して負けたんだから仕方ない。川島もはやく動きすぎ。
ベスト4まで2勝足りなかったと考えるとよくやったと褒めたくなるが、2勝足りなかったら全敗でグループリーグ敗退してたんだと考えると、ワールドカップでの2勝ってのはとてつもない2勝なんだなあと思う。そういう意味ではよく勝った。えらい。
ただし、もしも今回のようなグループリーグの組み合わせと、決勝トーナメントの巡り合わせのままもう一度できるのなら、ちゃんとした監督と選手たちで準備していればもうひとつ勝ち上がれていたのは間違いない。あんなやる気のないカメルーンと、体の重いデンマークやオランダとだったら、グループリーグで全勝できてた可能性だってかなりある。もったいない。
年齢を考えると、次の代表メンバーは一気に世代交代が進むと予想される。
本田が勘違いして「王様」にでもなってしまうと困るなあとちょっと心配。本田はこのままFWをやるんだろうか?
協会はこれまで、みんなで奪って、みんなでつないで、みんなでゴールするというポゼッションサッカーを目指して育成をしてきたけど、ワールドカップで通用したのはそれと真逆の堅守速攻&セットプレーのサッカーだった。このことをどう考えるのか非常に興味ある。ブラジルでさえポゼッションなんて捨ててるのに、なんで日本がポゼッションできると思うのかが謎。
世界を見ても、有名監督の賞味期限切れとなった大会になった、今回のワールドカップ。
選手たちだけじゃなく、代表監督でも世代交代をさせて欲しい。どこかから実績のある有名監督を引っぱってくるんじゃなくて、その代表の成功が自分の成功となるような、実績のない若い監督に思い切って代表をまかせてみてはどうだろう。
どうしてもやばそうだと思ったら、また一ヶ月前に堅守&セットプレーのチームに変更すればいいだけなんだし。
ベスト4まで2勝足りなかったと考えるとよくやったと褒めたくなるが、2勝足りなかったら全敗でグループリーグ敗退してたんだと考えると、ワールドカップでの2勝ってのはとてつもない2勝なんだなあと思う。そういう意味ではよく勝った。えらい。
ただし、もしも今回のようなグループリーグの組み合わせと、決勝トーナメントの巡り合わせのままもう一度できるのなら、ちゃんとした監督と選手たちで準備していればもうひとつ勝ち上がれていたのは間違いない。あんなやる気のないカメルーンと、体の重いデンマークやオランダとだったら、グループリーグで全勝できてた可能性だってかなりある。もったいない。
年齢を考えると、次の代表メンバーは一気に世代交代が進むと予想される。
本田が勘違いして「王様」にでもなってしまうと困るなあとちょっと心配。本田はこのままFWをやるんだろうか?
協会はこれまで、みんなで奪って、みんなでつないで、みんなでゴールするというポゼッションサッカーを目指して育成をしてきたけど、ワールドカップで通用したのはそれと真逆の堅守速攻&セットプレーのサッカーだった。このことをどう考えるのか非常に興味ある。ブラジルでさえポゼッションなんて捨ててるのに、なんで日本がポゼッションできると思うのかが謎。
世界を見ても、有名監督の賞味期限切れとなった大会になった、今回のワールドカップ。
選手たちだけじゃなく、代表監督でも世代交代をさせて欲しい。どこかから実績のある有名監督を引っぱってくるんじゃなくて、その代表の成功が自分の成功となるような、実績のない若い監督に思い切って代表をまかせてみてはどうだろう。
どうしてもやばそうだと思ったら、また一ヶ月前に堅守&セットプレーのチームに変更すればいいだけなんだし。
2010年6月28日月曜日
2002年よりも格段に進歩した日本サッカー文化
岡田最近よく眠れる武史監督選抜チームが2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会の一次リーグを2位通過したことで、またお祭り騒ぎになるのかなと思っていたら、ほとんどの日本国民は意外と冷静にこの幸運を楽しんでいるようで感心している。渋谷で騒ぎになっているとかまたマスゴミが煽っているが、沖縄の成人式とは違ってあれは騒ぐ方も「わかって」騒いでいるのだ。
2002年のときは、日本にも優勝できる可能性があると、本気で思っているようなカルト気質の人間も大勢いた。
こうした人は「可能性」という言葉の意味を、「未確定」と混同してしまっているのだ。
「未確定であること」と、「可能性があること」はまったく違う。
例えば、明日の天気は「未確定」であるが、明日東京に雪が1メートル積もる「可能性」はゼロなのだ。
「そんなのわからないじゃないか」という人には、「そうですか。わかりませんか」と悲しい顔で同情してあげればいい。
太郎右衛門橋の下の屋外生活愛好者(通称:ハシラー、ルンぴょん)が「わしの夢はジャイアンツのエースになることじゃ。あきらめなければ夢は叶う。可能性はゼロじゃないんじゃから」と橋の下でナチュラルエコーかかりぎみにひとりごちていたら、橋の上から「そうだね。ゼロじゃないよね」と勇気づけてあげよう。なぜならうかっり彼が真実に気がついて、首つりか身投げでもされたら、そのあと片づけが面倒だからだ。希望があれば人は生きていける。希望とは、鍵を落としたことに気付いていないか、あるいは見当たらない鍵がまだ部屋のどこかにあると思い込んでいる間の、勘違いである。
「確率」の感覚は、人間がもっとも理解しにくい概念のひとつだ。だから宝くじは儲かる商売として成り立つし、ガンの民間特攻役、もとい民間特効薬もとぎれることがない。
ゼロじゃないんだから、もしかしたら──と思うのが人情だというのは確かにそうだ。だが、ゼロというのは果てしなくゼロなのであって、この「果てしなく」というのが本当に果てしなくなのかわからないから、とりあえずゼロじゃないってだけの意味で「未確定」ということにしてある、それが「未確定」と混同されている「可能性」の姿である。
しかしその一方で「可能性」がゼロであるから絶対に起きないのか、というとそういうことでもない。
未来を完全に予測することは絶対にできないので、たとえ現時点での可能性がゼロであっても、実際にその結果がどうなるのかは、その時になってみないと確かなことはわからないものなのだ。そういう意味で、「可能性ゼロ」は「絶対にない」ということとイコールではない。
だがこれは、あくまで「現時点で得られる情報、条件には限界がある」ことに原因があるのであって、「ゼロはゼロじゃない」という意味ではない。人間が全てを知ることはできない、という当たり前の意味を意味しているというだけだ。
だから「日本が優勝できる可能性はゼロではない」というのは確かにそうなのだが、だからといって日本に優勝できる実力があることにはならない。当たり前だが。
下記のデータを見てみるとよくわかる。主な大会のベスト4に残ったチームだ。
高校サッカー選手権
84回 2005年 野洲(滋賀)、鹿児島実(鹿児島)、多々良学園(山口)、遠野(岩手)
85回 2006年 盛岡商(岩手)、作陽(岡山)、八千代(千葉)、神村学園(鹿児島)
86回 2007年 流経大柏(千葉)、藤枝東(静岡)、津工(三重)、高川学園(山口)
87回 2008年 広島皆実(広島)、鹿児島城西(鹿児島)、前橋育英(群馬)、鹿島学園(茨城)
88回 2009年 山梨学院大付(山梨)、青森山田(青森)、矢板中央(栃木)、関大一(大阪)
高校総体
2005年 青森山田、那覇西、鹿島、桐蔭学園
2006年 広島観音、初芝橋本、帝京、真岡
2007年 市立船橋、星稜、神村学園、流経大柏
2008年 市立船橋、流経大柏、大津、佐賀東
2009年 前橋育英、米子北、大津、佐賀東
ワールドカップ
16回 1998年 フランス フランス、ブラジル、クロアチア、オランダ
17回 2002年 日本 韓国 ブラジル、ドイツ、トルコ、大韓民国
18回 2006年 ドイツ イタリア、フランス、ドイツ、ポルトガル
オリンピック
2000年 シドニー カメルーン、スペイン、チリ、アメリカ合衆国
2004年 アテネ アルゼンチン、パラグアイ、イタリア、イラク
2008年 北京 アルゼンチン、 ナイジェリア、ブラジル、 ベルギー
よくもまあこれだけ脈絡なくばらけるなあというくらいにバラバラだ。
トーナメント形式の大会というのはこれだけ連覇が難しいということの証明でもある。
日本人も、やっとこのことがわかってきたのだ。
浦和レッズがクラブワールドカップで3位になったからといって、実力的に世界の3位ではないことくらい、みんなわかっている。
WBCで優勝したからといって、日本の野球選手たちが世界トップレベルにあるわけじゃないとわかってるのと同じように。
それをわかったうえで、勝ち進んだことを素直に喜ぶことができるようになった。
日本人一般のサッカー文化は、確実に一段ステップアップした。
おそらく前回大会での惨敗が、わたしたちを成長させたのだろう。
もしあれがなかったら、きっと今回も、前回までと同じように、一次リーグ突破は当然のような皮算用をし、日本代表選手を世界的な選手であるかのように持ち上げ、神風が吹けばブラジルにだって勝てるんだ! などと朝から晩までバカ騒ぎし、マラドーナに対しても奇人変人、あるいは珍獣のように扱っていたかもしれない。世界のサッカーファンや関係者が、なぜ彼をいつまでも語り続けるのかがわかるには、ある程度の以上のサッカー文化が必要なのだ。酒を飲めれば最高のワインがわかるわけではないのと同じように。耳があればストラディバリの音色がわかるわけではないのと同じように。
熊谷高校や滑川高校が甲子園で勝ち進んだからと行って、誰も両校のことを高校野球の強豪校だとは思わない。
しかし勝ち進んだことは素直にうれしいし、テレビに釘付けになって応援をしもした。
今回のワールドカップで日本代表に訪れているのはこういうことなんだ、と、日本人はわかっている。
それがすばらしい、と私は思っている。
やはり日本人は、平均的に知的レベルが高いのだ。そう考えないと、こう短期間に国民全体が学習することのできた理由が説明つかない。
Jリーグの観客動員が伸び悩んでいるという話を聞いた。
私にはそれがなぜなのかがわかる。
日本人のサッカー眼が肥えたのだ。サッカーのレベルがわかるようになったのだ。この点では、野球ファンよりもサッカーファンの方が、要求のレベルが高い。サッカーファンは、上を目指しているからだ。上とは、世界、つまりトップヨーロッパと南米2カ国。そこらと、いつかガチンコで勝負する日本サッカーを夢みている。
わたしは夢を見続けている。
その夢はルンぴょんの夢なのではないのかと不安に思いながら。
2002年のときは、日本にも優勝できる可能性があると、本気で思っているようなカルト気質の人間も大勢いた。
こうした人は「可能性」という言葉の意味を、「未確定」と混同してしまっているのだ。
「未確定であること」と、「可能性があること」はまったく違う。
例えば、明日の天気は「未確定」であるが、明日東京に雪が1メートル積もる「可能性」はゼロなのだ。
「そんなのわからないじゃないか」という人には、「そうですか。わかりませんか」と悲しい顔で同情してあげればいい。
太郎右衛門橋の下の屋外生活愛好者(通称:ハシラー、ルンぴょん)が「わしの夢はジャイアンツのエースになることじゃ。あきらめなければ夢は叶う。可能性はゼロじゃないんじゃから」と橋の下でナチュラルエコーかかりぎみにひとりごちていたら、橋の上から「そうだね。ゼロじゃないよね」と勇気づけてあげよう。なぜならうかっり彼が真実に気がついて、首つりか身投げでもされたら、そのあと片づけが面倒だからだ。希望があれば人は生きていける。希望とは、鍵を落としたことに気付いていないか、あるいは見当たらない鍵がまだ部屋のどこかにあると思い込んでいる間の、勘違いである。
「確率」の感覚は、人間がもっとも理解しにくい概念のひとつだ。だから宝くじは儲かる商売として成り立つし、ガンの民間特攻役、もとい民間特効薬もとぎれることがない。
ゼロじゃないんだから、もしかしたら──と思うのが人情だというのは確かにそうだ。だが、ゼロというのは果てしなくゼロなのであって、この「果てしなく」というのが本当に果てしなくなのかわからないから、とりあえずゼロじゃないってだけの意味で「未確定」ということにしてある、それが「未確定」と混同されている「可能性」の姿である。
しかしその一方で「可能性」がゼロであるから絶対に起きないのか、というとそういうことでもない。
未来を完全に予測することは絶対にできないので、たとえ現時点での可能性がゼロであっても、実際にその結果がどうなるのかは、その時になってみないと確かなことはわからないものなのだ。そういう意味で、「可能性ゼロ」は「絶対にない」ということとイコールではない。
だがこれは、あくまで「現時点で得られる情報、条件には限界がある」ことに原因があるのであって、「ゼロはゼロじゃない」という意味ではない。人間が全てを知ることはできない、という当たり前の意味を意味しているというだけだ。
だから「日本が優勝できる可能性はゼロではない」というのは確かにそうなのだが、だからといって日本に優勝できる実力があることにはならない。当たり前だが。
下記のデータを見てみるとよくわかる。主な大会のベスト4に残ったチームだ。
高校サッカー選手権
84回 2005年 野洲(滋賀)、鹿児島実(鹿児島)、多々良学園(山口)、遠野(岩手)
85回 2006年 盛岡商(岩手)、作陽(岡山)、八千代(千葉)、神村学園(鹿児島)
86回 2007年 流経大柏(千葉)、藤枝東(静岡)、津工(三重)、高川学園(山口)
87回 2008年 広島皆実(広島)、鹿児島城西(鹿児島)、前橋育英(群馬)、鹿島学園(茨城)
88回 2009年 山梨学院大付(山梨)、青森山田(青森)、矢板中央(栃木)、関大一(大阪)
高校総体
2005年 青森山田、那覇西、鹿島、桐蔭学園
2006年 広島観音、初芝橋本、帝京、真岡
2007年 市立船橋、星稜、神村学園、流経大柏
2008年 市立船橋、流経大柏、大津、佐賀東
2009年 前橋育英、米子北、大津、佐賀東
ワールドカップ
16回 1998年 フランス フランス、ブラジル、クロアチア、オランダ
17回 2002年 日本 韓国 ブラジル、ドイツ、トルコ、大韓民国
18回 2006年 ドイツ イタリア、フランス、ドイツ、ポルトガル
オリンピック
2000年 シドニー カメルーン、スペイン、チリ、アメリカ合衆国
2004年 アテネ アルゼンチン、パラグアイ、イタリア、イラク
2008年 北京 アルゼンチン、 ナイジェリア、ブラジル、 ベルギー
よくもまあこれだけ脈絡なくばらけるなあというくらいにバラバラだ。
トーナメント形式の大会というのはこれだけ連覇が難しいということの証明でもある。
日本人も、やっとこのことがわかってきたのだ。
浦和レッズがクラブワールドカップで3位になったからといって、実力的に世界の3位ではないことくらい、みんなわかっている。
WBCで優勝したからといって、日本の野球選手たちが世界トップレベルにあるわけじゃないとわかってるのと同じように。
それをわかったうえで、勝ち進んだことを素直に喜ぶことができるようになった。
日本人一般のサッカー文化は、確実に一段ステップアップした。
おそらく前回大会での惨敗が、わたしたちを成長させたのだろう。
もしあれがなかったら、きっと今回も、前回までと同じように、一次リーグ突破は当然のような皮算用をし、日本代表選手を世界的な選手であるかのように持ち上げ、神風が吹けばブラジルにだって勝てるんだ! などと朝から晩までバカ騒ぎし、マラドーナに対しても奇人変人、あるいは珍獣のように扱っていたかもしれない。世界のサッカーファンや関係者が、なぜ彼をいつまでも語り続けるのかがわかるには、ある程度の以上のサッカー文化が必要なのだ。酒を飲めれば最高のワインがわかるわけではないのと同じように。耳があればストラディバリの音色がわかるわけではないのと同じように。
熊谷高校や滑川高校が甲子園で勝ち進んだからと行って、誰も両校のことを高校野球の強豪校だとは思わない。
しかし勝ち進んだことは素直にうれしいし、テレビに釘付けになって応援をしもした。
今回のワールドカップで日本代表に訪れているのはこういうことなんだ、と、日本人はわかっている。
それがすばらしい、と私は思っている。
やはり日本人は、平均的に知的レベルが高いのだ。そう考えないと、こう短期間に国民全体が学習することのできた理由が説明つかない。
Jリーグの観客動員が伸び悩んでいるという話を聞いた。
私にはそれがなぜなのかがわかる。
日本人のサッカー眼が肥えたのだ。サッカーのレベルがわかるようになったのだ。この点では、野球ファンよりもサッカーファンの方が、要求のレベルが高い。サッカーファンは、上を目指しているからだ。上とは、世界、つまりトップヨーロッパと南米2カ国。そこらと、いつかガチンコで勝負する日本サッカーを夢みている。
わたしは夢を見続けている。
その夢はルンぴょんの夢なのではないのかと不安に思いながら。
2010年6月27日日曜日
2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会
ウルグアイとガーナがベスト8に勝ち上がった。
アフリカ勢唯一の生き残りであるガーナが残ったことは、大会運営者にとって飛び上がるほど嬉しい出来事だったろう。
逆に、せっかく火がついた北米のサッカー熱が、これで冷めてしまわないかちょっと心配になる。が、このくらいでついたり消えたりするのでは元々たいした火ではないのだから、そう気にすることでもないのかもしれない。
ウルグアイが勝ち進んだことは、私個人的にはとても楽しみである。
サッカーではモンスターのような体格や狂った犬のような運動量が決定的な要素ではないことを、ウルグアイは証明してくれる。
犬と言えば、今大会で勝ち残っているのチームを見ると犬型チームが優勢のようである。
犬型とは、訓練された通りに動くチームのことだ。
韓国、米国、ガーナ、オランダ、スロバキア、ブラジル、チリ、ドイツ、イングランド、日本。
これらは全部犬型だ。
対する猫型は、
ウルグアイ、アルゼンチン、メキシコ、パラグアイ、スペイン、ポルトガル。
正直言って、アルゼンチン以外はかなり心許ない。ずばり率直に言えば「頼りない」。
猫型は、群れないサッカーだ。だけど抜け目ないサッカーでもある。
わたしは猫型の方に共感を覚えてしまうので、どうしても猫型のチームの方を応援してしまう。
犬よりも猫が好きとかそういうんじゃないんだけど、犬にはもっとリラックスして欲しいと願っている。
そんなにいつも、飼い主のことをウォッチしていなくてもいいんじゃないの? 犬君。
エンジョイしようよ!
アフリカ勢唯一の生き残りであるガーナが残ったことは、大会運営者にとって飛び上がるほど嬉しい出来事だったろう。
逆に、せっかく火がついた北米のサッカー熱が、これで冷めてしまわないかちょっと心配になる。が、このくらいでついたり消えたりするのでは元々たいした火ではないのだから、そう気にすることでもないのかもしれない。
ウルグアイが勝ち進んだことは、私個人的にはとても楽しみである。
サッカーではモンスターのような体格や狂った犬のような運動量が決定的な要素ではないことを、ウルグアイは証明してくれる。
犬と言えば、今大会で勝ち残っているのチームを見ると犬型チームが優勢のようである。
犬型とは、訓練された通りに動くチームのことだ。
韓国、米国、ガーナ、オランダ、スロバキア、ブラジル、チリ、ドイツ、イングランド、日本。
これらは全部犬型だ。
対する猫型は、
ウルグアイ、アルゼンチン、メキシコ、パラグアイ、スペイン、ポルトガル。
正直言って、アルゼンチン以外はかなり心許ない。ずばり率直に言えば「頼りない」。
猫型は、群れないサッカーだ。だけど抜け目ないサッカーでもある。
わたしは猫型の方に共感を覚えてしまうので、どうしても猫型のチームの方を応援してしまう。
犬よりも猫が好きとかそういうんじゃないんだけど、犬にはもっとリラックスして欲しいと願っている。
そんなにいつも、飼い主のことをウォッチしていなくてもいいんじゃないの? 犬君。
エンジョイしようよ!
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