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2011年9月13日火曜日

2011U-13日本選抜メンバー

JFAエリートプログラムU-13(U-13日本選抜) トレーニングキャンプ (9/15~19)



◆【スタッフ】
監督
木村 康彦 キムラ ヤスヒコ KIMURA Yasuhiko
【(財)日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ】

コーチ
猿澤 真治 サルサワ シンジ SARUSAWA Shinji
【(財)日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ】

GKコーチ
望月 数馬 モチヅキ カズマ MOCHIZUKI Kazuma
【(財)日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ】


◆【選手】
選手名 フリガナ アルファベット表記
生年月日 身長 体重 所属

GK
鶴田 海人 ツルタ カイト TSURUTA Kaito
1998.04.16 173 cm 65 kg ヴィッセル神戸伊丹U-15

渡辺 優三 ワタナベ ユウゾウ WATANABE Yuzo
1998.05.24 167 cm 60 kg 川崎フロンターレU-15

FP
中尾 慶心 ナカオ ケイシン NAKAO Keishin
1998.01.11 164 cm 54 kg 徳島ヴォルティスジュニアユース

阿部 雅志 アベ マサシ ABE Masashi
1998.03.07 160 cm 54 kg FC四日市ジュニアユース

川尻 龍司 カワジリ リュウジ KAWAJIRI Ryuji
1998.03.17 165 cm 54 kg コンサドーレ札幌U-15

佐々木 匠 ササキ タクミ SASAKI Takumi
1998.03.30 158 cm 48 kg ベガルタ仙台ジュニアユース

川原田 湧 カワラダ ユウ KAWARADA Yu
1998.04.05 149 cm 40 kg 横浜F・マリノスジュニアユース

高 宇洋 コウ タカヒロ KO Takahiro
1998.04.20 160 cm 47 kg 川崎フロンターレU-15

川上 エド オジョン智慧 カワカミ エド オジョン チエ KAWAKAMI Ed Ojohn Chie
1998.04.21 150 cm 41 kg 浦和レッズジュニアユース

西田 一翔 ニシダ カズト NISHIDA Kazuto
1998.04.28 151 cm 44 kg ガンバ大阪ジュニアユース

東野 広太郎 ヒガシノ コウタロウ HIGASHINO Kotaro
1998.06.10 176 cm 58 kg エスポワール白山FCジュニアユース

岩崎 悠人 イワサキ ユウト IWASAKI Yuto
1998.06.11 152 cm 45 kg JFAアカデミー福島

西本 卓申 ニシモト タカノブ NISHIMOTO Takanobu
1998.06.12 148 cm 35 kg アルバランシア熊本FC

堂安 律 ドウアン リツ DOAN Ritsu
1998.06.16 159 cm 53 kg ガンバ大阪ジュニアユース

イヨハ 理 ヘンリー イヨハ オサム ヘンリー IYOHA Osamu Henry
1998.06.23 159 cm 48 kg FCフェルボール愛知

崎村 祐丞 サキムラ ユウスケ SAKIMURA Yusuke
1998.06.27 165 cm 48 kg アビスパ福岡U-15

中間 俊亘 ナカマ タカヒロ NAKAMA Takahiro
1998.07.03 153 cm 43 kg サンフレッチェ広島ジュニアユース

飛鷹 啓介 ヒッタカ ケイスケ HITAKA Keisuke
1998.08.21 153 cm 40 kg ソレッソ熊本/JFAアカデミー熊本宇城

渡辺 皓太 ワタナベ コウタ WATANABE Kota
1998.10.18 152 cm 42 kg 東京ヴェルディジュニアユース

常本 佳吾 ツネモト ケイゴ TSUNEMOTO Keigo
1998.10.21 160 cm 46 kg 横浜F・マリノスジュニアユース


◆【スケジュール】
9月17日(土)10:00 トレーニングマッチ 対 星稜中学校
9月19日(月)10:00 トレーニングマッチ 対 石川県U-15トレセン


◆【参照】
2010u12トレセン
エド選手の旅立ち
2011レッズu13選手リスト
レッズエド選手画像
朝日新聞のエド選手記事

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年8月24日水曜日

それでも子供たちは成長している。



2011年 平成23年 8月24日(水)
朝日新聞 教育
いま子供たちは №121 被災地で考えた1

もったいなかった 今まで
エド・13歳


真っ青な夏空に、ペットボトルのロケットが水しぶきを上げて飛んでいく。

「やったー!」。
他の子のよりも遠くまで飛んだ自分のロケットを追って、川上エドオジョン智慧(ちえ)君(13歳)が駆け出した。

宮城県南三陸町のキャンプ場で7月、十数人の小中学生が一緒に遊んでいた。
東京からこの日バスで来た川上君たち10人と、地元の被災した子たち。
子どもが被災地を見て学ぶNPO主催のツアー「がれきの学校」のひとこまだ。

初め硬かった子どもたちの中で、みんなが「エド」と呼ぶ川上君は一番よく笑い、跳ねていた。
芝の斜面を段ボールのそりで滑り降りたり、チーム対抗リレーを始めたり。
地元の子たちは、自然と彼の周りに寄ってくる。
「どこに住んでんの?」「部活何してんの?」。
別れ際には「メアド交換しよう」。

本当は緊張していた、とエドが後で教えてくれた。
「話しかけてもらえないと思ってた」。
自分が住む埼玉県には、震災後も普通の生活がある。
大事な物を失った人たちには腹立たしく映るのではないか、と。

東京への帰り道。
「もったいなかったな」
エドがつぶやいた。
津波で流された物やお金のことではない。
自分のことだと言う。
彼はツアーで見た廃墟の小学校と、出会った子どもたちを思い出していた。
「小学校の時、俺、悪かったんすよ。授業に出なかったり。学校に行きたくても行けない子もいるのに。ちゃんとやればよかった」。
まだ声変わり途中の少しかすれた声で言った。

つい半年前、小学生だった彼は学年で十数人の「やんちゃな男子」のリーダーだった。
授業中に校内をうろつき、空き教室でほうきをバットにして野球に興じる。
自由が楽しかった。

震災にも興味はなかった。
繰り返し流れる津波や廃墟の映像に「もういいよ。分かったって」とうんざりしていた。

その彼がこのツアーに加わったのは、いま通っている中学の岩崎正芳先生(54)がきっかけだ。
5月に学年集会で、先生が岩手県へボランティアに行った話を聞いて、「連れて行ってください」と頼んだ。
「前にも先生に『人の役に立て』って言われてて。俺にも何かできるかなって」

実は中学に入るころから、そろそろリセットしたいとひそかに思っていた。
でも「問題児」との評判は中学校にも届いている。
どうせ先生には煙たがられるのだろうと思っていた。

でも岩崎先生は意外な言葉をかけてくれた。
「お前は面白いやつだ。いいものを持ってる」。
先生は「小学校の話は聞いていたが、会ってみると行動力があって、筋を通す魅力的な子。それを素直に伝えた」と話す。
エドはそれから「やっぱり変わろう」と思いを強くしたという。
「まだ間に合うのかなって」。
先生のボランティアの話を聞いたのは、そんな時だった。

8月中旬、記者はエドを訪ねた。
「もったいなかった」と悔いて、彼の日常は変わったのだろうか。

「変わりました!」。
彼は即答した。
所属するサッカークラブで自主練習を提案するようになった。
相手にボールを奪われても全力で走って戻る。
きつい時でも手を抜かない。

「被災地の子たちは良い環境にいないのに、俺らに普通に関わってくれた。それがありがたくて。だから自分が今やれることは一生懸命やろうって」。
その日も自主練習の帰りだった。
「それも『俺よくやった』って感じです」。
少し得意げに鼻をふくらませた。

「人の役に立つ」も実践中だ。
電車で高齢者に席を譲る。
きちんとあいさつし、礼儀を守る。
大人にはささやかなことのようでも今の彼には大きな一歩だ。

「人の役に立つとなんか達成感がある。今、生活の充実感がすごくあって。充実させていくのが楽しい」

あのとき南三陸で会った子たちとは、今もメールや電話でつながっている。

(原田朱美)

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エド君へ

君は良い先生と出会ったことで、自分が変わったと思っているのかもしれない。

でもそれは違うんだ。


以前の君なら、先生の体験談を聞いても、

「もういいよ。分かったって」とうんざりしていただけだっただろう。

でも、そうじゃなかった。


すでに君は変わっていたんだ。


【参照】
成長しつつあるエド君
エド君の所属チーム
エド君の旅立ちへ
2010ナショトレU12関東

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年7月18日月曜日

2011 上尾市長旗争奪杯

2011年 平成23年 7月17日 日曜日
晴れ メチャクチャ暑い 全国143カ所で猛暑日記録。
鳩山 38.7℃ 熊谷 38.2℃

上尾市長旗争奪杯 決勝トーナメント
会場 上尾市 平方スポーツ広場

お昼をはさんでの数試合のみ観戦。3位決定戦及び決勝戦は見ず。



コパ・アメリカのアルゼンチン×ウルグアイ戦を観てから出かけた。
会場へ着いた時のは11時近かったように思う。
道中何度も「引き返せ」という言葉が頭に浮かんだ。
それくらい暑く感じた。
睡眠不足が続いていることの影響もあるだろう。

集中力が消失し、観戦メモもほとんど取ることができず、二言三言を殴り書きしただけだ。


上尾富士見の8番君は、また少し背が伸びたように見えた。
それが理由なのかはわからないが、全少予選で見た時よりも動きにキレや躍動感がなかった。
コーチの意向としては、彼をターゲットマンもできるセンターフォワードとして育てたいようだが、もしそうであるなら“意図的に”相手を背負ってボールを受けるようなプレーをもっとトライさせた方が、彼も生きてくるのになあなんてことを思ったりもした。
マークを外す動きをさせないで、あえてマーカーを引きつけた状態でボールを受けるようなプレーを繰り返すことで、「マーカーを殺すプレー」を感覚的に体で覚えることができる。それがわかってくると、CFとして今の年代のレベルを越えたプレーヤーになれる、かも。

上尾朝日は、球際に厳しさが出て来てたし、攻撃もサイド(左側限定だったけど)を意図的に使うようになっていて、実にイイ感じ。
選手個々の能力は昨年の方が高かったように私には見えたけど、でも『サッカーをしてる』のは今年のチームの方だ。私見ではあるが、サッカーをやめないで現役引退後もずっとサッカーを愛してくれる子の割合は、「タマ遊び好き」や「足技コレクター」という感じの子よりも、「サッカーが楽しい」って感じの子の方が多いように思える。今年度のこのチームの子供たちが、後者になってくれたら嬉しいなあ。

ユベントスは……どうしちゃったのかなあ、って感じだった。
決勝トーナメントに上がってきているので弱くはないんだろうけど、とにかくサッカーが乱雑過ぎる。チームの雰囲気も良くなさそう。試合中、ある特定の子ばかりを他の子みんなでなじっていた。サポートや盛り上げの声も出ていないし。
いい選手もいたし、ちらほら光るプレーもあっただけに、いろいろと残念なことになってるんだとしたら悲しい。



【全体的な感想】

女子選手が増えたなあ。
それも“おミソ感”なしで、ふつうに混じってる。
なでしこジャパンの力だね。

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年6月4日土曜日

桶川という市名の由来

鎧甲甲冑(よろいかぶとかっちゅう)






「桶側胴」という表記もあるようですが、どちらにしても「起き川→桶川」説よりは地名の由来と関連があるように、私には思えます。


そもそも現桶川市東部の、旧菖蒲町境界のゴミ焼却場付近が綾瀬川の起点だったから「起き川」と呼ばれたってのは、相当無理があると思いませんか?
元々広大な湿地帯であって、水田耕作地でもあった埼玉県のあたりには中小河川が縦横無尽に流れていました。見沼代用水だってありましたし、沼も池も数え切れないほどありました。なのに、ここだけが「起き川」などと呼ばれたなんてことがあるでしょうか? もしそんなことがあったのなら、なにか他の河川を圧倒するくらいの強烈な理由がないと、そうはならないはずです。地名ってのは、ご近所だけがそう呼んでるだけじゃあ意味がほとんどないからです。自分の家の裏にある池を、その家の住人が『裏池』と呼んでいたからといって、その池の名前が『裏池』とはならないのと同じことです。だって、その池が「裏」にあると思っているのは、その家の住人だけなんですから。
「起き川→桶川」説に説得力が乏しい理由も、この「裏池」の例とよく似ています。中小河川の起点なんていっぱいあったんですもんね。

もう一点おかしいなあと思っていたのは、その位置です。
綾瀬川の流れる位置は、旧中山道桶川宿とかなり離れています。桶川宿のある地域を他の地域と区別するためのシンボルとしては、あまりにも物理的に離れているように、私には思えるのです。まして当時は徒歩メイン。綾瀬川の起点である本来の「桶川」に行きたかった人が、中山道の「桶川宿」に着いたとしても、「本当の桶川」はまだまだ先にあることになります。これで問題なかったのでしょうか?


私は何も、「桶川(側)胴」そのものが「桶川」という地名の由来ではないか、と考えているわけではないんです。
でも、当時(鎌倉時代~戦国時代~江戸時代)の常識として、特に、地名を定めるくらいの地位にあったであろう人たちにとっては、「起き川」という概念よりも「桶川(側)胴」という言葉への親しみの方が強かったであろうことは、かんたんに想像できるよねっていう程度のことは考えています。

「桶川胴」がなぜそう呼ばれるようになったかといいますと、その形状が木桶の側面に似ているからだそうです。
大昔の桶川地域にも、道行く人の目にそういう風に見える何かがあったのではないでしょうか。
綾瀬川が、知らぬ者のない大河川であったとかいうのなら、「綾瀬川の起点」ということにも普遍的なメッセージ性はありますけど、どう考えても綾瀬川はそうじゃないですから、「起き川→桶川」説は“ない”と思います。



「綾瀬川の起点だから起き川で桶川だ!」
って言われても、他の地域に暮らす人にしてみれば「はぁ?」って話ですよね。


「桶の側面に見えるシンボル→桶川」説が正解なのかどうかわかりませんけど、「起き川→桶川」説よりは“あり”だな、と私個人はそう思っています。


【参照】
北本市名由来
あしなが育英会 東日本大震災 津波遺児 単発寄付

2011年5月16日月曜日

南部地区大会八王子会場─観戦メモ─

2011年 平成23年 5月15日 日曜日
全日本少年サッカー大会埼玉県大会
南部地区予選
与野 八王子グラウンド(八王子中学向かい)
天候 晴れ やや風有り(昼過ぎから少々強まる)
ピッチ 人工芝 乾燥していてボール転がらず。疲労度も高そう。

第1試合
北本東(橙橙) × 大宮早起き(白白)

ひいき目で見て7:3、客観的に見ても6:4で北本東の試合だった。
しかしそういう試合でPK戦になると、往々にして優勢だった方のチームが負けることになっている。これはそうい決まりだから仕方がない。サッカーのゲームシナリオ原則がそうなっているのだ。
PK戦
北本東 ○○○○×○○×
早起き ×○○○○○○○

第2試合
アルディージャ(橙紺) × 戸田南(青白)

アルディージャには鴻巣陸上競技場での新人戦で見た選手がいなかった。あれは私の見間違いだったのだろうか?
ボール保持はアルディージャなのだが、戸田南のGKが大当たりだったこともあって、とにかくゴールの中へボールが入らない。ベンチから聞こえてくるコーチの指示も「落ちつけ、落ちつけ」ばかり。点が入らないことで子供たちが浮き足立つことを最も恐れたのだろう。しかし0-0で延長後半に入ってしまったとき、コーチらも内心では「あのGK君相手にPK戦となると万が一もあるかも」と思っていたはずだ。


第3試合
川口戸塚(青白) × 浦和尾間木(黄紺)

予想に反して、一方的に戸塚が押す展開となった。尾間木はドリブルでもパスでも、ボールを前へ運ぶことができないで苦しんでいた。GK君からして、戸塚の気合い勝ちという感じがした。
ことごとくつぶされ、フリーな状態でボールを持つことができず、「あれおかしいな」とばたついているうちに、尾間木は自分たちのリズムを見失ったという感じだったのではないだろうか。
昨年は、尾間木というチームが“イイ感じ”になったのは秋以降だったので、今年もそうなのかもしれない。このチームの育成方針がそういう計画になっているのだろうと想像している。
全少での成績うんぬんではなく、『レジスタに一泡ふかせる』という目標を秘めているのではないか、とそんな印象を受けた戸塚のサッカーだった。


第4試合
上尾富士見(紫紫) × クラッキ(白白)

私が期待している8番君が1トップぎみに置かれた時点で嫌な予感がした。クラッキというチームを見るのは初めてだったのだが、長身の10番君だとか、いかにも韋駄天(いだてん)っていう感じの坊主頭ちびっこ16番君なんかの感じからして、かなり走り込んでいる、幅の広いカウンターサッカーをしてくるチームなんじゃないかと思ったからだ。
案の定、試合では富士見8番君が前線で孤立したままになってしまった。
ああいう相手(クラッキ)に対するのなら、8番君の位置を下げて、彼がもっとボールや相手にからめるようなプランに、私なら変更しただろう。今日のようなかみ合わせだと、常に中盤でボールをうばわれ、すぐトップに当てられたりサイドへ散らされてしまうので、8番君はボールに触ることさえほとんどできなかった。これぞ宝の持ち腐れ。それならば8番君をDFラインの前(アンカーくらい)まで下げて、攻守にわたって彼に縦横無尽の活躍をしてもらうようにした方が、違う展開にもっていけたのではないだろうか、というのは私の空論だろうか。







8人制の試合展開は、一方的になるか、または点の入らないバスケットボールのようになるので、私などはどうしても眠くなってしまう。今日みたいに天気の良い日はなおさらだ。で、実際第1試合の延長前半あたりから、すでにウトウトしてしまった。しかし第4試合の富士見戦まではなんとか、と私なりにがんばって観戦した。

でも第4試合が終わると、会場を後にした。
先の4試合の内容と代表決定戦の対戦組合せを見ても、今日の早起きがアルディージャを倒すこと、また今日の戸塚をクラッキが倒すこと、このどちらもかなり考えにくいだろうと私には思えたし。

レッズは原口選手を明確な中心にするしか道はないな。
でも彼、ケガが多そうな体格(骨格)してるんだよなあ。
そんなことを思いながら、ビール飲んで寝た。

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年5月1日日曜日

2011 全少予選 北足立北観戦メモ

2011 全少予選 北足立北観戦メモ

2011年 平成23年 4月29日 
金曜日 祝日(昭和の日)

全日本少年サッカー大会埼玉県大会
北足立郡北部地区予選
代表決定戦

会場 鴻巣市 上谷総合グラウンド
ピッチ 人工芝 底のすり減っているシューズでは滑るので注意。
天候 晴れ 午前11時くらいまで、肌寒い風あり。正午前後は無風で気温上昇。午後13時より、時折強い南風。

0900 上尾NEO①(赤黒) 4 × 1 鴻巣田間宮(白)

メモに記載なし。

1000 伊奈サッカー(黄黒) 2 × 0 原市イレブン(胴水色袖エンジ)

お互いにボールを怖がらず(避けず)、闘うことができていた。ヘディングも自分から向かっていくことができていた(つまり“お子ちゃま”“幼稚園児”のサッカーじゃない)ので、試合が締まっていた。すばらしい。
伊奈の11番君が、ボールを持つことをがんばっていた。他の子も、がんばるのは「走る」ことだけじゃなくて、「ボールをキープすること」もがんばらなければダメなんだぞ(つまり、辛い苦しいことでもあるんだってこと)ってことに気付いて欲しいと思った。

1100 上尾東(オレンジ) 0 × 2 上尾富士見(パープル)

富士見の8番君は、気持ちを込めてシュートをすることができていたので、見ていて自然と応援したくなった。
彼は、プレーの中でも、シュートをすることが好きなのだろう。こういう子は意外といないものなのだ。彼には期待したい。
彼はボールをもらう前のポジション取りや、体の向きも工夫しているように見えた、が、この点については今後の試合も観てみないと断定はできない。

1200 北本東(オレンジ稲妻) 9 × 5 鴻巣ジュニア(青白)

北本東のサウスポー9番君がキレキレで、途中から目が離せなくなった。
鴻巣ジュニアの小柄な11番君(坊主頭)の突進力は、日本代表の岡崎選手のようでワクワクさせてもらった。後半同点に追き、延長戦へ持ち込めたのも、彼の功績が大きいと私には思えた。

1310 上尾朝日(黄青) 4 × 0 上尾双葉台(赤白)

上尾朝日は、昨年のチームと比べて一段レベルアップしたサッカーをやっていた。
まず、球際での厳しさが良くなった。あの厳しさがあれば、県のトップクラスと対戦しても、時間と共に段々押されて力負け、みたいな展開にはならないだろう。ヘディングも亀にならなく(避けなく)なっていた。男ならそうでなくっちゃ!
そして最もすばらしいと感じたのは、ボールを持っている選手を追い越す動きが、チーム全体に浸透していたことだ。
このおかげで、昨年はなかった「波状の躍動感」がみなぎっていた(ただし、この試合の後半に限った話)。
個々の技術では昨年のチームの方が面白かったように思えるが、チームの力としては、今期の方が良い成績を残すだろうというものになっている、ように見えた。
ベンチの雰囲気も、「自信アリ」オーラが出ていて、頼もしかった。
ただし、移動中に他チームの横断幕『夢に向かって走れ』を指し示して、「夢見ながら走るんじゃあ夢遊病だよなあ」と子供たちの前でちゃかしてあざけるのは、個人的にはあまりよい感じは受けなかった。
私は、自分たちの校旗や国旗ではない、他校の旗や他国の旗であったとしても、それには敬意を払うべきだと確信している。
まして指導者の立場にある大人が、まだ考え方もしっかりしていない子供たちの前で、そのような態度をとるのは……もちろん私にはうかがい知れない関係性の上での、問題のない“たわむれ”であったのかもしれないが……、ひっかかりを持たないわけにはいかなかった(そもそも誤読だし)。
できれば、もし子供たちがそのような行動をとっていたときに、ちゃんと注意して、的確な説明のできるような大人になりたいなあ、などと思う今日この頃なのであった。


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年4月29日金曜日

北足立北第5試合

上尾朝日×上尾双葉台
前半2×0
後半2×0
結果4×0

北足立北第5試合

上尾朝日×上尾双葉台
前半2×0
後半×
結果×

北足立北第4試合

鴻巣ジュニア×北本東
前半2×3
後半3×2
延長
前半0×1
後半0×3
結果5×9

北足立北第4試合

鴻巣ジュニア×北本東
前半2×3
後半3×2
延長
前半0×1
後半×
結果×

北足立北第4試合

鴻巣ジュニア×北本東
前半2×3
後半3×2
延長

結果×

北足立北第4試合

鴻巣ジュニア×北本東
前半2×3
後半×
結果×

北足立北第3試合

上尾富士見×上尾東
前半1×0
後半1×0
結果2×0

北足立北第3試合

上尾富士見×上尾東
前半1×0
後半×
結果×

北足立北第2試合

伊奈サッカー×原市イレブン
前半1×0
後半1×0
結果2×0

北足立北第2試合

伊奈サッカー×原市イレブン
前半1×0
後半×
結果×

北足立北第1試合

上尾NEO1×田間宮
前半3×0
後半1×1
結果4×1

北足立北第1試合

上尾NEO1×田間宮
前半3×0
後半×
結果×

2011年4月28日木曜日

ス没水部南玉埼

水位がどれくらい上がると、どこまで水が来るかわかるサービス。

Sea level rise


北足立北部は、13メートルまではどうにか持ちこたえるけど、

20メートルじゃあ辛うじての中州状態。

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宮古の津波遡上38.9メートル 明治三陸超える
岩手日報 (2011/04/16)

 東日本大震災の大津波で、陸地の斜面を駆け上がった津波の高さ「遡上(そじょう)高」が、宮古市・姉吉地区で明治三陸津波の最大値を上回る38・9メートルだったことが東京海洋大の調査で分かった。リアス式海岸特有の地形により、波が増幅。県内各地に大規模な被害をもたらした津波は、国内観測史上最大だったことが確認された。

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【参照】
普代村は想定内
逃げるところがあるのか
津波には勝てない。
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2011年4月26日火曜日

2011 4種リーグ 南部(北足立北)地区

2011年 平成23年度 埼玉県第4種リーグ戦

南部(北足立北部)地区

A組
NEO
ドルフィンズ
原市
尾山台ファイターズ
ラホージャ
大石
石戸
田間宮

B組
朝日
大芦
鴻巣FC
MJキッカーズ
北本少年
北本東
上尾SC
西上尾キッカーズ

C組
富士見
双葉台
下忍
鴻巣ジュニア
上尾東
ローズ
小針
桶川

あれ、ユベントスは?
と思ったところで、はたと気付いた。
今期はこっちに組み込まれたのか。

南部(さいたま市)地区

移動が大変かなとも思ったけど、昨今の少年サッカーじゃあこんなの近場なんだよなあ。

楽しいサッカーが見られることを期待してます。

【参照】
南部(北足立北)地区
南部(北足立南)地区
南部(さいたま市)地区
西部(所沢入間南)地区
西部(東松山比企)地区
西部(川越入間北)地区
東部(南)地区
東部(中)地区
東部(北)地区
北部地区
あしなが育英会 東日本大震災 津波遺児 単発寄付