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2011年7月12日火曜日

アルゼンチン代表の問題は解決していない。

アルゼンチン×コスタリカ戦を観た感想。

中盤に問題を抱えているアルゼンチンに対しているのに、コスタリカは全体が引き過ぎ。

コスタリカは招待チームかぁ。
オリンピック世代のチームなのかぁ。
アルゼンチンは自国開催のW杯でもやってるんだよなぁ。

などなどを考えていると、コスタリカの選手は知らないまでも、コスタリカの監督はあえて“引いた”戦術を取ったんじゃないのと勘ぐられても仕方のないようなゲームプランだった。
だって、アルゼンチンの弱点を突くのなら中盤で勝負するべきなのに、アルゼンチンのストロングポイントである前線にボールが回ってくるまで一切プレッシャーをかけないってのは、いくらなんでも不自然でしょ。

わたしは、通常のテレビ観戦では音声を消した上での若干早回し、という設定にしている。
こうすると余計な雑音に惑わされずに、オフザボールの動きも合わせ、試合そのものを楽しめる、と確信しているからだ。
実際に生観戦するときよりも、テレビ観戦は試合がスローに見えるし、解説などでトンチンカンな横やりも多い、んじゃないかなあとわたしが思っているからだ。

どうも世間(といっても主にスポーツニュースやネットの評価)では、メッシが調子を取り戻したのでアルゼンチンは復調するだろうという見方が主流になっているようだ。

でもわたしにはそうは思えない。
メッシにしても、あんなにやさしく当たってくれるのは、この南米選手権出場チームではコスタリカだけ。南米のトップDFにきっちりやられたら、この試合みたいに余裕を持ってボールを持つことはできない。絶対に。
幼少の頃からヨーロッパの一流クラブで純粋培養されたことで、本来ダーティ(抜け目ないとも言う)な国民性であるアルゼンチン人でありながら素直で正直なプレースタイルを形成できた最大の要因だろうと思うのだが、その弊害として、いわゆる「マリーシア」が乏しいことにもなっているとわたしには見える。

決勝トーナメントではC組の、ウルグアイ、チリ、ペルーのどこかと当たる。
ウルグアイやチリに当たったとしたら、間違いなくアルゼンチンは決勝トーナメント1回戦で姿を消す。
勝ち上がる可能性があるとすれば、ペルーだけだろう。
どうかアルゼンチンの対戦相手がペルーとなってくれることを、心から願うものでありまする。

あしなが育英会 東日本大震災 津波遺児 単発寄付

2011年6月3日金曜日

4スタンス理論─体幹重心──

NHK『ディープピープル DEEP PEOPLE』
本放送 総合テレビ 毎週 月曜日 2200~
再放送 総合テレビ 毎週 水曜日 2510~

5月30日(月)放送分
テーマ 女子マラソン
ゲスト 有森裕子 千葉真子 山下佐知子


この番組の中で、以前紹介した『4つの体幹重心タイプ』についても触れられていました。




このスポーツ人間工学概念は『4スタンス理論』というのが正式名称らしいです(いつ頃からそうなったのだろう?)。
お話されていたのは、順天堂大学講師兼陸上部監督の鯉川なつえ女史でした。


6月5日(日)に再放送があるので、スポーツ指導に興味のある方で本放送をご覧にならなかった方、そして本放送を見たけど録画を忘れた方は、この機会をお見逃しなく。

ディープピープル「女子マラソン」
2011年6月5日(日) 25時30分~26時21分
Gコード:6963964



【参照】
4スタンス理論 体幹重心理解の基礎
4スタンス理論 つま先重心の代表例1
4スタンス理論 つま先重心の代表例2
4スタンス理論 つま先重心の代表例3
4スタンス理論 かかと重心の代表例1
4スタンス理論 かかと重心の代表例2

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年5月29日日曜日

バルセロナの弱点はここ

2010-2011UEFA Champions League Final(マンチェスターユナイテッド × FC バルセロナ) をフジテレビで観戦した。

以前に、「サッカーをより楽しく観る方法 ─テレビ観戦編─ 」でも書いたように、音声を消して観戦した。
ほとんど二日酔い状態の上に半覚醒脳での観戦であったこともあり、これから書くことについての責任能力は法廷でも重要焦点となる程度のものであったことを、最初に提示しておく。


【1 今試合のマンUは、バルサにしてみれば一番オイシイ相手だった】

事前の分析でも、バルサ側にはそういう認識があったのだろう。だから試合前のインタビューなどで、メッシなんかが一生懸命マンUを持ち上げていたのだ。マンUがマンUらしいサッカーをしてくれるように。その方が自分たちには好都合だから。

【2 マンUのどこが美味しかったのか】

サイドアタッカーがいないことと自己評価が高いこと、これに尽きる。
今のバルサが苦手とするのは、ベスト布陣のトットナムみたいなチームであって、現在のマンUはその対極に近い。

【3 それはなぜ?】

バルサにはスピードのある選手がいない。それにショートパスを多用するために、選手間の距離が短い。つまり、最終ラインの後ろには、どうしてもスペースが生まれてしまう。そこをわかっていてもやられる武器(レノンやベイルのようなスピード、そしてクラウチの高さなど)で突かれると厳しくなる。対応しようとして選手間の距離が広がると、自分たちのサッカーもできなくなるという悪循環に陥ってしまう。

【4 マンUに打つ手はなかったのか】

圧倒的なFWがいない時点で、マンUに打つ手はなかった。
マンUのファーガソン監督は、中盤の強化よりもむしろ強力なFWとスピードのあるサイドアタッカー獲得を、選手補強の担当者へ厳命しているに違いない。

【5 中盤を支配されたことが敗因じゃないの?】

バルサの戦術は、中盤を支配すること、にあるんじゃなくて、支配できる地域に中盤を形成すること、がベースになっている。
だから対戦相手や戦況によって、いわゆる中盤(相手から奪ったボールを集め、キープして状況を整え、攻撃を仕掛ける起点となる場所。戦争でいうところの基地)のある位置──チャビ、イニエスタ、メッシらがボールに絡む地域──は変わってくる。
逆に言うと、バルサの戦術においては、どんな相手との戦いであっても、チャビ、イニエスタ、メッシらが守備をし続けるような状況は起こりえないということ。これは優劣の問題ではなく、戦術的な選択の問題だという点に気付けば、理解できるはず。

【6 現バルサはサッカー史上最強だよね】

それはない。
現バルサのストロングポイントである中盤を取ってみても、代表チームで比較するなら、プラティニのフランス代表やジーコのブラジル代表には遠く及ばないし、単独チームで比較してもバレージ、フリット、ファンバステンの頃のACミランや98/99シーズン3冠時のマンUよりも強力かと問われて、「YES」と答えるサッカーファンはそれほどいないだろう。チームとしての総合力比較となればなおさらだ。

【7 じゃあなんで今期のバルサは無敵だったの?】

2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会で明らかになったように、今、世界のサッカー界にはタレントが枯渇している。
スポーツ医学が発達したせいなのか、グローバルマネジメント企業隆盛(代理人の交渉力強化)の弊害なのか、チーム経営に投資ビジネスがくい込んできた影響なのか、何が原因なのかはっきり「コレだ!」とは言えないが、とにかく選手寿命が、世紀の変わり目を境に劇的に伸びている。特に名前の売れたトップ選手ほどその傾向は顕著に見られる。その反動として、新しい才能が開花する場を奪われているように私には見える。
タレントが少なくなった※結果、英独以外の、欧州南米の各国リーグは停滞している。国内リーグの停滞は、リーグ全体のレベルを低下させる。したがって、バルサが無敵だったというよりも、他のチームのレベルが低下したというあたりが真相なのではないだろうか。

※ 「天才」という表現のハードルが下がった、いや価値が暴落したと見ることもできる。能力で明確に差別化できるまで、育成に時間をかけられなくなったのだろう。それで仕方なく、促成栽培早期出荷するしかなくなり「天才」が毎年各国各世代に誕生することになったのだ。アフリカ出身の選手も、なんだか小粒な優等生ばっかりになってきたし、つまらんなあ。

【8 レベルが低下? 信じられないんですけど】

サッカーのレベルを見るのに便利なマーカーのひとつが、ゴールキーパーだ。
リーグ、世代、チーム、どういうセグメントであってもサッカーのレベルが上がると、自然といいゴールキーパーも育つ。
今現在、トップクラスのゴールキーパーというと誰になるだろうか?

【9 でもバルサのスタイルは完璧でしょ】

あれはFCバルセロナのスタイル※じゃなくて、チャビ・イニエスタ・メッシのスタイル。
アルゼンチン代表でメッシがまったく輝けず、チャビとイニエスタはスペイン代表でそこそこ輝けているという事実がそれを証明している。
アルゼンチン代表にチャビかイニエスタのどちらかがいたら、メッシも違っていたはずだ。
これもチーム・選手・戦術の優劣の問題ではなく、組合せの問題なのだ。
バルセロナにとって現在進行中の問題は、チャビ→イニエスタ→メッシ→?の答えが見つかっていない点だろう。
チャビ・イニエスタ・メッシと連なる系譜の後継者が途絶えれば、バルサも現在のスタイルを変えざるを得なくなる。

※ バルサ本来の伝統的スタイルは、徹底的にサイドを使って崩すサッカー。バルサのサポも、サイドでの1対1を闘牛を見るかのように応援してきた。これはまったくの想像だけど、昔のようなスタイルを望んでいるバルササポも、地元では少なくないのではないだろうか。

【10 ひねくれてる】

前にどこかで「センス」について書いたが、要するに、私のサッカー観ってのはそういうことだってこと。それだけのこと。
今朝のCL決勝戦を見て、子供たちはどの選手のマネをしたいと思っただろうか?
バルセロナがやったようなサッカーをしたい、と思う子はいても、誰それ選手のマネをしたいと思った子は少ないのではないだろうか。
まあこれは私の想像なので、もしかすると世間のサッカー少年たちは、
「俺、ビクトール・バルデスになる!」「僕はブスケツ!」「おいらキャリック!」「おいどんはバレンシア」「エブラ最高!」
みたいなことになっているのかもしれないが、もしそうなら己の世間知らずを恥じたい。

【11 何が言いたいわけ?】

バルサだろうがマンUだろうが、それを日本から日本人が、どっちが上だ下だと言い争っても空しいだけで、だったら両チームの良いところ悪いところを分析する方が面白いぞって俺は確信してるってこと。
それにせっかく極東の島国からヨーロッパリーグの外国チームを応援するのなら、メジャーで強いところよりも、マイナーなチームを応援しませんかってこと。

──です。


【参照1】
ブラジルに見る「決定力」育成法
ユース出身は使えない
ところ変われば、評価も変わる

【参照2】
バルサの弱点はここ
対バルサ戦略~偽ファーガソン編~
バルサをマネる3つのポイント
昔のバルサはこうだった
バルサの育成投資方針
バルサ5-0レアルの動画
昨年度(09-10シーズン)CLでのFCバルセロナ評
2009-2010CL準決勝インテル×バルサ第1戦
イニエスタの作り方
FCバルセロナの哲学


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年5月4日水曜日

19時より映画『マラドーナ』

BS-TBS
映画

シアターA「マラドーナ」
11/05/04(水)19:00~20:54


神の子と呼ばれた男は、一人の人間だった

Cast
ディエゴ・アルマンド・マラドーナ、エミール・クストリッツァ、マラドーナ・ファミリー、カストロ将軍、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、マヌ・チャオ 他

Staff
2008年 スペイン・仏

監督・脚本:エミール・クストリッツァ

番組内容
アルゼンチン国民の英雄、ナポリの救世主、稀代のエンターテナー、そして薬に溺れた堕ちた偶像・・・。20世紀スポーツ界もっともスキャンダラスなスーパースター。“神の子”ディエゴ・アルマンド・マラドーナ 49歳。名匠エミール・クストリッツァ監督がブエノス・アイレスからナポリ、ベオグラードへと“魂の反逆児”の真実を追った話題のドキュメンタリー作品。

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年5月2日月曜日

BSテレ東でインテル戦中継

BSジャパン(テレビ東京系)ch7
イタリアサッカーセリエA
2011年
5月02日(月) 2100~ チェゼーナ×インテル
5月09日(月) 2100~ ASローマ×ACミラン
5月16日(月) 2100~ ACミラン×カリアリ
5月23日(月) 2100~ ユベントス×ナポリ

あしなが育英会 東日本大震災 津波遺児 単発寄付

2011年4月28日木曜日

4/29(金・祝)仙台×浦和スカパー無料

4/29(金・祝)は「震災復興キックオフデー」
Jリーグ「ベガルタ仙台 × 浦和レッズ」戦を無料で生中継!


【放送概要】

<Jリーグ>
■ 対戦カード: 「ベガルタ仙台 × 浦和レッズ」 
■ 放送日: 2011年4月29日(金・祝)午後1:10~
■ 放送チャンネル: スカチャン
Ch.190(スカパー!HD)/Ch.180(スカパー!)/Ch.800(スカパー!e2)
■ 視聴形態: 無料放送


そして! そして!

スカパー!e2 拡大無料大開放DAY!!


5月1日(日)、2日(月)、3日(火・祝)


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年4月22日金曜日

キャンディーズ









プレミアリーグのような息をもつかせぬテンポがすごい。
あらためてこうしてみると、相当に実験的な番組だったことがわかる。

ご冥福をお祈りします。


2011年4月1日金曜日

BSフジLIVE プライムニュース

原子力発電プラントを国家を支える基幹産業にしようと目論んでいるおフランスとアメ~リカが、世界に反原発モードが広まることを阻止しようと福島原発にやたら積極的にお手伝いに参上していることをすかしっ屁しながら「トラブルの原因を巨大津波のせいにしようとしてるけど、データはしっかり、地震の後津波の前に発生したことを記録してるらしいから厳しいねえ。これから原発を新設しようって地域で、地震も津波も心配がないってとこがどれくらいあるかなあ」などとビール片手にザッピングしていたら、津波についてしれっとあんぽんたんなことをほざいている政治家と専門家(防災)がいたので、私はこうだと思うんですけどねえというところをさくっと書いてみる(もちろん私もあんぽんたんです。はい)。

【やっていた番組】
BSフジLIVE プライムニュース
月~金 午後8時~9時55分
一つのテーマを二時間徹底議論!問題の解決策を見つけ出し、提言する。
【キャスター】
月曜~金曜日担当
反町理(フジテレビ政治部長)
月曜~木曜日担当
八木亜希子
金曜日担当
島田彩夏(フジテレビアナウンサー)

3月31日(木)
実際に被災地を訪れ、その実情を目の当たりにしてきた岩手県出身、平野達男内閣府副大臣と、防災システム研究所の山村武彦所長をゲストに迎え「今、本当に求められている支援」を考える。
【ゲスト】
平野達男 内閣府副大臣
山村武彦 防災システム研究所所長

番組すべてを見たわけではないので、私が誤解している部分もあるかもしれないことをはじめにお断りした上で、平野山村両氏の防潮堤についての見解は以下のようなものでした。
(1)防潮堤よりはるかに高い津波であっても、防潮堤があったおかげで、津波の威力は小さくなったはず。
(2)破壊された防潮堤も、第1波には効いたはず。
(3)防潮堤があったことで避難が遅れたという意見は的はずれ。そもそも防潮堤は避難の時間を稼ぐのが目的なのだから。
(4)引き波の際、防潮堤にひっかかったおかげでがれきが湾へ出なかった。もし防潮堤がなければ、捜索は難航していただろう。



う~ん、どうなんですかねえ。私はこんな風にも思うんですけど。

(1)について。
水深15メートル20メートルっていう大きな川の途中に、高さ10メートル弱の壁(岩でもいいです)を沈めたと想像してみてください。想像しにくければ、深さ1メートルの水路に50センチのコンクリートブロックを沈めた、でもいいです。
渓流釣りをしている人なら直感的にわかってもらえると思いますが、確かにその壁なりブロックなりのすぐ後方は、水流が弱まります(そうした水流の弱いところに魚は潜んでいるのです)。
でも、川の流れはすぐ元通りになってしまいます。石に当たった水流が、そのままずうっと減速したままということはありません(当たり前ですよね)。
今回のような巨大津波の場合も同じことです。
確かに防潮堤のすぐ後ろでは、多少水流は弱まったでしょう。
でも、そのことにいかほどの意味があるのでしょう?

(2)について。
「効いたはず」、とはどう「効いた」というのでしょう?
津波というのは、大波とは根本的に異なります。
寄せては返す「ふつうの波」とはまったく違い、相当の時間、ずうっと寄せたっきり状態になるのが津波です。
ましてや今回のような巨大津波は、それまで陸地だったところが瞬時に水深10メートル20メートルの海底に変貌します。
徐々に徐々に水嵩(みずかさ)が増していくのではないんです。
こんな状況で、「第1波には効いた」も何もないでしょう。

(3)について。
防潮堤の位置にまでこの津波が来たら、避難の時間稼ぎなんかできません。

(4)について。
ホースで水を遠くに飛ばすには、ホースの口をすぼめますよね。
バケツの底をすべて取ってしまうのと、小さな穴を一つあけるのとでは、どっちの方が早く空になりますか? また排出される水の勢いが強いのはどちらでしょう?
大勢の人が出口に殺到して大きな事故になったというような事例に聞き覚えはありませんか?
引き波に関して言うなら、もし防潮堤がなかったならば、水の引きはもっと早かっただろうし、がれきが勢いよく集中するなどということもなかったと私は考えます。水の引きが早ければ、もしかしたら息継ぎが間に合った人もいたかもしれないし、引き波の勢いがもう少し弱ければ漂流物につかまって助かった人もいたかもしれません。
防潮堤にがれきが大量にひっかかっているということは、そこに吸い寄せられてパックされている(プレスされている)ともいえるわけです。圧縮されたそこにはすき間、スペースがありません。漂流物につかまって何とか頑張っていたとしても、もしそんな状況になればひとたまりもないでしょう。

【私の結論】
津波に対しては、津波が来る前に、津波が届かないところまで避難できるかが分かれ目であって、そのためには海を隠してしまうような従来タイプの防潮堤はマイナス面が大きいと思います。
それにどんなに立派な防潮堤を築いても、港に船がある限り、それらが激突してくるクラスの津波には耐えられません。

「防災」とは、字のごとく「災いを防ぐ」ことです。
しかし人類は天災を防ぐことはできません。地震も噴火も台風も異常気象も、そして津波も、我々にはどうすることもできません。それくらい自然のスケールは大きいんですから、人間の頭でパーフェクトな想定なんてできるわけがありません。
とするなら、そうした天災のあとに訪れる混乱こそが、私たち人類が防ぐべき災いなのではないでしょうか。
私はそうだと確信しているので、これからの津波防災は、津波を止めるという思考回路から抜け出して、いかに再建するのか先手を打つような発想に転換すべきだと思いますが、いかがでしょうか。



おわり

2011年3月1日火曜日

3月の月曜日

NHK教育 福祉ネットワーク
月~木 午後8時から8時29分 再放送は翌週の午後0時から0時29分
2011年2月28日(月) 再放送:3月7日(月)
シリーズ 動き出した自殺対策 第一回 新公表のデータを読み解く


昨年(2010年4月12日)のアンコール放送らしい。
なんでも、3月の月曜日が、最も自殺の多い日なのだという。
確か、年間平均が80数人/日(これでも相当驚いた)で、3月の月曜日は100人超/日に増加するのだという。
それも被雇用者(つまり社長さん)や自営業者の割合が、他の期間とは段違いに多くなるのだそうだ。
年度末の月曜日に自ら命を絶つ……。

************関連記事*************
自殺者数「3月の月曜日」が最多 年度末と週初め重なり
2010年3月30日【朝日新聞】

「3月の月曜日」の自殺者数が1日あたり平均105人にのぼり、最も多いことが30日に発表された内閣府の調査で明らかになった。年度末と週初めという生活環境の変化が重なることが要因とみられる。内閣府は時期や属性、地域別の傾向を詳しく分析・公開することで、より効果的な自殺対策を進めたいとしている。

 自殺について厚生労働省が人口動態統計、警察庁が自殺統計でそれぞれ集計しているが、内閣府が初めて両省庁のデータを集約・分析した。

 内閣府によると、2004年から5年間の自殺者数を月別にみると、3月が最多の1日あたり91.0人で、4月87.5人、5月86.6人の順。最も少ないのは12月で72.9人だった。リーマン・ショック直後の10月が最多だった08年を除くと、毎年3月が最も多かった。

 3月に自殺者が多かった職業は、09年では「自営業・家族従業者」「被雇用者・勤め人」などの有職者が4割を占めた。一方、「主婦」は4~5月、「失業者・年金・雇用保険等生活者」は5~6月に多い傾向があるという。

 曜日別では月曜が92.8人と最多で、週末の土曜、日曜は少ない。また、月初めや月末に多い傾向がある。月と曜日で合わせてみると「3月の月曜」が平均105.3人で最も多く、最少は「12月の土曜」の63.1人だった。

 内閣府参与として分析にあたった、自殺予防や遺族の支援に取り組むNPO「ライフリンク」の清水康之代表は「3月は決算期で、月曜や月初めとともに生活、環境の変わり目であることが影響している可能性がある。『3月の月曜日』はそうした要因が重なり、自殺のきっかけとなってしまうのかも知れない」と分析する。

また、有名人の自殺や無理心中、いじめによる自殺などが報じられた直後に、自殺が増える傾向も明らかになった。前後で1週間あたりの自殺者数を例年の数値と比べると、当日からの1週間の自殺者数が突出していた。

 鳩山内閣は3月を自殺対策強化月間と位置づけ、自治体と連携した対策に取り組んでいる。今回は都道府県ごとに職業や時期、市区町村の特徴などについて自殺との関連を幅広く分析しており、今後の対策に役立てていく方針。清水氏は「さらに検証を続け、この複合的な分析を地域の自殺実態に合わせた対策につなげて欲しい」と話している。

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自殺は月曜、月初め、3月が危険 厚労省などが傾向分析
2010/03/30【共同通信】

 自殺対策に取り組む内閣府と厚生労働省は30日、自殺の傾向分析結果をまとめ、公表した。月曜日や毎月1日と月末、3月に自殺する人が多い傾向が鮮明になった。配偶者と別れた無職の人は自殺リスクが激増することも判明した。4月1日までに、内閣府と厚労省のホームページ(HP)に掲載する。

 内閣府と厚労省は、警察庁が提供した昨年の自殺統計と2004~08年の人口動態統計を分析。市町村単位の自殺実態が分かり、自治体の対策づくりに活用してほしいと呼び掛けている。

 04年から5年間の平均で、日別で自殺者が多いのは「3月1日」を先頭に上位10位がいずれも各月の1日か末日。曜日別では全年齢層で月曜が最多。月別ではリーマンショック直後の08年10月に同年の月別自殺者が最多だったのを除き、毎年3月が多い。「生活の変わり目」(厚労省担当者)に自殺リスクが高まることが分かる。

 また妻と死別か離別した35~54歳の男性で無職の人の自殺率は、職に就く妻帯者の20倍に達した。有名人の自殺や多人数の無理心中が報じられた直後に自殺者が急増する傾向が表れ、報道の影響がうかがわれる。

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伊奈の丸山スポーツ広場の向かいには、県の精神保健福祉センターという施設があります。
周辺住民の大反対を押し切って、県と関係者ががんばって「どうしても必要だから」と作った施設です。

埼玉県立精神保健福祉センター

mailto:n2314451@pref.saitama.lg.jp
Tel:048-723-1111(代表電話【ホームページ担当窓口】企画広報担当)
Fax:048ー723-1550

〒362-0806
北足立郡伊奈町小室818-2

開庁時間
午前8時30分から午後5時15分
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精神保健的な観点からの自殺対策はもとより、弁護士会や司法書士会などと協働し、総合的な対策を推し進めていきます。

埼玉県立精神保健福祉センター 
自殺対策キャラクター『まぁ、いっか』について

埼玉県立精神保健福祉センターではこのたび、自殺対策を検討するにあたって、センターとして共通の考え方を表すシンボルとして「まぁ、いっか」を採用しています。心の健康のために、「まぁ、いいか」と思うゆとりを持とうとのアピールのためのキャラクターです。今後さらに、総合的な自殺対策への当センターからの参画をあらわすシンボルとして活躍?してもらう予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

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社会学的に言うと、出生率の低下、未婚率の上昇、自殺者数の増加は、社会の成熟や文明の発達、大衆の知的レベルの高度化と密接に結びついています。その理由のひとつは下述のような、脳という器官がバランス悪く発達した生き物である人間という種の業(ごう)にあります。

「優秀である」ということは、突き詰め単純に言いかえれば「予測能力がある」ということになります。
ところが「予測」は「予知」ではないので、どうしても悲観的な方へ引っぱられがちになります。
「予知」ならば、それは「(将来の)結果」ということですから、良いことも悪いこともあるわけです。でも「予測」となると、リスクをヘッジする(危機への対処を準備しておく)方が「生存する」ためには有利であるので、悪いことを予測する方へ比重が置かれるようになるからです(良い結果は生存にマイナス影響ではないので)。

優秀であればあるほど悪い将来を予測してしまうので、どうしても暗くなりがちです。
いっそ、優秀であることをやめてみませんか。




おわり

2011年2月13日日曜日

『スクール!!』でわかるジュニア・ビジネスの裏側

『スクール!!』
フジテレビにて毎週日曜日夜9時から絶賛放送中!!


今月から始まったドラマに『スクール!!』というのがある。
江口洋介扮する民間出身の校長が、着任した問題小学校を熱血で変えていく、という王道の物語だ(ろう)。
恩師の家に住み込んで、学校と私生活の両面から主人公の人間性を深めていく手法も、往年の名作『熱中時代』を思い起こさせ、懐かしい。
今期のドラマで、これから最後まで見ようかなと私が思っているのは、このドラマと田村正和の『国選弁護人』と、織田裕二の『外交官』の三つだ。三作品はちょっと多いかなとも感じるが、『国選』と『外交』のどちらかは途中で脱落しそうなので、まあこれでいいとしよう。
ちなみに、だ。
『コクセン』の方で気になっていること──橋爪功はもういいの?
『オダユウ』の方で気になっていること──メキシコ大使館からちょこっと抗議されただけでこんなに腰が引けているのに、医療産業の裏みたいな問題に踏み込めるの? どうせいつもの政治家が悪いパターンになるに200エジプトポンド。

さて本題。

『スクール!!』というドラマは、小学校が舞台なだけあって、小学生を演じる劇団員が大勢登場する。
彼ら彼女らの目標はプロの俳優になることだろうし、彼ら彼女らの親御さんや祖父母さんらも、(当面は)同じ夢を抱いているケースがほとんどだろう。
そして彼ら彼女らを起用するドラマ制作側や、彼ら彼女らの所属する劇団は、子役らが将来有名俳優となり、自分たち(制作側や劇団関係者など)のために“芸能界での存在感”を増し“自分たち(制作側や劇団関係者など)の業界人としての業界への影響力”を強化してくれることを願っている。

演出家やプロデューサーにとって、自分がその業界で生き残れるかは、長寿作となる作品に“代えようのない中心人物”として関われるか、そして“簡単には仕事を頼めないような超人気俳優”と親密な信頼関係を築けるかにかかっている。「あの人じゃなきゃだめだ」という作品を多く持てれば多く持てるほど、その人間はドラマ製作現場で生き残って行ける(出世できる)可能性が高くなるのだ(いかに名作であっても、いかに人気をはくした俳優であっても、一発だけでは『あの人は今』になってしまう)。

また劇団にとっては、大手芸能事務所へどれだけ自分の劇団から役者を送り込めるか、が、生き残りのカギとなる。
老舗の劇団には、繋がりの深い(気心が知れている、とか、しがらみが強い、とも言う)芸能事務所があって、見込みのある役者の卵やスポンサーの受けがよさそうな役者の卵は、そこへ優先的に送れるように、いろいろ仕掛けをしたりする。それは時には、その芸能事務所の人気俳優と交流させたり、その事務所のレッスンに参加させたり、その事務所の影響力が効くテレビドラマにちょい役で出演させたりするような事であったりする。大手芸能事務所が、自分の傘下に劇団や養成所を作ったり、資金面で援助したりすることも多い。
しかしこのあたりも、昔とは違って、子どもや親も、妙に芸能界の裏事情に詳しかったりするので、あの事務所は嫌だとか、どうしてもこの事務所へ入りたい(入れたい)とか、そういうのもよくあるので、なかなか難しいことになってきているのが現状だ。
とは言っても、そこはやはり、好きな事務所へほいほい入れるものでもなく、嫌な事務所だからそこへは行きたくないというわがままがすんなり通るという世界でもない。

そういったことすべてが、関係者すべてにからまりつき、「結果論」によって軽重が問われる世界、それが“The芸能界”なのである。

「The芸能界is結果論」のわかりやすい例をひとつあげるとすればこういうのはどうだろう。

俳優には、人気があるから、ドラマに出るのではなく、人気があるドラマへ出ているから、人気が出る、あるいは維持できるという面がある。
ドラマのDVD販売やレンタルが多くなり、またデジタル化が普及して「キーワード予約録画」が一般化すれば、この傾向はますます強くなる。「人気があるドラマ」しか見られなくなるからだ。
つまり、テレビの見方においてデジタル化が浸透すれば、これまでのように「ながら」で「たまたま見たら面白かった」というようなことはなくなるわけだ。
はじめから見るつもりであった番組しか見られなくなり、それ以外は実質存在しないこと同然になる。
放送される番組も、人気のあった作品の再放送が増える(制作費がかからない上、リピーターも確実に期待できるから)ので、その反動として新作の入り込む余地は引き算で狭くなっていく。
ドラマの視聴率がこのまま右肩下がりなら、その傾向はかけ算で増していく。
となると、新人が顔を売り名前を売って有名になるには、どこかのコアな固定ファンがいる集団で安定した人気を得て、それを根拠にメジャーメディアへ認めさせるのがほぼ唯一の道となる。有名芸能人の親族が安易に芸能界デビューしている背景にも、これと同じベクトルの理由が隠れている。“いわゆるブランド商法”的なマーケティング手法と言えるだろう。
それの成功例が、韓国流タレントやパフューム(韓国やネットメディアのコアファン)、AKB48(秋葉原のオタクファン)、おバカタレント(番組のファン)、渋谷系モデル出身タレント(渋谷文化のファン)、そして言わずもがなの、名のある親から生まれたおぼっちゃまおじょうちゃまタレントなどだ。逆に、従来の「ちょい役」から徐々に、とか、下積み何年、とかいう道は段々細くなって行く。ちょい役の余地や下積みのできる場が消滅するからだ。

サッカー界にあてはめてみると、これが思っていた以上にピタリとくる。
子役劇団がサッカー少年団やサッカースクールで、芸能プロダクションがJの下部チーム、トレセンや年代別代表は単発ドラマや企画モノ、そしてJリーグが芸能界で、さらにヨーロッパのチームやフル代表は高視聴率番組の主役であったり映画の主人公だったり、などと置き換えられそうに思えるのだ。

『スクール』でどの子役にどういう役をやらせるのかは、その子役の個性だけではなくて、当然「大人の目論見(もくろみ)」もからんでくる。いや、むしろ、こっちの方の比重が大きくならざるを得ないはずだ。
少し想像力を働かせれば、それもさもありなんと納得できる。
まず、出演している子役が将来スターになった場合、この番組が再放送されたり、DVDの売上が伸びることが期待される。デジタル化がこのまま進めば、当然テレビ局は過去番組の有料配信(アーカイヴ)やDVD販売での収益も柱にしていく。その際、この番組が検索結果にどれだけ引っかかるかが、とても重要なのだ。有名俳優がからんでいれば、当然、その有名俳優がベテランとなった時であっても人気番組に出演している可能性が高いし、そうなるとその俳優の名前で検索される機会も多くなる。ということは、こうした過去の番組も検索に引っかかる率が高くなるということになる。

同様のバイアスは、関係者全員に働く。
「わたし、あの番組の○○だったんです」あるいは「あの番組で○○をしていた□□さんに、お願いしたい」のような広告媒体として、非常に効果的だからだ。有名作詞家であり、放送作家でもある秋元康さんが、確固たる地位を築いた今になっても無名新人発掘に積極的な理由も、間違いなくこれだと私は思っている。未来の有名タレントを自分の宣伝媒体として利用しようと考えているのだ。

この裏事情を理解した上で、『スクール』での配役を見ると、今現時点で、どの子役にどれくらいの期待がかけられているのかが透けて見えてくる。
出演している子役の中には、次の、またその次の出演作も決定している子が何人もいる(子役が子役でいられる時間はそう長くないし、ドラマ制作の前準備下準備にも時間がかかるし、頼っている学校の都合もあるので、当然スケジュールは1年から1年半先を見据(す)えて組むから)。
当然そういう子役には、「人気ドラマから視聴率を引っぱってきてもらう」ことが期待される。これが続くと、よく言われる「彼(彼女)は視聴率を持っている」という存在と認知されて、人気芸能人への道がつながることになる。

学校モノ・学園モノのドラマは「教室」というまな板から逃れられない、このことが、他の設定のドラマではうかがい知れない、「裏に隠されている意図」を見やすくしてくれる。

まるで「ドラマから“偶然”生まれたスター」であるかのように見えたのは、実は全て計算された「演出」であることの方がはるかに多い。というかプロならば当然それを狙ってそう作る。まぐれ当たりに頼っていては、飯が食えないからだ。

どういう配役で、どういう盛り上がりを作って、どう次の作品へつなげていくつもりなのか、その辺の狙いを想像しながら『スクール』を観ることは、サッカー観戦でのスカウティング能力を高める訓練にもなる(かな?)、なんて私は確信している(わけではない)。

議員だけでなく産業界、霞ヶ関、報道機関、政治活動団体(統一痴呆選挙前だというのに街宣車も妙におとなしいですよね)、などなど自民党を応援してた側の勢力が、この頃やけに菅政権のサポートに回っているということの意図も、もしかしたら、自分たちが再び政権を奪還する前に、増税やTPPといった「人気のない政策」を民主党にやらせてしまおう、というあたりに隠れているのかもしれない、などとひねくれた見方を私はしちゃっています。また一度は引退したようなベテラン(ロートル)を、政府の要職へカンバック起用したのも、民主党の将来の首相候補(と本人たちは思っている)たちに、「こいつは増税した大臣だったよな」「このアホが大臣の時にTPPを強行した」などという類(たぐい)の傷が付かないように、と考えてのことなのではないか、とも思ってます。今はすぐ、昔の映像が流されますからね。

この世に税という仕組みが発明されて以来、支配者・権力者に対抗するには武器を持って立ち上がるか、税をいかに納めないかしかないので(税がなかった時代には、支配や権力が永続することはなかったので、直接の敵対者以外は対抗する必要もなかった。サルの群と同じです)、武器を持って立ち上がるつもりのない私としては、残るもう一方の対抗手段をとるしかなく、したがって『増税を進めようとする勢力』にはどうしても反対の立場になってしまうのであります。あしからず。


ジャジャ~ン

2011年2月4日金曜日

ためしてガッテンに疑問符

NHK ためしてガッテン 2011年2月2日放送
『がん発見!最先端SP』

番組をご覧にならなかった方へその内容を説明すると、要するに、これまで見つからなかったような極小のがんも見つけることができますよ。さらにがんになるならないも遺伝診断でわかりますよ。というものだった。
私は変に長生きして、それこそガンやボケで苦しむよりは、心筋梗塞でぱったり逝こうと決めているので、最新のがん診断なんてのは正直どうでもいい情報なのだが、ちょっと論理的にそれはどうなのよ、と思わない点がなきにしもあらずだったので、ちょっとそれを考えてみたい。

まず、遺伝診断とかいうがん予測方法について。
これは、遺伝的に癌にならないタイプの人は、どうやっても癌にはならないということなのだろうか?
もしそうなら、それならそれで話はわかりやすい。
これまでいろいろ言われてきた、タバコだの酒だの焦げた肉だの放射線だのってのとは関係なく、遺伝のレベルで既に癌になるならないは決まっているのだってことになるんで、これはこれで非常にすっきりする。
でも司会者や解説ゲストの話ぶりだと、そういうことでもないみたいなように感じられた。
「癌になるタイプの人は、専門の医師に相談してください」みたいなことを言っていた。
ってことは、癌になるタイプの人も、癌になることを防げるというのだろうか? そんな方法あるのか? そんなのがあるなら、それこそ大ニュースだと思うのだが。
また逆に、癌にならないタイプの人にとって発ガン物質ってのはどういう位置づけになるのだろう?
そもそも遺伝で決まるなら、発ガン物質も何も関係ないと思うのだが……遺伝ってのはそういうものだし。
遺伝的に癌になるタイプであっても、また癌にならないタイプであっても、実際に癌になるかならないかは、その時になってみないとわかりません程度の結果しか得られないのなら、こういう「遺伝診断」は無用な不安と差別(結婚、就職、保険など)を生むだけだと思うので、私は(研究目的以外では)大反対であります。

またもう一つのテーマだった、極小の癌も見つけられる新技術って方も、クエスチョンマークがいくつもつく内容だった。
これはつまり、今現在行われているがん検診ってのは、実は効果がないんだよってことを言いたかったのだろうか?
番組では1ミリサイズでも発見できるって胸を張ってたけど、この方向の技術開発が進んでいけば、いずれは0・5ミリサイズとか、それ以下のサイズも発見できるってことになる。じゃあそうなったとき、今回の1ミリサイズでも発見可能な検査って、いったい何だったのってことになるじゃんか。
「わーそんなに小さな(1ミリとか、痰(たん)に混じっている剥離細胞レベルとか)がんも見つけられるんですか!」って歓声を上げたことの裏返しは、その最新技術よりは大きなサイズ──5ミリなのか1センチなのか2センチなのか知らないけど──までの癌しか発見できない今現在のがん検診には意味がないってことになるのに、それでいいのかNHK。漁網の目が粗いとか、空港で検査官がゲート三つおきにしか立っていないとか、つまりそういうことだよね、NHKさん。

っつうか、そもそも本当にそんなに極小サイズのポッチン(ポリープ、できもの)が、生命にかかわるような癌に成長するのかよって思うのだがどうなのだろう?

癌が、小さければ小さいほど治療できるとかっていう性質を持っている病気だっていうのなら、まあ可能な限り小さいサイズの癌を発見できるような技術を開発する理由もわかるけど、癌ってそういうものじゃないんじゃないの? 遺伝子レベルでの変異によって癌が生じるって理解してたけど、違うのか? 遺伝子レベルでの変異なんて、それこそ絶え間なくしょっちゅう起きているんだから、24時間毎日この遺伝診断をしてないと、結局いつか「発見漏れ」が出てくるよ。それともそういう問題じゃないのかなあ。

決定的な治療法がないのに、早期発見の方ばかりが進んでしまうと、それは結局、予備軍ばかり生産することになる。
極小サイズも発見できるってことは、素人ながら想像するにおそらく、発生した時点からの経過時間も短いということになるのではないだろうか。これは言いかえれば、例えばこれまでのがん検診が1年1回だとしたら、それでは間隔が開きすぎるということになる。いや、むしろもしこれまで通りの1年1回でいいのなら、この極小サイズ検診は必要ないことにもなりかねない。

今回の番組で紹介されていたような方向性の「健康観」というのは、どうも世の中を不健康にするように思えて仕方がない。
検診をする医療関係者以外は、誰も幸せにならないと私は確信……まではいかないけど、そんな気がするのだ。

遺伝レベルで、それこそ癌みたいに生死にかかわる病を判定するほど、遺伝子研究は進んでいない。
また、細胞分裂の異常なんてのは日常茶飯に生じているのに、それを、生活に何の不都合も生じていない段階で、自ら積極的に、また貴重な時間と資金を費やして、発見するための検診を受けることのどこらあたりに意味があるのだろう。
何もなくても、それは単に、その時受けた、その検査で、その瞬間だけは、それらしきものは発見できませんでしたよっていうだけの話でしかないのではないだろうか。だって、検査が終わったその直後には、また新しく細胞は分裂してるんだから。
「延々流れる荒川の水の太郎右衛門橋真下の部分を、ある一瞬だけ透視撮影して、それを詳細に分析できる技術を開発しました。2月4日の午後11時には、1ミリサイズのゴミも発見できませんでした。ですから荒川にゴミは一つもありません!」
そう言われて、
「ああよかった。これで荒川はもうゴミで汚れることはないわね」
とかって安心できますかってーの、とかって俺は思ってしまう。

でもきっと、俺は根本的なところで癌への認識を誤っているのだろうと思う。
そうじゃないと、NHKの『ためしてガッテン』が、あんなに大々的に紹介することを理解できないから。

にしてもやっぱり、癌が遺伝子レベルでの疾患だとしたら、1センチであっても1ミリであってもそれ以下であったとしても、大差ないと思うのだが、違うのかなあ。
それに、遺伝子の変異で発生する疾病なのに、遺伝子診断ができるってのもよくわからん。
「あなたは癌にならないタイプだったんですけど、突然変異でガンができてしまったんですね。こういうこともあるんです。可能性はゼロではないので」とかってのがアリだったりしたら、ホント、まったく意味ないじゃん。

まだ癌じゃない人に「あなたは将来癌になりますよ」とか「実はあなたはもう癌なんですよ」とか通知する方向じゃなくて、今現在既に癌となってしまった人を治療する方向とか、不安を軽減する方向の方の技術革新が進んで欲しいなあ、と私は思うんだけど、世の中の大勢が要求しているのは、やはり「発見」の方の進歩なのだろうなあ。
でもどうしても、「それ違うんじゃね?」っていう疑念がどうしても消えないんだよなあ。

そんなに早く発見したいのかなあ、みんな。
あるいは死因を癌以外にしたいとか……。
俺にはまったくそんな願望ないんだけど。
そのうち一億総癌患者&予備軍っていう時代も、もう少しだな。
そうなる前に、俺はさっさと人生を“あがる”ことに決めてるんで、どーでもいいけど。


END

追伸
今も発展し、これからも発展を続けるであろう、インド、中国、ブラジルはむろんのこと、世界中のほとんどの国や地域では、癌検診なんてやってないんじゃないかね。ヨーロッパでも、フランス人やスペイン人が、癌検診の列に並んでいる姿を想像できないのだが、実際どうなんだろ。
なのにもし死因に占める癌の割合が、世界で日本が一番高かったりしたら、それこそかなりのブラックジョークだよね。で、癌の次が自殺だったりしたら、さすがにもう笑えない──。

2011年1月30日日曜日

アジアカップ日本優勝!

アジアカップ決勝点のシーン




0050 長友選手は、サイドタッチラインの外へ出て、視野の確保と、体の向きと、キッカーへのパスコーススペースと、自分がトラップするスペースを作り出している。もしラインの内側1メートルくらいの場所で、真後ろを向いていたら、キッカーはパスをあきらめたかもしれない。また、仮にパスが通ったとしても、トラップは後方へしかできず、オーストラリアの2人につめられ、中へのパスコースもない状況でのバックパスも、キッカー横にいるオーストラリアの3人目にカットされていただろう。

0052 横向きの体勢をとっていたおかげで、トラップと同時に中の状況を確認できている。ゴール前には得点した李選手と、そのマーカー1人しかいない。二人の周囲がガラガラであるイメージが、長友選手にも見えたはずだ。

0053 長友選手お得意の「晒(さら)し」からの抜けだし。ボールを相手の面前(めんぜん)へ晒(さら)すことで、相手の体の向きを変えさせて、スタートを遅らせるプレー。これを成功させるポイントは、走力ではなく、相手との間隔。近すぎるよりは「遠いかな」「早いかな」と思うくらいのタイミングの方がいい。
それと面白いのが、李のマーク役であるオージービーフ。自分のマーカーを一度も振り返ることなく、ゴールニアサイドのスペースを埋めに移動している。おそらくニアへ飛び込む岡崎選手のイメージや、韓国戦での同点弾(前田選手)の情報に釣られたのだろう。日本のセンタリングはニアへの低いボールというデータがあったとしか思えない。そうじゃなかったとしたら、このオージービーフは、ゴールポスト横の水を飲みに行ったか、だ。ペナルティエリア際にいるオージーも、ぼーっとしたまま。このオージーは、長友選手の突破が始まる前から、ずっとぼーっとしてる。「オージーシンジ君」と命名。

0056 見事なボレーシュート! 結果がすべてのストライカー。すばらしい。


【最もすばらしい判断・プレー】

長友選手が突破に時間をかけなかったことだろう。そしてセンタリングまで一気に行っている(チラ見して決断した後は、蹴る直前に中の状況を再確認もしていない。このことも、オーストラリアDFにニアへの「思い込み」をさせた要因だろうと思われる。意図的にそれを狙ったのかどうかは聞いてみなければわからないが……)。

この状況は、例えばテレビ解説者なら「あ~中が少ない。もう一枚いないとだめだ」とか「中がいないのにただ上げるのは、モタイナイですね。中がいないのにセンタリングしてもハイラナイですね。モタイナイ」とか責められる形。でも長友選手は、他の味方が上がってくる時間をかせぐよりも、オージービーフの守備体制が立て直される前のタイミングを選んだ。これはまさに「決断」だ。
繰り返すが、もしセンタリングが中の李選手に合っていなかったら(抜けるとか、後ろに反れるとか)、間違いなく長友選手はマイナス評価となる状況でもあったのだ。この中での決断を迷いなく下せたことは、イタリアでの成長の証だと思う。
また、もしニアでクリアされてたとしたら「ニア! ニア! ニアにつめないと! 逃げちゃだめだ!」「オーストラリアDFは大きいですから、後ろで待っていてもボールが来る可能性はナイデスネ」などと、今度は李選手が非難されてたに違いない。

結果をそのまま見ているだけでは、サッカーはもったいない。
噛めば噛むほど旨味が出てくる、それが“サッカー”という世界だ。

サッカーという競技が、競技の性格として野球やアメリカンフットボール等と大きく異なるのが、「確率による分析が当てはまらない」点だ。
このシーンにしても、ゴール前には体の大きな敵が複数いるのに味方は一人きり、という状況でハイボールからのシュートを狙うという判断は、確率論から言えば無謀な部類に入るだろう。まして、疲労がたまっている時間に左足でのセンタリングなのだ。

だが見事なボレーシュートが決まり、試合はオーストラリアが負け、アジアカップは日本代表の手によって掲げられた。

これがサッカーなのだ。


最後に、日本代表へ。
アジアカップの優勝おめでとう。


やったね~!!!!
ヤッホーのホー!
うっひょーのひょー!
バンザ~イ! バンザ~イ! バンザ~イ!
も一度万歳三唱!
バンザ~イ! バンザ~イ! バンザ~イ!
も一度万歳三唱!
バンザ~イ! バンザ~イ! バンザ~イ!
も一度万歳三唱!
バンザ~イ! バンザ~イ! バンザ~イ!
も一度万歳三唱!
バンザ~イ! バンザ~イ! バンザ~イ!
最後におまけで、も一度万歳!
バンザ~~~~~イ!


おわり

2011年1月26日水曜日

次のゾーンへ上がった日本代表

アジアカップ準決勝の南コリア戦。
日本代表は、アジアのサッカー史にはこれまで存在しえなかったサッカーを見せた。
結果は2-2の延長PK戦3-0の勝利だったが、彼らが展開したそのサッカーの世界は、対戦相手を遥かに凌駕する、違う次元のものであった。

彼らは谷間の世代とか、谷底世代とか呼ばれていた世代の次の世代だそうだが、彼らを生み出した変革は、その谷の底で、やむにやまれず下した決断から導かれた「哲学」によって生まれたのかも知れない。

私には、すべて含めて、昨晩の日本代表はワールドクラス、それも相当に高いレベルにあったように思えた。

中でも、ビハインドになったときの彼らのプレー、態度、表情は、世界トップクラスだったと胸を張って言える。

短期間でこれらの選手たちの組合せを発見し、このチームを作り上げた「チーム・ザッケローニ」の能力・手腕には驚きを禁じ得ない。

ほとんど同じ選手たちのチームであっても、チームに秘められた可能性は千差万別なのだとあらためて教えられた思いがしている。

選手以上の、経験と、知恵と、勇気が、優れたコーチには必要なのだ。

日本人スタッフが、彼らチーム・ザッケローニのそばでそれらをどれくらい学び取れるか、それに日本サッカーの将来はかかっている。

関塚さん、次のワールドカップ、期待してますよ。



がんばれ! 日本!

2011年1月14日金曜日

PK&REDは妥当な判定─アジア杯日本シリア戦PKの場面─

PK&REDは妥当な判定

2011アジア杯リーグ2回戦【日本VSシリア】


00:04 最大の問題シーン。 DF陣形がこんな状態なのに、CBの今野選手はクリアじゃなくドリブルを選択。
00:05 そしてワンタッチであっさり引っかけられる。最悪でもせめて前じゃなく、体でスクリーンしながら横か後ろへ向かうべき。
00:08 吉田選手との連携でボールを奪った長谷部選手だったが、彼の欠点のひとつである「思い込み」「決め付け」がここで出てしまう。
00:09 長谷部選手の顔の向きフェイントなどに敵は誰も釣られず(それをしたいなら、最低でも一回は体の向きも変えましょう)、コースもスピードもしょぼい“地獄(バック)パス”をシリア選手2人にかっちり狙われる。
00:10 DF5長友選手は、さすがにイタリアでプレーしているだけあって、「外へ」と最適解を指示している。
00:11 だがシリア選手もそれを感じ取り、外へのコースを妨害しに行く。プレッシャーを受けたGK川島選手は、急遽左足でクリア。
00:12 高度のないミスキック。ボールは突っ立っていたシリア選手にピタリ。
00:13 ぽつんとドフリーなシリア選手をなんとなくチェックしようとでも思っていたかのようにたらたら歩いていた今野選手(本当は内田選手が、とっくに開いて下がっていなきゃだめ。でも内田選手はやっぱ内田選手だから、それは仕方ない。内田選手を使うというのは、そういうことなのだから)が、まさに「やべっ!」という感じでロケットダッシュ。シリア選手に触らせまいと、体を入れながら足を出す。今野選手は、シリア選手をはじくことには成功するが、自分の足に当たったボールは日本ゴール真正面へ──。

そして、PK&REDとなった。


今回明白になったのは、今野・長谷部両選手には、リスクに対する本能的な感覚が欠落しているということだ。
間違いなくザッケローニ監督もそのことには気づいたはず。
今後、ザッケローニ監督が、今野・長谷部両選手をどう使うのか、非常に興味が出て来た。
もし私なら、自陣中央の最終ライン近辺で、相手のプレッシャーを受けながらこの両選手がボールに触れるような状況は極力避けたいと思う。つまり、サイドへ出すか、もう一段前でプレーさせることを考えるだろう。あるいは別の選手との組合せを試してみるか、だ。

このシーンでは、そんなことを考えさせられた。


※地獄パス ギリギリまで敵を引きつけておいて、どうしようもなくなってから近くの味方へ出すパス。パスを受けた味方は、たちまち敵の餌食になる。中村俊輔選手の得意技。


終わり

2010年12月4日土曜日

「害」はダメ。「がい」にしましょ。とかいうレベルじゃねえぞ!

2チャンネル(アナログ3チャンネル、教育テレビ)でやっていた、障害者バラエティ番組。
バリバラ(たぶんバリアフリー&バラエティ)スペシャル『笑っていいかも』より

SHOW-1グランプリ 脳性マヒブラザーズ


政治や経済の世界を見てると、自分の国はダメダメだなあとがっくりくるけど、こういう番組が放送できるってことは、世界でも知的レベルがかなり上質で、文化的にもかなり深みがあって、挑戦心や度量も、そして他者を理解しよう、自分を理解してもらおう、という意欲や能力も、かなり優れている国民の国なのだと自信が持てた。

こんな高みにまで到達できた民族は、史上初なんじゃないだろうか。

何より驚かされたのは、自分が素で笑ってしまった場面がいくつもあったことだ。
中でもこのコントは、とても面白かった。

「こんなんで」って悔しくなるくらいに笑って、「こんなんで」って言葉を失うくらいに考えさせられた。
それも、もう終わったメディアだと思っていた地上波の番組で。

もしかすると、日本はこれからやっと始まる国なのかもしれない。
少なくとも、日本が登っている山の頂上は、まだまだはるか上にある。
そしてその高みを目指している民族は、いまのところ日本人だけなのだ。


正直日本人は、客観的にすごいと思う。


2010年11月28日日曜日

明日のスター選手は僕だ!

サッカーボーイズ「明日のスター選手は僕だ!」

チャンネル :NHK-BS1

放送日 :2010年11月28日(日) ~12月3日(金)

放送時間 :午後7:00~午後7:50(50分)

ジャンル :ドキュメンタリー/教養>スポーツ
スポーツ>サッカー

番組内容

イタリアのプロサッカーチーム、インテル・ミラノとのユース契約を目指し、イギリスの少年たちが厳しいセレクションを勝ち抜くサッカーオーディション番組。(全6回)

イタリアのプロサッカーリーグ、セリエAの名門「インテル・ミラノ」のユースチームとの1年契約を目指し、イギリスとアイルランドのサッカー少年たちが、数週間にわたる厳しいセレクションを勝ち抜いていくサッカー選手のオーディション番組。7000人の応募者から選ばれた10人の少年が競い合い、成長していく様子や、一流チームのコーチや選手たちが、彼らをどのように導いていくのかを見つめる。

イタリア、セリエAの名門「インテル・ミラノ」のユースチームとの1年契約をめざし、イギリスとアイルランドのサッカー少年たちが数週間にわたる厳しいセレクションを勝ち抜いていく姿に密着する。選抜はインテル・ミラノのユース・コーチ自身が行い、最後まで残ったひとりの少年が契約を勝ち取る。
コーチは技術だけでなく、親元を離れて海外で暮らせるか、プレッシャーに耐えられるか、追い詰められた状況でも仲間と助け合って勝利を目指せるかなど、多くの要素を見極めようとする。一方、少年たちはさまざまな壁にぶつかるが、ひたむきに頑張り目覚ましい成長を遂げていく。
応募者は総数7千人。予選を勝ち抜いた10人がイタリアに渡り最終選考に挑む。各エピソードでは、2、3人が脱落候補である「危険ゾーン」にいることをコーチから告げられ、翌日の練習試合で課題を克服できるかが試される。その結果で毎回1,2人が帰国を宣告されるという形で進行し、最終回までに2人に絞られる。少年たちをサポートするのは元イングランド代表選手のジェイミー・レドナップ。更に2009-10シーズンのインテル監督ジョゼ・モウリーニョ、元インテル選手のフィーゴなども登場する。

第1回  イギリス・アイルランドで選抜 7000人が10人に!
第2回  モウリーニョ監督と対面
第3回  残るは8人 しかし選手に不運が・・
第4回  ミラノでパーティ!プロへの決意
第5回  いよいよ残るは3人!!
最終回  インテルのユニホームを着るのは君だ!

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どんなもんかな、と思いつつ第1回目の放送を見てみたら、けっこう面白かったので紹介する。

しかし、今日の1回目の放送を見逃したと思ってガッカリする必要はない。
これはユース年代のインテル式育成法を順を追って紹介する番組などではなく、内容は想像通りの、オーディション番組のサッカー版なのだから。
オーディションで落とされる人を中心に、その背景や人物像にスポットを当てて、視聴者に共感を抱かせたところで「残念」ってことになる構成。
だから、今日フューチャーされた登場人物は、今日落選してしまったので、忘れても問題はない。

選手のレベル自体はさすがに高い。でもその一方で、7000人もの数から勝ち残った候補にしてはアラが目立つようにも感じられた。これは日本の「欠点のない選手が高く評価される」という風土に、私の目も、やはり染まってしまっていたということなのだろう。ド素人の分際で若い選手の欠点に目がいってしまっては、せっかくのサッカーの美味しさが味わえないではないか。俺のバカ。
選考に残ったFWのヒシャムという選手などは、ふつうのメガネをかけたままプレーしていて、コーチも何も言わない。こんなのは日本じゃああり得ないんだろうなあ。

元イングランド代表MFであるジェイミー・レドナップ(親父はトットナムの監督)が、オーディションの候補たちを勇気づけるのだが、これがとても巧いので驚いた。監督やコーチは、むしろこっちの方から学びとることが多いかもしれない。レドナップの手法の基本は、モチベーションに火をつける、意識を闘いに向けるように煽(あお)る、そして褒める、だ。彼は落とすための非難はしない。彼がするのは、持ち上げるための非難だ。実にイングランド人っぽい、騎士道的な鼓舞だと感心した。

次回は明日の午後7時から。
興味がなくても、ご覧になることをお奨めする。


おわり

2010年11月16日火曜日

久々にアルディージャを考える。

久々にアルディージャを考えてみます。問題となった観客動員のことについてです。

たとえばこんな↓ことをやったら、土壷(どつぼ。関西の肥だめ)にはまります。

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伝統的な商圏外への拡張戦略をやめ、本来の商圏にに集中しろ。
安値での集客より、定価で買う顧客を大事にしろ。
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これは三流の安っすいコンサルなんかが提案する経営改善策の典型。
ブックオフの105円コーナー並んでいるような、経営指南本の第一章にも書いてあることが多いです。

「伝統的な商圏」や「本来の商圏」に顧客がいるのなら、これもあながち間違いだとは言えない場合もあるかもしれないかもしれないですけど、旧大宮市東部には、それほど熱いサッカー熱は元々ないですし、じゃあ自称「サッカー王国」であるところの埼玉県全域を商圏にできるかというと、それも難しい。大宮より北側の観客をナイターに集めようと思ったら、大きな無料駐車場がないと厳しいです。帰りの足がなくなっちゃいますから。

「安値での集客より、定価で買う顧客を大事にしろ。」については、年間シートじゃなく定価で入場し続けている熱烈なサポの心情としてはそうなるのも理解できますけど、、、としか言いようがないですねえ。

新聞拡張団がなぜ存在するのかや、旅客航空券の販売方法などがなぜああなってるのかや、一休.comやクレジットカードというビジネスモデルがなぜ成立するのか(宿泊施設や商店の側から見て)、を考えてみれば、「集客」こそが経営の根幹・土台なのだということが、経営戦略を考える上での大前提となっていることは、おわかりいただけるとは思うんです。
人・物を含めた設備というのは、使ってなんぼです。置いておいたら、人は経験を積めないし、物は劣化も早くなりますし。それに来客数が多ければ、そこから別な展開(広告とか販促とかグッズ販売とか飲食とか)につなげることもできます(ネットビジネスなんて全部これです)。でもそれも、たくさんのお客さんあってのこと。いないお客さんに焼きソバは売れません。

そもそもアルディージャが陥っている深い穴は、世界全体が陥っている大きくて深い穴の一部なのだと言う面もあります。

そのことを理解したうえで、(お金をかけずに)何ができるか、アイデアを考えてみましょう。

今、世界中でスポーツ観戦&体験市場が縮小しています。それはサッカーに限らず、バスケットボール、バレーボール、テニス、ゴルフ、野球、マラソン、水泳、そしてエンターテイメントスポーツの代表格である、ボクシングやレスリング・格闘技系、その他すべて軒並み絶不調なんです。
(まあもっとも、この話はスポーツだけじゃなくて、映画やテレビ、ギャンブル、そしてセックス産業においても同じ状況なんですけど)

例外は極一部のスーパースターやスーパーチーム、あるいはスーパーイベントです。

このあたりにアルディージャの未来へのヒントがあると仮定して、分析を進めてみます。

【ローマ人はコロセウムに熱狂した】

コロシアムでは実際に命のやり取りが行われていたから、だけで観客が熱狂したわけではありません。
ついこの間まで、生活と死は隣り合わせの関係でした。人が死ぬところなんて別に珍しくなかったのです。
ではなぜコロシアムで人々は熱狂したのか。満員になったのか。

それは、そこが、自分を解放させることのできる「場」だったからです。
普段の生活の中でやったら変人に思われる、あるいはどこかへ連れて行かれてしまうような「興奮」「狂気」「雄叫び(おたけび)」を、コロシアムでは発することができました。
当時のローマは現代に優らずとも劣らないストレス社会、自己抑制社会でした。
ポンペイの遺跡から、豪華な食事の絵が描かれた壁や床が発掘されていますが、あれらの意味するところは、そこに酒池肉林の日常が存在したこと、ではなく、それを渇望していた日常があったということです。ありふれているものに人の関心は向きません。ここにはないけど欲しいものに人の関心は惹きつけられるのです。

コロシアムの秘密がわかってきました。
コロシアムには「ここにはないけど欲しいもの」があったのです。それは「自分を解放させることのできる「場」」です。
つまり、「普段の生活の中でやったら変人に思われる、あるいはどこかへ連れて行かれてしまうような「興奮」「狂気」「雄叫び(おたけび)」」を発しても耳目(じもく。世間からの注目)を集めない状況です。それをしているのは自分だけではない環境。それこそが、コロシアムに足を運ばせていたのではないでしょうか。

ここで目を転じて、もうここ10年以上、世界で最も成功しているプロサッカーリーグの双璧である、イングランドのプレミアリーグと、ドイツのブンデスリーガを見てみましょう。
両リーグでは、スター選手のいないチームであっても、スタジアムは満席です。いつも興奮のるつぼです。
では毎試合毎試合、同じ観客が足を運んでいるのでしょうか。
意外なことですが、両リーグとも実は年間シートの占める割合はそれほどではありません。私の記憶ですが、おそらく5割は行っていなかったはずです。大半の観客が当日券か単試合前売り券で入場しているのです。

それでスタジアムは満員御礼。

なぜこんなことが起きえるのでしょう。

わたしはその理由として「テレビ中継の工夫」を第一に上げます。

おいしいお店特集とか、納豆ダイエットブームとか、スカイツリーのこととか、そういう「テレビが作る人だかり」というのを思い返してみればわかるのですが、人は、人だかりに惹かれます。

長い行列に並んでみたり、バーゲンですでにできている人だかりがさらに膨れ上がる現象は、人間の本能に直結した行動です。

【生存本能】
他者が集(たか)っている=そこにエサ(食べ物)がある

この行動パターンはまた、相乗的な経済効果も生みます。
「あそこに人が集っている」→何かお得なことがある(行かないと損をする)→さらに人集りが大きくなる→あれだけ集っているのだから、流行っているのだろう→宣伝・広告・販売・周辺ビジネス→行政もインフラ整備→便利になってイベントが増える→人が集まる→「あそこに人が集っている」→あとはループ……

イングランドやドイツの新しいスタジアムへ行って意外に思うのは、想像していた以上にゆったり作られていることです。それこそ見下ろすような角度の観客席でぎゅーぎゅーに詰め込まれて観戦するのかと思って気合いを入れていくと、拍子抜けするくらいに快適で、きれいで、移動もスムース。そして、だからこそ、実際にスタジアムで観戦した人は、楽しさを満喫できるんですし、他の人にもスタジアム観戦を薦めますし、自分もまた足を運ぼうと思うんです。サッカーの試合だけなら高いチケットでも、それ以上の満足を得られれば、とてもリーズナブルなイベント参加料、ストレス発散効果料金だからです。

では、まず、お客さんに足を運んでもらう工夫として、大宮アルディージャは何をすべきなのでしょうか。
それは、

テレビカメラの位置を、バックスタンド側に移動すること

です。
NACK5スタジアムの中継画面は、興ざめそのものです。
狭く薄いバックスタンド越しに見える、立派な野球場、そして広い空。
コロセウム感なんてまったくありません。ゼロ以下です。
観客の興奮も上へスカスカ抜けていってしまいます。
試合を見ながら、隣の野球場の観客席の様子や照明灯、そして雲の形などが、どうしても目に入ってきてしまうようなテレビ画面は、サッカーへ集中させない手段としては最高ですが、サッカーを見たい層には最悪です。「オレンジ一色に」などとたまに企画しているみたいですけど、あれではどうがんばっても、緑一色(ピッチの芝と公園の木々、野球場の壁面)オレンジちょろちょろです。

テレビ中継をするカメラの位置を、現在のメインスタンド側から、バックスタンド側へと移動させることを私は提案したいです。
そしてメインスタンドには、市の名士や、スポンサーの関係者、できれば有名人著名人、ベンチ入りしていない選手とその家族、彩りとしてきれいどころ、などに座って頂きます。それもアルディージャの社長やさいたま市長、そして選手たちの周辺にです。そうすればそこは必ずテレビ中継中に映像で抜かれますから、視聴者にも「あんな人も来てるんだな」と感じてもらえますし、またスポンサーの皆様にもテレビにうつったことで若干の満足もいただけます。「昨日、おたくの社長テレビにうつってましたね」これだけでも、営業トークのちょっとしたネタにできますから。実際、プレミアでもその効果をスポンサー獲得に利用しています。プレミアレベルの中継だと、世界中の営業先や消費者に、社長の顔を宣伝できますから、一国の一経済誌に載るよりもずっと効果的です。
アルディージャへのスポンサードで効果を実感してもらうには、こういう方法も使っていくべきだと思います。



とにかくまずは、テレビ中継の時に視聴者が見るのは、「選手とボールと観客、これだけ」という状態にしないと、実際に行ってみたくなるようなテレビ画面は作れません。
ちっぽけで数段しかない観客席、大きくて立派な野球場、広い空、森の木々、これでは熱狂なんてできそうもないじゃないですか。違いますか?
(まあ、世の中には、空の下、自然の中でじゃないと興奮しない、という趣味の人もいるにはいますけど)

折り込み広告や埼玉新聞に全面広告を入れたって、これまで以上の集客効果なんて得られません。
それはもうすでに実証されていることです。

テレビのサッカー中継は、CMだけが宣伝ではないんだ、ということにアルディージャの経営陣は気づいてください。いや、気づけなければ、ずうっと横ばいに近い下降線です。
テレビにうつっているもの、それすべてが広告に使えるんだという視点に立って、チームの経営を再建して欲しいと思っています。
これは、あのNACK5スタジアムだからできることなんですよ。
巨大な埼スタじゃあ不可能なんです。

短所を長所に、
欠点を個性に、
不利を有利に変えてこそ、経営手腕、リーダーの腕の見せ所です。

NACK5スタジアムが、シーズンの間ずうっと毎試合、大宮アルディージャのサポーターであふれかえっている姿を私は見てみたい。
そのためにも、まず、テレビカメラの位置を変えましょうね。鈴木茂社長さま。


2010年10月30日土曜日

ん? だって無縁社会にしたかったんでしょ?

昨夜遅く、やることをやってからふとテレビをつけると、NHKスペシャルの再放送をやっていた。

2010年10月30日(土)  午前1時15分~2時13分 (29日深夜)総合
無縁社会 ~“無縁死”3万2千人の衝撃~
初回放送 2010年01月31日(日)

2010年10月30日(土)  午前2時15分~3時04分 (29日深夜)総合
消えた高齢者“無縁社会”の闇
初回放送 2010年9月5日(日)

核家族化を進め、地方を干上がらせて都市を肥やし、家族の役割を否定し、家制度を解体し、勤め人が有利な福祉制度にした上で、長寿社会を作ったら、当然のこととして勤めを失った高齢者はぽつんと一人っきりになる。
これは別に、結婚していようがいまいが、子供が何人いようがいまいが、資産があろうがなかろうがに関わりなく、「個人」が一番という社会の当然の帰結なのだ。だって「個人」なんだから。

生物学の面から言えば、「個」で生存できなくなった個体は死ぬのが自然なのだ。
群(むれ)で生きているように見える種であっても、それは「個」で生きられてこその「群」なのだ。海を渡る白鳥は、弱った仲間を背負ったりしないし、イワシもアジも傷ついた仲間を守ったりしない。弱れば群から落ちこぼれるだけなのだ。これが「本来の自然」なのだ。

番組の中である男性が、「近所の人は困ってることがあったら何でも言ってねっていうけど、お金の相談まではのってくれない。でも困ってるのはお金のことなんだ」というような内容のことを話していた。
しかしこの男性は気づいていない。なぜこの男性が、年金の不正受給(父親の死を隠していた)で逮捕されるような事態になったのか、を。
番組から私が理解したところでは、実はこの亡くなった父親に年金収入があったこと、このことが彼の周囲にこんな状況を作り上げてしまった根本原因であるように、私には思えた。
番組ではまるで、年金詐取が明らかになったことで表面化した「無縁社会の一端」が問題であるかのごとく報じていたが、実際の問題はそのはるか昔、多額の医療費がかさんだという母親の闘病にこそあったのではないだろうか。
母親はその後死亡、ひとりいた妹も直後に病死したのだという。そして父親が事故で歩行困難となり、また痴呆の症状も見せ始めた。こんな状況になったら、他に家族が何人いたとしても、生活はそうとう制限される。まして彼はひとりきり。日々、生きるだけで精一杯で、それ以上はどうすることもできなかっただろう。

「個人優先の社会」「核家族社会」の価値判断に拠(よ)れば、重病になった母親は病院に押しつけてしまうのが正解だった。病死した妹のことは忘れ、介護の必要になった父親も切り離してしまう、それが正解だったのだ。
まさに家族との縁さえ切ってしまう社会、これが「脱家族社会」とも呼ばれる、蓮舫氏や上野千寿子氏の信奉する「家族否定主義」「個人至上主義」による未来の社会だ。
でもちょっと待って欲しい。
これって……まさにこれって「無縁社会」そのものなんじゃなの?

家族がいて、職業があって、収入があっても、問題の根本は解決しない。
なぜならそれらは、あくまでも周辺状況、間接条件に過ぎないからだ。
年間の自殺者3万人超をどう見るか。
陰湿ないじめるよる若年層の自殺、集団リンチによる殺人。
あるいは迷惑110番。あるいは不法投棄。あるいはオレオレ詐欺にリフォーム詐欺。

これらはみな、日本村と呼ばれ欧米と比較された日本人のプライバシー観、封建的とバッシングされた日本の家族の在り方、無個性な集団主義と否定された日本の企業文化、などが崩壊した証としての「個人社会」の萌芽(ほうが)だろうと私は確信している。

迷惑110番で、どんな影響が周囲・社会に及んでも「私」には関係ない。
「私」にとって唯一重要なことは、「私」という「個人」に関わる「私の問題」「私の不満」を解決することだけだから。

113歳の女性の消息が家族でもわからない、という事例がこの番組の象徴として紹介されていた。
79歳になるという娘が、番組の取材を受けていた。
なるほど、と思うところもなきにしもあらずではあった。
けどちょっと待った。
113歳のお母さんって人は、番組で演出されていたみたいに、本当に不幸なのかなあ?
面倒な負担(家族)から解放されて、それこそ自分の人生を納得して過ごしている可能性だってないわけじゃないじゃないか。

自分の家でカップ麺すすって、それの何がいかんというのだNHK。
あの長嶋茂雄さんだって、田園調布の大きな家で倒れて、同じ屋根の下に奥さんすぐ近所に長男家族がいたにもかかわらず、運転手さんに発見されるまでそのままだったんだよ。派手でにぎやかそうに見えていたって、実際の人生では幸せかどうかはわからない(長島さんがそうだって意味じゃないよ。隣の芝は青く見えるものだってこと)。

ちなみに、私が理想とする最後は行き倒れです。
落語の『粗忽長屋』に出てくる行き倒れみたいに、死んだ後おもちゃにされるくらいの死に様がいいと思ってます。
あんまり深刻なのはいただけません。
アイスマンみたいなのがいいですね。
5000年くらいあとになって、腹の中をさぐられて、「当時のアジア人は、偶蹄目(ぐうていもく)系の哺乳類を補食していたらしい」とか分析されちゃったりする。実際は牛丼食べただけなんだけど、そういう記録が一切消滅してしまった未来では、牛丼なんて食べ物を想像することができないのだ!

それにしたってさあ、これからますます寒く、暗くなるっていうこの時期に、無縁社会だとかネットカフェ難民だとか派遣テント村だとかっていう特番を毎年毎年シリーズで放送するNHKってのは、ホント、嫌な性格してるよなあ、と思う今日この頃なのであった。

【アイスマン】
アイスマンは、アルプスにあるイタリア・オーストリア国境のエッツィ谷(海抜3210メートル)の氷河で1991年に見つかった、約5300年前の男性のミイラの愛称。作りかけの弓矢や、精錬された銅製の斧を所持していた。遺体や遺骨の周辺や体内で見つかった生物の分析は、先史時代の人々の食生活や習慣に関する研究に新たな側面を追加しているが、アイスマンの場合、この研究は特に有益だった。考古学者たちはこれまでに、アイスマンの腸にいた腸内寄生虫と、虫下しに使用していたと見られる、樹皮に生えるキノコを確認している。

2010年10月19日火曜日

クマよりもチデジカを射殺せよ!

3年前(2007)の、今はなきCBSドキュメントから。

地デジ化とかいってのは要するに、リモコンが複雑になって重くなって電池がたくさん必要になるってことなんだ。
そのうち、携帯電話みたいに、リモコン用の充電器を置くようになる。
番組の中ではBMWの7シリーズが揶揄(やゆ)されてるけど、実際いまそうなってるもんなあ。
日本車はまだ良い方で、ヨーロッパ車なんて何がどこにあるのか本当にわからない。シートだって昔みたいに手間をかけて作ってない(おそらく中国で8割作ってから、本国で仕上げをしてる)から、もう特別ってわけでもないし、マジでヨーロッパの自動車メーカーは数年で消えるんじゃないのかって心配になる。

浦和レッズの観客動員がゆるやかに落ちて行ってるけど、その理由も「地デジ化」と同じなんじゃないかって思ってる。
地デジ化ってのは上が押しつけてることで、利用者はそんなもののぞんでいない。
もし推し進めるのなら、過去の番組のライブラリを無料にするとかも強制して、利用者にも「地デジ化は得だ」と実感してもらえるようにしないと、ど~にも納得がいかない。ゴミ処分の有料化だってそうだ。分別させられたあげく、家庭ゴミやコンビニゴミのポイ捨てや不法投棄が増えてるんだから、何にもよくなってない。

レッズだってそうだ。どういうサッカーがしたいんだよ? 別にショートパスをつなぐサッカーでもいいけどさ、それを目指す指揮官に、ドイツ人のフィンケは適任なのかってことさ。ドイツだよ、ドイツ。何でどーして、ショートパスで走るサッカーなのさ。そんなチーム、ドイツにはひとつもないし、ドイツサッカー史上にだって存在したことないじゃんか。
っつっか、そもそもレッズにそんなサッカー求めてないし。
ショートパスを多用するサッカーをすれば観客が楽しく思うと思ってるなら大間違い。少なくとも、俺はそうじゃない。そういうちょこまかしたサッカーは、2部常連の、いやJ2がお似合いの六本木ミドリガメさんズにまかせておけばいいの。

娯楽のことについて上から押しつけたら失敗するっていう、格好の例がこのデジタル家電と浦和レッズだね。

デジタル家電の憂鬱。前半(7:33)

アメリカには、HVテレビを設置するプロがいる。

デジタル家電の憂鬱。後半(4:38)

リモコンを操作するリモコンが欲しい。


註 揶揄(やゆ) 皮肉をいったりしてからかうこと。