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2011年7月12日火曜日

国民ストレステスト

原発の安全性確保についての政府統一見解が発表された。
従来の定期検査に加えて、新たにいわゆる「ストレステスト」を行う二段階評価を経て、原発の再稼働という手順を踏むらしい。

相も変わらぬ無能ぶりをさらけ出している。

考えてみて欲しい。
つい先日だったか、総理自ら、福島原発の終息には数十年単位での時間がかかるだろうという見通しを公表した。
数十年だ。数ヶ月でも数年でもない。数十年だ。数十年──

震災によって破壊されていない他の原発についても、廃炉までは似たような時間が必要となる。
原発を廃炉にすることは、ただ原発を止めるのとは訳が違うから。

思えばこの問題は目の前にずっと晒されたいた。

福島原発も停止状態だったのだ。

停止状態の原発に想定外のトラブルが発生した、その結果がこのありさまだ。
(トラブル自体はちっとも大規模じゃなかった。発電プラント自体はノーダメージ。しかしそれを維持するための電源・送電がオールダウンした。設計者がスーパーバカだったとした言いようがない)

つまり、原発は、ただ発電作業を止めただけでは何も変わらない。そういうプラントなのだ。
そんなことは、少し考える頭を持っている人ならみんながわかっているはずだ。
でも、現政権の中枢にいる人たちには、それがわかっていない……。

もしも政治的な圧力がかからないとするなら、ストレステストの結果はやる前からわかりきっている。
従来の国の安全基準に基づく定期検査をパスした原発は、間違いなくストレステストにも合格する。
安全基準に合格したのに、ストレステストには不合格だったなんてことになれば、じゃあそもそも国の安全基準って何なんだ? という話になる。

仮にそうなったとして、とにかくストレステストに不合格だった炉は廃止にする、となった場合でも、その時間単位は数十年だというのは先に述べた。
安全基準の根本が揺らいだ状態の中で、一部の原発は止め、一部の原発は再開する、などということが可能だろうか? それこそ大騒ぎになるだろう。さらにそれが数十年という時間の中での話だとなったら、もはや何をしてるんだかわからない。

繰り返しになるが、発電作業を止めた原発であっても、その問題は何一つ解消されていない。
ただ発電していない。ただそれだけのことだ。核燃料を移動させることができるようになるまでの時間が経過しないと、発電していようがしていまいが、そこには同じリスクが存在している。

ストレステストを行うことで国民に安心を与えられる、と現政権トップが考えているのだとしたら、それは相当におめでたい。

むしろ、ストレステストを受けさせられているのは、私を含めたほとんどの日本国民の方に思えて仕方がない。

あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年6月15日水曜日

誰も異論封殺なんかしてないですよ。どうぞどうぞ。

2011年 平成23年 6月14日(火)
朝日新聞 朝刊 声
公務員に異論封殺 望まない
学習塾主宰 K.H(本紙面では実名記載)
北海道室蘭市 54歳

最高裁の「君が代」起立斉唱命令合憲裁判について、9日の声欄に二つの相反する意見が掲載されました。
1人は「君が代」起立命令の強制がもたらすむなしさを論じ、もう1人は命令服従は公務員の義務と書いていました。
こうして誰もが自分の考えを自由に述べ合えることはとても大事なことだと感じました。
意見表明の自由、その大事さから、私は異論を認めないことのむなしさを指摘する意見に理があると思いました。

命令遵守を当然とする論者は公務員を雇用しているのは国民だと述べました。
確かにそうですが、では国民すべてが「君が代」への敬意表明の強制を教育公務員に求めていると言えるでしょうか。
軍国主義の象徴だった経緯からその強制に抵抗感を持つ人は大勢います。
そうした人たちが意見を表明する自由は民主主義の礎となる基本的人権です。
国民の中にある異論は、公務員の中にもあると容易に推察され、そうした異論を強制によって封殺して無理に一つに束ねる必要があるでしょうか。

公務員には憲法遵守義務があり、誓約して職に就きます。
公務員が思想の自由を保障する憲法の下、良心に従って行動することが命令違反に問われる。
その事態こそ問題だと考えます。
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あの裁判では、誰もそんなこと言ってないのになあ。
ただ、大事な式典の際は秩序を乱すような行動を教員が率先してやるようなことしたらいけませんよ、ってことに過ぎない。
「いや、日の丸と君が代は『軍国主義の象徴』だったのだから特別なのだ!」という論についても、それを個人が信奉することも、表明することも、論じることも、どうぞご自由に。でも、学校の大事な式典、例えば入学式だとか、卒業式だとか、運動会だとか、そういう時に、教員が率先して混乱させるような行為は慎みましょう。大人なんですから。まして公務員なんですから、ってこと。

これでも納得がいかないようであるならば、ちょっと違うシチュエーションを想像してみると、「ああ自分は誤解していただけだったんだ」と気付くやもしれません。

[シチュエーションA]
右翼丸出しの教員が、学校視察に訪れた中国からの来賓への歓迎式典において、中国国旗を引きずり降ろした。

[シチュエーションB]
公立病院に勤務する医師がエホバの証人に入信したことを理由に輸血処置を怠り、患者に重大な合併症が生じた。

[シチュエーションC]
法律や義務に従わず職務を放棄した消防士とそれにまつわる悲劇を描いた道徳映画を、むかし学校で強制的に見せられた。

[シチュエーションD]
過去の人権問題や米国が関係する反戦活動には非常に熱心で、常日頃世界市民を声高に標榜するのに、でも今現在近隣諸国でなされている強制徴兵や市民弾圧やジェノサイドや言論封殺、奴隷的労働、人権軽視、には無関心な教員が我が子の担任となり、内申評価をすること。

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もし教師や学校が生徒に対して、「骨まで国旗国歌を愛せ! 嫌いになることは絶対に許さん!」として、もしそれに反抗したら停学とか退学にするっていう話なら、私も断固として戦います。でもこれって、生徒対象の話じゃないですよね。給与をもらって働いている大人の教員を対象とした話であって、それも別に個人の内面のことにまで触れてないですよね。それとも起立斉唱なんかしたら好きになりそうで心配ですか?



ね、わかりますよね?
ね?
わ、わかります、よね?
ね?
……
あのぅ──大丈夫ですか?

息、してますか?



【参照】
おおさかくんのご意見
さいこうさいちゃんのご意見


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年6月14日火曜日

だから言わんこっちゃない。

2011年 平成23年 6月14日(火)
朝日新聞 朝刊 国際
伊も脱原発 福島の影
国民投票 政権には大打撃

【一部抜粋】
投票日前のローマ市内は、「ベルルスコーニは放射能を帯びている」「今こそ政権にノーを」といった「反ベルルスコーニ」のスローガンであふれた。「フクシマ、チェルノブイリ、スリーマイル──安全な核はウソだ!」という横断幕を掲げた環境団体幹部のルカ・スタッシさん(40)は、「国営テレビRAIは投票日もまとにも報道しなかった。これがイタリアの現実だ」と話した。
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Chernobyl,Three Mile,Fukushima,──
チェルノブイリはキエフ州にある一都市であり、スリーマイルはペンシルバニア州にある大河(サスケハナ川)の中洲です。
福島第一原発はというと、福島県双葉郡大熊町大字夫沢字北原22に位置しています。
ですから本来であれば「北原原発」とか「大熊原発」と呼ばれるべき施設だったとも言えるわけです。

しかし不幸にも「福島原発」として世界にその名は知れ渡ってしまいました。
「フクシマ」という単語は間違いなく、世界中の子供たちが手にする歴史や科学・物理の教科書に載るでしょう。
チェルノブイリ、スリーマイルアイランド、と並んで。

チェルノブイリ産の生産物について差別はあるかもしれませんが、キエフ州産の生産物にそれはありません。
スリーマイルとペンシルバニア州の間にも、同じ関係が成立しています。
しかし残念ながら、「FUKUSHIMA」と「福島県」は同一視されています。
TPPだとかグローバル化がどうなろうが、「FUKUSHIMA」とあるだけで世界の購買者・消費者は意識するでしょう。それも100年単位の期間──。

所在地名ではなく、所在都道府県名が名称となっている原発は、ここ福島と島根(中国電力)の2カ所だけです。
老婆心ながら、島根原発(島根県松江市鹿島町(旧八束郡鹿島町)片句)についてはその名称を、松江、鹿島、八束、片句のいずれかに変更されることを進言したいです。


【参照】
世界のFUKUSHIMAにしないために
いつだって日本政府はあてにならなかった。それはこれからも変わらない
FUKUSHIMAが“運動”の象徴になったら復活はない。“運動”を守るため“悲劇”は保存されるから


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年5月8日日曜日

そもそもさあ、想定したのは誰よ?

浜岡以外は確率低い 仙谷氏、地震被害で


仙谷由人官房副長官は8日のNHK番組で、浜岡原発(静岡県)の全面停止要請に関連し「浜岡原発の地域では80%以上の確率で30年以内に震度6以上の地震が起きる。他の原発は10%以下とか1%以下がほとんどだ」と指摘、他の地域との違いを強調した。

同時に「日本海側、瀬戸内の原発はまず心配ないというのが科学的な結論だ。エネルギー政策として原発を堅持する」と説明。「浜岡原発の地震・津波対策はどこまでできているのか、科学的にも問題だと判断した」と述べた。(共同)

 [2011年5月8日12時3分]

違ってても、どうせ「想定外だった」とか「専門家の判断では」とかって言う気なんだろうな。


あしなが育英会 遺児奨学金「あしながさん」 継続寄付

2011年4月14日木曜日

普代村は想定内 ~視点を変えれば見えてくる~

どこにあった記事なのかわからなくなってしまったが、この村に関する記事は、まあどこも似たり寄ったりな内容なので問題はないだろう。
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岩手県普代村は浸水被害ゼロ、水門が効果を発揮

東日本大震災 防潮堤 高潮対策事業 普代村 岩手県 津波 防潮水門 浸水被害  岩手県普代村に設けた防潮水門などが東日本大震災で効果を発揮。同村の中心部や集落を大津波から守った。3月30日時点で行方不明者は1人出ているものの、死亡者はゼロ。住宅への浸水被害も出ていない。
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これをそのまま受け取ってしまうと、巨大な水門や防潮堤・防波堤を築いてあったら今回の津波被災は防ぐことができた、かのように誤った理解をしてしまう危険がある。

これが津波後の普代村の写真だが、

見て分かる通り、写真左側の津波に襲われた家屋の屋根は無傷である。壁面の破壊状況や、道路脇の構造物の様子から推察して、津波は道路面のやや上あたりまで来ただろうことがわかる。
要するに、設計上の想定以下であれば、当然その堤防なり水門は、それなりの機能を果たす、それだけのことだ。
さらに言えば、もしこの道路壁や堤防がなかったならば、確かに津波は人家の奥にまで到達しただろうが、その水位ははるかに低かったであろう。もしかすると、今回破壊されてしまったこの青い屋根の構造物も、これほどの被害を受けずに済んだかも知れない。

つまりはこういうことだ。
今回の津波では、たまたまこの地域はこれで済んだ、そういうことなのだ。決して大型の堤防や水門があったがために被害が少なかったのではない。ここを誤解すると、今回学ぶべき防災哲学を学びそこなってしまう。

「想定」に完璧はない。
なぜなら想定とは「予知予言」ではなく、設計の前提となる「とりあえずの合理的な基準」に過ぎないからだ。
この「合理的」であるかどうかというところがポイントで、その立証方法には帰納法と演繹法がある(ちなみに「予知予言」は「そんな気がする」「神からそう告げられた」で終わり)。

「今回は想定を超えたから被害が大きかったのであって、今回のデータをふまえた“新しい想定”に基づいた堤防を築けば今回のようなことはなくなる」これと同じことを、昔、三陸沿岸の防潮堤を設計した人も言っていたのだろう。

The滑稽(こっけい)。

それって、最新の防火対策を施した家は火事にならない、といっているのと同じことじゃないですか?
最新の衝撃対策を施した自動車の乗員はどんな事故でも死なないとでも?
リスクヘッジ(想定に基づく管理)に完璧はないということは、LTCM(ロングタームキャピタルマネジメント)が身をもって教えてくれたのに。



これからまた、もっと巨大で長い防潮堤を築く……、完成する前にまた津波が来たときは? 今度はなんて言い訳するんですかね? 「想定の範囲内だったが、堤防がまだ未完成だったので──」とでも言うのだろうか?






巨大堤防を作るお金で、病院と一体になった高層の老人ホーム兼共同住宅を造った方が、暮らす人々はるかに幸せになれると私は思うのです。そして海に近い平地には、これまで通り職場と若者向けの住居のある生活圏を再建する。
地震や津波への備えとしては、いかにすばやく避難できるかと、いかにすばやく再建できるかを第一に考えて対策を練る。自然と真っ向から闘ってねじ伏せようなんてことをしても、結局は人間の独り相撲に終わると言うことがわかったのですから。

これまでは「防潮堤・防波堤」という「お守り」で、津波被災のリスクを糊塗(こと)して、あたかもそれがなくなったかのような、あるいは対処できるかのような「ふり」をして、それ以上考えないようにしてきただけだったのです。

冒頭で紹介した普代村の例でも明らかなように、防波堤や防潮堤は、ヘルメットであり防弾チョッキのようなものでしかありません。
訓練を積んだプロがリスクを覚悟の上で、ヘルメットや防弾チョッキを身につけて、しなければならないことをするために、行かなければならない場所へ向かうこともあるでしょう。しかし一般人は、ヘルメットや防弾チョッキを身につけることよりも(たとえそれがどれほど高性能であったとしても)、いかに早く危険から離れるか、それを考えるべきです。
どんなに高性能なヘルメットや防弾チョッキであっても、想定を超えた衝撃の前には無力なのですから(想定の範囲内であっても、骨折や脳震盪を起こす可能性だって、決して小さくはありません)。

最後にもう一度繰り返します。
(大事なことですから)

普代村に代表される大型の防潮堤・防波堤があれば被害は少なかったはずだ、ではないのです。
被害が少なかったその理由はただひとつ、そこはたまたま「想定の範囲内だった」というだけのことなのです。

もし復興の過程で、今度はもっと巨大な防潮堤・防波堤を築こうという話になれば、またいつか同じ悲劇が繰り返されます。
そんな“無駄な”ことをするくらいなら、それを個々人、家庭が自分の力で再び立ち上がるための援助金としてお渡ししましょうよ。
20万人とも言われる被災者に1人1,000万円(計2兆円)、全壊流出家屋を仮に5万戸として、そこへ3,000万円(計1兆5千億円)、半壊も同数として1,000万円(計5千億円)、これだけ配っても総計で4兆円です。20兆~60兆円ともいわれる復興にかかる国家支出(最終的にはこの倍はいくだろうという試算もあります)の10分の一です。
家屋を流された親子4人家族なら、3,000+1,000×4=7,000万円。
蓄えも仕事も何もかも突然失った育ち盛りのいる家族であっても、これだけあればどうにか再スタートできるのではないでしょうか。
また、一人暮らしで介護の必要なお年寄りであっても、3,000+1,000=4,000万円あれば、老人ホームへの入居と利用費をまかなえるだろうと思います。
当面はこの資金を直接渡して、「それぞれ個々に今後を乗り切ってください」とすることで、特に残された時間のないご高齢の被災者などが、人生を終えるまでの数年間を避難所で過ごすような事態は避けることができます。また、新天地での生活を選択する人も出るでしょうし、商売や家を建て直すベースにも使える額です。

長期間かかるであろうインフラ再建は、通常の予算手当に極端な財政負担とならないよう傾斜を考慮したプラスアルファを加算して、長い目で徐々に整備していく。いきなり全部は無理です。

原発のことでも、いったん避難させてしまった以上、もう元には戻せません。
広島や長崎が、今もなお、主要都市として存在しているのは、人が住み続けたからです。
福島沿岸はそうじゃありません。
逆説的ですけど、今後は原発を造るくらいしかできないのではないでしょうか。もちろんこれが、科学的にそうだということではなく、それこそ人間の心理面からそうなるしかない、ということです。いくら政府が「もう大丈夫」と言ったところで、精密な放射線測定検査機器がいくらでもある現在、好き好んで子どもを連れて福島で暮らす人も、好き好んで福島産の農産物水産物を食べる人も、絶対にいません。ましてや日本人は、予測不安(将来の不確定な不安を予測して不安になる心理)傾向が強いのですから。

「人権無視!」との批判を恐れつつ私見を述べるとすれば、「FUKUSHIMA」を復活させるのは、福島県民にしかできないと思います。政府をあてにしていても、責任逃れをするばかりでちっとも前には進みません。なぜなら、左派系の人たちにとっては、「いわゆる“放射能”」の危険性をアピールすることが正義だからです。表には出していませんが、間違いなく左派系の人たちの心の奥底には、自らの政治目的実現のために「FUKUSHIMA」を利用したいという思いが隠れているはずです。こういう連中が、福島の早期復興を是が非でも実現しようとするかというと、私には否定的な結論しか導き出せません。

津波で壊滅した街であっても、放射性物質の飛散で汚染された地域であっても、事実だけを見れば結論は既に出ています。
早期に復興できるのなら、とっとと戻って生活をはじめても問題はないはずですし、もしもう復興できないのならば、その場所を離れるしか道はありません。その中間はないわけです。政府が、街を見事に再建してから、あるいは地域全体をきれいに除染し終わってから「さあみなさん、お戻りになってください」なんて言う日は永遠に訪れないと私は確信しています。そんなのは、共産主義社会主義の計画経済や5カ年計画並みの幻想です。

福島が安全だということを東電や菅枝野「俺のせいじゃない」政権に証明してもらうなんて、論理的にも矛盾しています。二枚舌三枚舌+自己弁護ボーダー(境界例)による証明なんて誰が信用します?

「さあもう東北は大丈夫です。これからまた元気いっぱいがんばりますから、みなさん仕事をどんどん回してください。観光にもガンガン来てください」
そんなことをお上に言われたって、はいそうですかとはならないでしょ。やっぱり被災当事者である地元の人が言ってこそ、当事者ではない者も気をつかわずに、ずけすけとシビアな仕事を持ちかける気にもなるし、へらへら遊びにも行けるんです。
(そのためにも巨大堤防なんて絶対にダメ。そんなのが目に入ったら、日本中だけじゃなくて世界中の人が津波のことを思い出すから。三陸の海産物や海水浴場の“深刻な”イメージを払拭(ふっしょく)するためにも、津波を思い起こさせるようなモニュメント的な建造物は造るべきじゃあないと、私は思います)

進行する地球温暖化で海洋の環境もどうなるかわからない中での漁業、毎年のように冷害で苦しめられる農業、これらに偏った地域経済から脱却するチャンスにすることを考えましょうよ。そのためのインフラを整備しましょうよ。

「元には戻せない」
これを良い意味にとらえましょうよ。


さあ、これからです!

2011年4月12日火曜日

冷静に、したたかに。

もしも、

福島第1原発を廃炉にして、コンクリートの「石棺」で覆ってしまったら、

その姿は「FUKUSHIMA」のモニュメントとして世界史に刻まれることになるでしょう。

もう二度とその土地で暮らすことはできないし、福島の名が付く農産物も海産物も、市場価値がなくなるだろうし、訪れる観光客もいなくなるでしょう。

科学的に安全という結論が得られる可能性は大いにあるのだから、考えるべきは『福島のすみやかな復興のためにはどうするべきか』であって、過剰な反応でも、臭いものにふた的な解決法でもないと私は確信しています。

どうか福島の関係者には、冷静に、したたかに、頭を働かせてほしいのです。

たとえそれが、

時には残酷に、時には冷酷に思われたとしても、です。



こうなってしまった以上、福島の復活のためには「福島の原発は安全です」と世界中に認識させるしかないのだということに、早く気付いてほしいと私は思っています。

たとえそれが、

感情的には苦渋の決断であったとしても、

それしか……道はないと思います。



最悪なのは、チェルノブイリの石棺の横に、FUKUSHIMAの石棺の映像が常に並べられるような「常識」ができあがってしまうことです。

それは福島が、「チェルノブイリやFUKUSHIMA」として語られる「死の土地」の代名詞となってしまったことを意味しています。

そうなったらもう、手遅れです。

何をしても、もはやどうにもできません。

世界中の教科書に、その写真が載せられてしまうでしょうから。



そうならないためにも、廃炉と石棺は絶対に阻止すべきですし、報道各社にも建て屋の壊れた映像使用をやめさせるべきです。

あの映像を使うのは、決して報道すべき価値があるからではなくて、インパクトがあるから、ただそれだけの理由からです。

インパクトがあるということは、それだけイメージ性が強烈だということ。つまりいつまでも忘れないってこと。

たとえ「石棺」を避けられたとしても、福島=壊れた建て屋の記憶、となったら、どうあがいても「自然豊かな福島県」なんていう「昔の姿」には戻れません。

原爆と聞いたときに長崎よりも“ヒロシマ”の印象が強いのは、あの原爆ドームがあったからだということを、福島の関係者は心に留めておくべきです。

責任逃れしか頭にない政府は、「ただちにではないが、影響が出る可能性がないとは言えない」しか言わないのですから、福島を復興させるには、福島人が自ら体を張るしかありません。危なくないこと、安全であること、美味しいことを、自ら証明するしかないのです。

怖いでしょう。恐ろしいでしょう。でも、それができるのは被害を受けた当事者だけなのです。

加害者側がいくら安全宣言をしたところで、そんなものには何の力も説得力もありません。

たとえ第三者機関が宣言したとしても、外国には通じません。

それくらい今回「FUKUSHIMA」は有名になってしまったです。

このことを、目をそらさずにしっかり見て、真剣に考えましょう。自分たちの頭で。



放射線の影響は確かに怖いです。

でも、それを怖くないとみんなに思ってもらうしか、福島が蘇る道はないのです。

それができるのは、やっぱり、もっとも苦しんでいる当事者だけなのです。

辛くて怖くて理不尽ですけど、

歴史は、それを証明しています。



とにかく今すぐ、東電には福島第一原発という名称を、「福島」という名前の付かない、もっと限定した施設名へと変更させるべきです。そして報道各社には、今後その名称を使用させるように申し入れる。
できれば地名は入れたくないですけど、どうしても入れなければならないのなら、発電所の所在地をピンポイントで、それも省略形にして使用するようにしましょう。聞いたときの語呂を良くすることも大事です。漢字の読めない外国人には、「響き」の良い方が印象に残りますから。その点でも、HIROSHIMAに似ているFUKUSHIMAは悪条件なのです。ですからこの対策は早急に実行へ移さなければなりません。世界中の耳にこびり付いてからでは、それを落とすことができなくなってしまうからです。


魂からの訴えかけを受けたそのとき、多くの人の心に理屈を超越した信頼が生まれると私は確信しています。

2011年4月9日土曜日

統計に騙されない。

統計に騙されない。


典型的な「統計に騙されている人」の書いた記事があったので紹介します。
騙されないためのポイントには【注意!】として、コメントをつけてあります。

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放射線の影響 追跡60年 [11/04/07]
編集委員・高橋真理子




放射線は人体にどんな影響を与えるのか。広島・長崎の被爆者たちの健康調査で多くのことが分かっている。大きな犠牲から得られたデータは、世界の放射線防護対策の基礎となっている。

健康調査は、1947年に米国が設けた原爆傷害調査委員会(ABCC)が始め、75年から日米共同運営の「放射線影響研究所(放影研)」が引き継いだ。

被爆者9万4千人と、そうでない2万7千人を生涯にわたり追跡調査。うち約2万人は2年に1度の健康診断や生活習慣調査を続けている。

─【注意!】─
まず「被爆」と「被曝」を誤読しないことです。次に、調査対象の数がおよそ3.5倍も違うこと、さらに定期的な観察をしているのはその内のわずか2割にも満たない調査であるということを、ちゃんと理解する必要があります。また、ここに記載はありませんが、その定期的な観察をしているかなりの割合は、「被爆者」側に偏っていると推察されます(ちゃんと半々だったらごめんなさい)。
これがどういうことを意味するかといいますと、「数をたくさん調べれば、何かが見つかる確率は高くなる」「よく調べた方からは、何かが見つかりやすい」ということなんです。ですからこういう調査では、調査対象と比較対象の条件をそろえることが大前提になります。
────

放影研の大久保利晃理事長は「系統的な長期調査で、世界が必要とするデータを発信できた」と話す。国際放射線防護委員会(ICRP)の委員で大分県立看護科学大の甲斐倫明教授も「放射線のリスク推定で決定的な役割を果たすのが放影研のデータ。ICRPもこれを基本に計算している」と説明する。

長年の調査でわかった主なポイントは次の通りだ。



◇広島・長崎調査、世界の防護策の基礎

■がん

被曝(ひ・ばく)後10年目ぐらいから乳がんや胃がん、大腸がん、肺がんなどにかかる人が増え始める。統計で、被曝していない人より多いと明確なのは200ミリシーベルト以上浴びた場合だけだ。通常、30歳から70歳までにがんになる人は30%。30歳で200ミリシーベルト浴びると33%に上がる。

100ミリシーベルトの場合は、計算上は31・5%だが、追跡調査では判別できない。喫煙の有無による差の方が大きく、少量の放射線による差は統計をとっても数字に表れないからだ。

被曝年齢が低いほどリスクは大きく、女性は男性よりリスクが若干大きいことはわかっている。

─【注意!】─
まず、ここに登場する「時間」に注意してください。
「被曝後10年目」と「30歳から70歳まで」と、ふたつ出て来ます。
もし外部被曝による遺伝子変異の影響を見るならば、10年はあまりにも長い期間です。
人間を形作る60兆個もの細胞は、長くても6年ほどで入れ替わるとされています(最短説は6カ月、一般的には2年くらいだろうという説が多いです)。
がんの成長速度を考慮したとしても、発生の原因を10年前に求めるのは、可能性としては考えられますがいかがなものでしょうか。それよりも「10年? 30~70歳? 人間そんなに生きてたんなら他にもいろいろあるでしょ」という要因追求に、どう返すのか、そっちの方に興味があります。
もう一点は、罹患するがんの種類が「乳がん、胃がん、大腸がん、肺がん」といったものであることです。ふつう放射線による影響というと、甲状腺、リンパ腺、白血球などが語られることが多いのですが、ここではそうではありません。
最後に「31・5%」と「33%」の違いです。前者については、「調査では判別できない」と書かれています。このあたりに、なぜ「30歳から70歳まで」なのかの答えがあるように感じます。もしかすると、この幅をとってようやく「判別」できる数値が取れたと言うことなのではないか(まったく差がないではこの調査をした団体の存在意義が問われる、と考える調査員・研究者がいたかも)……まあうがった見方なのでしょうが。
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■白血病

被曝から2年で増え始め、子どもは同年齢の発症率の数倍に増えた。6~8年後から患者は減り始め、20年ほどで日本人の平均レベルになった。発症率の増加は大きいが、比較的まれな病気で、被曝で増えた患者はがんに比べ少ない。

─【注意!】─
この記事の筆者はご存じないようですが、白血病はがん(悪性腫瘍)です。血液のがん(主として白血球、まれに赤血球、血小板など)です。血球を作る細胞(幹細胞)が、骨髄中でがん化して無制限に増殖し続ける病気です。
放射線被曝による影響が、他のがん(上皮型)よりも少ないというのは、定説と逆の結論になるように思えます。そういう理解でいいのでしょうか?
そもそも、調査対象者の中に「子ども」はどれくらいいたのでしょう。
「増えた」という点についてはそうだろうと私も思いますが、その「数倍」というのが何倍なのか気になります。記事中に具体的な数字があったらよかったのですが。
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■胎児

妊娠何週目の被曝かで大きな差があった。一番影響が大きかったのが、妊娠8週から15週。被曝線量が多いほど知的障害児が生まれる割合が増えた。「200ミリシーベルトまでは発生頻度が上がるようには見えない」と放影研の中村典(のり)主席研究員は言う。16週から25週では500ミリシーベルトを超えてから頻度が増え、0週から7週と26週以降では影響は見られなかった。

─【注意!】─
1945年8月6日(広島)、9日(長崎)の8~15週間前、つまり2~4カ月前に、若くて健康なご主人と暮らすことのできていたご婦人が、果たして何人いたのかということです。戦争末期の当時は、学徒動員をしなければならなかったくらい、「若くて健康な男性」が日本国内に乏しかったのです。残っていたのは、かなり基準が下げられた徴兵身体検査でも“不合格”とされた男ばかりなはずです。母体の栄養状態も良くなかったでしょうし、ストレスや肉体疲労も半端ではなかったはずです。そしてまた同じことですが、調査対象の数も問題です。「被曝線量が多いほど知的障害児が生まれる割合が増えた」と言えるほどのサンプルをそろえられたとは、そう簡単に信じることができないのですが、そのへんについてどうなっているのでしょう。
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■遺伝

親が被爆者の「被爆二世」について、死産や奇形、染色体異常の頻度に親の被曝の影響は見られなかった。小学生になったときの身長、体重などにも影響はなかった。2007年には、糖尿病や高血圧など6種類の生活習慣病について約1万2千人の健康診断結果が報告され、「遺伝的影響は見られない」と結論づけられた。

─【注意!】─
チェルノブイリについて語られるときに必ず登場する「恐ろしいエピローグ」を真っ向から否定する内容が、はっきりと記載されています。

「親が被爆者の『被爆二世』について、死産や奇形、染色体異常の頻度に親の被曝の影響は見られなかった。」

しかし、となると気になってくるのが「白血病」や「知的障害」は増加するのに、「死産、奇形、染色体異常」は増加しない、という調査結果と、それについての結論です。
ここに書かれていることは要するに、長期に渡って広島と長崎の被爆者を調べた結果、被曝による肉体的健康への影響ははない(これが言い過ぎだとすれば、少なくとも「明白ではない」とは言えます)、ということだとしか読み取れません。
────
                      ◇

ただ、原爆は一度に放射線を浴びており、事故などによる比較的低いレベルの放射線を長期間受ける場合の健康被害は分かってないことも多い。

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被爆と被曝
原爆の被害を受けるのが被爆。放射線にさらされることは被曝と書く。被爆者の放射線被曝量を推定し、健康影響との関係が調べられてきた。

               ◇         ◇

《筆者の高橋真理子から》

3月11日以来、放射線の人体への影響について多くの記事が紙面に出ました。「低い線量なら心配はいらない」という専門家の談話も何度か載りました。

では、低い線量とはどれだけなのか? 資料を見てみただけでは、1ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで、いろいろな数字が出てきます。専門家に聞いても「いろいろな場合があって一概にはいえません・・・」という説明が返ってくるだけ。ただ、誰もが、人間に対する影響で一番しっかりしたデータがとれているのは広島・長崎の被爆者調査だと言いました。

それなら、広島・長崎のデータから今わかっていることを知りたい。たとえ様々な限界があるとしても、限界も含めて詳しく理解したい。そんな思いで、放射線影響研究所の中村典・主席研究員の助けを借りながら、膨大な研究成果の中から私が大事だと考えた四つのポイントについてまとめたのが今回の記事です。

放影研は日米共同運営の研究機関です。大久保利晃理事長は「WHOもIAEAも研究機関ではありません。でも、国際的な研究センターは必要です。放影研が国際機関の一部へと発展することを目指していきたい」と話していました。

-------------------------記事引用終わり-----------------------------

でもってこれ↓は、保険の仕組みを説明するサイトにあった「がん保険」についての箇所。


ガンの発生率の話


数字の羅列で頭の痛い人も多いでしょうから、要点をまとめます。

当然の事ながら、毎年の死亡率よりガンに新たにかかる率のが低い。
60才未満での罹患率は意外な程低く、0.3%以下。
5年単位でみても、罹患率は60歳未満の場合は低い。
実に罹患数の90%が60歳以上である。
はい…自分自身意外なデータ分析結果となりました。
…想像以上に…低いもんですねぇ、ガン発生率とは。
当然、「ヘッジなんぞ取る必要はないよ」とまではいいませんが、過剰にガンを心配するのはいかがなものかな、と素朴に思いました。
さらに、上皮内ガンの割合まで調べあげようかと思いましたが…ここで力つきました(笑)

また、いつかここにupする事でしょう。

当然かもしれないですが…「死亡確率よりも、ガン発生確率のが低い」という事だけでも覚えておいたら、案外保険選びの参考になる…かも?
ガンについて「ガン、なったら心配ですよ~」等と保険屋にいわれた際に、「じゃぁ、実際の罹患数ってどのくらいなのよ?」と突っ込んでみると面白いかも。
はい…まともな答えがかえってくる事なんぞ、まずないでしょう(笑)
********************サイト引用終わり***********************
統計上ここで明らかにされているのは、

自分が死ぬ確率 > 自分ががんで死ぬ確率

ということではなく(これは当たり前。死因には他の病気も、事故も事件も災害も、まだまだいろいろあるのですから)、

自分が死ぬ確率 > 自分ががんになる確率 > 自分ががんで死ぬ確率

だということなのです。これが目から鱗でした。

朝日の記事については、字数が限られている中での記述だったので、筆者の意図を私が読み取り違えているのかもしれません。
でも、「統計学の基本」を意識してから素直に御記事を読むと、私は上記のような疑問を抱かずにはいられないということです。

私が死ぬ確率については、

80-90歳 95パーセント
70-80歳 85パーセント
60-70歳 70パーセント
50-60歳 30パーセント
40-50歳 10パーセント
30-40歳  5パーセント
 0-30歳 0.1パーセント

といったところでしょうか。60-70歳が70パーセントというのは少々高いような気もしますが、こんなところかなという気もします。
生活していて「健康に生きよう」「長寿のためにがんばろう」というのは、要は60-70歳で30パーセント側に入りたいという意味です。いや「長寿」というからには、70-80歳での15パーセント側、80-90歳での5パーセント側に、入りたいということなのでしょう。
でも、どんな人間であっても、死なない確率は0パーセントです。
どんなに長生きをしたとしても、死んだ後のことはわかりません。それは70歳で死のうが、99歳で死のうが同じことです。
ずっと健康で長生きしたいと願うのは、誰よりも先に生まれて、誰よりも後に死にたいと望むようなもので、滑稽です。
誰かが生まれるためには親が先に生まれていなければならないのですし、自分が最後に死んだかどうかなんて自分にはわからないのですから。

放射線の怖さとは、突き詰めれば「得体が知れない」ということになるのではないでしょうか。
得体が知れないもののせいで死にたくない、だから怖い。
確率的には、車にはねられたり、流感にかかったり、激しい食中毒になって命を落とす方がはるかに高いのに、私たちは放射線による健康被害の方を怖がってしまう。
賭けてもいいですけど、今後30年間で、太平洋岸の魚介類を食したことによる被曝で死亡する人はひとりもでませんけど、フグを含む魚介類の食中毒で命を落とす人は三桁になるでしょう。

必要のない放射線には、当たらなければ当たらないほどいいに越したことはないですけど、政府の対応や報道各社の扱い方には、非常に問題があると思っています。
だって日本には、WHOの放射線基準なんて鼻くそみたいな温泉地がいくらでもあるんですから。

広島長崎での研究がちゃんとあるんですから、その結果を率直に教育していれば、こんなパニックにはならなかったのになあ、と私は残念に思っています。


2011年4月5日火曜日

高台移転構想の愚

仕事場、学校、車や自転車での移動、買い物、足腰の弱った高齢者、……。

みんなが自宅にいるときにばかり津波が来るわけじゃないし、災害は津波だけでもない。
斜面を造成した場所が、地崩れを起こしやすいのは常識だし、クマなどの大型野生動物との無用な接触機会も増えるだろう。

それにこの地域は、今回の甚大災害に襲われるまで、医療機関へのアクセスが非常に悪いことが問題になっていたと記憶している。産科にかかるまで、車で片道1時間だとか、高齢者が病院へ行こうにも手段がないだとか、病院へ行っても医者がいないだとか、そういう話をNHKの「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」でもやっていたはずだ。
そんな地域が平地から急勾配地へ移転したら、医療機関へのアクセスはさらに悪化するのではないだろうか。

私は、巨大な堤防を築いたり、山林を造成して高台に広大な居住地を造るよりも、家屋の構造を変えて対処する方がよほど低コストだし、効果も高いと思う。

今被災でも、木造住宅の2階部分は残ったというケースがいくつもあったようだ。
この事例を参考にして、木造3階建て構造で、最上階部分は下層階部と一体構造にしないで、今回のような津波の時には分離して水に浮く「浮揚シェルター」のような働きを持たせてはどうだろうか。




もちろん高台にまで逃げるのか一番安全だが、外へ出て逃げ遅れるよりは自宅の最上階に上がって耐える方が、サバイブする可能性は高いはずだ。3週間後に漂流する屋根の上にいるところを発見されて救出された犬が良い例だ(※)。

巨大地震や巨大津波に襲われたら、どのみち無傷ではいられないという現実を受け入れるところから、進歩は生まれると俺は確信してる。

それに──被災されたご高齢の方々に、高台への移転地ができるまで避難所や仮設住宅で生活してくださいというのは余りにも酷だ。


以上



(※)
2011年 平成23年 4月2日 産経新聞

 1日午後4時ごろ、宮城県気仙沼市本吉町の沖合約1・8キロの海上で、漂流していた屋根の上に
犬がいるのを、第3管区海上保安本部(横浜)所属の特殊救難隊が見つけ、約1時間後に救出した。

 地元の第2管区海上保安本部(宮城県塩釜市)によると、同救難隊は東日本大震災の行方不明者を
捜索するため海上をヘリコプターで飛行中に犬を発見。ヘリコプターから助けようとしたが、犬は
海上にあった木材などに飛び移って逃げた。

 隊員3人が救助艇で再度近寄り、最後は救助用の担架に乗ったところを助け出した。

 犬は黒っぽい首輪をつけていたが、飼い主の住所などは書かれていない。海保の巡視船の中でビス
ケットやソーセージを食べ、おとなしくしているという。
この屋根の上にいるところを発見された。写真は隊員が救出にいったらビックリして屋根の裏に逃げこんでしまった場面。
無事救出された犬。

逃げるところがあるのか。

福島民報

福島のニュース


東電が事故後に原発増設計画提出 
 東京電力は、福島第一原子力発電所の7号機、8号機の増設計画を盛り込んだ平成23年度供給計画を、原発事故の長期化が懸念されていた3月31日付で、経済産業省に提出していたことが2日までに分かった。県の野崎洋一企画調整部長は「一刻も早く事故を収束させることが使命のはず。県民感情を考えても許すことができない」と憤っている。 
 電力供給計画は電気事業法に基づき事業者が毎年経産省に提出することが義務付けられている。東電によると、東日本大震災発生前に供給計画の内容を検討。震災後の混乱の中で震災の影響を踏まえた内容に見直すことができず、提出期限となったという。東電福島事務所の小山広太副所長は「震災の影響を考慮する必要があったが、できなかった。申し訳ない」と述べた。 
 県によると、3月26日に東電から計画の提出について相談があったが、県は27日と28日の2回にわたって「原発事故の現状を考えたら認められない」と意見していた。
(2011/04/03)
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感情のみを素直に発露すれば、東京電力は解散して、社員や施設は東北電力と中部電力に分離吸収してもらって、関東圏は両者の相乗り配電地域にしてもらうのがいいと思っている。

しかし、一日も早い復興のことを考えると、第二原発はむろんのこと、ダメージの軽い福島第一原発の5、6号機はすみやかに再稼働させて、関東圏への電力供給を安定させるべきだと思うのだ。そしてできるだけ早く最新鋭の7、8号機も増設して、1~4号機を失った傷を埋める努力をしなければ、後生の日本人に莫大な借金と産業のない貧しい国を残すことになってしまうからだ。

化石燃料発電と原子力発電の代替エネルギーをどうするのかは、時間もコストも膨大に費やす壮大なテーマだ。とてもこの1、2年でどうにかなるというものではない。

福島県にとっても、県内原発全廃炉の先に待っているのは再生ではなく完全なる死だと思う。

世界史に「原発事故によって死滅した都市」として「FUKUSHIMA」という名は永遠に刻まれることにもなる。

確かに、本当に、そこではもう二度と生活できない程に汚染されていて、立ち入ることも呼吸することも危険だというのなら、それも致し方ないが、でも現在まで報道されている情報では、福島はそうじゃない。

県内の大部分は問題ないし、退避勧告の出ている地域だって、汚染原因は初期の建屋爆発によるもので、それは決してその後も継続して排出されているのではないのだから、これから同じような水素爆発や火災の危険さえなくなれば、適切な対処によってまたそこでふつうに生活できるようになるのだ。考えて見てほしいのだが、何がどうなろうと、被爆直後の広島長崎より汚染度が深刻だなどという事態になるわけがないのだから。
土壌に浸透したり、土ぼこりとして舞い上がる放射性物質が心配だというのなら、名古屋や大阪のように、地表のほとんどをコンクリートやタイルやアスファルトで覆ってしまうという方法もある。水については、より厳密な調査をする。それではまだ心配だというのなら、汚染の心配のない地域からパイプラインで導水してもいい。原発政策を推進してきたくせに監督責務を怠ってきた国と管理運営者の東電が、平伏して「よろこんで設置整備させていただきます」と言うだろう。

もっと突っ込んだことを言えば、私は、今回の“欠陥設計”ではないかと疑われてさえいる福島第1原発の1、2号、そしてトラブルのおさまらない3、4号機についても、ちゃんと原因を究明して、それを修繕・改良した上で、再可動させる方が、後々の日本人のためにもよいと考えている。
もし医療であれば、「急変の原因は先天性のものでしたので、すみませんが治せません」と匙(さじ)を投げる医者よりも、「原因は先天性のものと考えられますが、それを見逃していたのは私のミスです。治せるかどうか分かりませんが、再び元気になれるようできる限りのことをさせていただきます」という医者の方が、信頼できると私は思う。
しかし、治せないことがわかっているのに、それを「治せる」というのは“ウソ”であって、そういう姿勢の医者もまた信用できないので、その線引きは難しいのは難しい。

それにしても、政府や経産省や東電の対応はひどい。ひどすぎる。
どんどんトラブルが大きくなって広がっていることの要因を辿ると、それらは全部、事故そのものじゃなくて、その事故への対応の失敗に起因しているんだから、まあホントたいしたものだ(もちろん皮肉です)。
密閉されている箱の中にガンガン水をぶち込んだらあふれてきた……当たり前じゃん。
延長コード持ってきて電源をつないだら、塩水かけまくったせいか動かない……頭が痛い。
いまから思えば、そもそものトラブルの原因は、『外部電源が壊れたために電気が来なくて動かなくなった』ってことだったんだから、その対処としてまずトライすべきだったのは、『延長コードを持ってきて、電源をつないでみる』だよね。
それをしないままにしてて、そしたら建屋が破裂して、でもって煙が出たもんで大慌てて水をかけまくろうとしたらホースもバケツも用意してなくってパニックパニック。

事故当初、テレビ各局に出ていた専門家のみなさんは口をそろえて「最優先されるべきは、燃料を冷やすことです。ですから大量の水を投入しなければならないんです」と解説していたけど、それは核・原子力の専門家としての意見であって、プラントの専門家だったら「まず電源を回復して、制御システムを正常に復旧させること最優先です」と答えたのではないだろうか。なぜなら、電源さえ入ればシステムはちゃんと動いたかもしれないし(その可能性は非常に高かった)、もし水を投入できたとしてもシステムが止まったままなら、トラブルを生んだ状況は継続し続けるからだ。

それに、放射線被曝の健康被害についても、「危ないぞ危ないぞ」ばかりじゃなくて、実際に過去にはどういうことが起きているのかを、ちゃんと報じるべきだと思う。

広島長崎ではどうだったのか。放射線の害が知られていなかったときの研究者や医療従事者は。世界中で行われていた核実験の影響は。実験室で行われている被曝実験の内容、つまりどういう条件下でその実験結果が得られたのか。

なぜこんなことを言うのかというと、実は、拡散した放射性物質による健康被害を人類が受けたという実例は、厳密に言えば皆無。疫学的な条件を弛めてようやく、というのが現時点での事実だからだ(もちろん、だからといって絶対に無害だ、などと言うつもりはない── base on ビビる枝野流保身答弁術)。

「危険だ危険だ。逃げろ逃げろ」と騒ぐ人──特にマスコミで発言できる立場の人や権力を有している人──は、最終的にどういう幕引きを望んでいるのだろうか?

福島県を無人地域にしたいのだろうか?
北関東全域の農産物と福島茨城千葉江戸前の海産物の摂取禁止措置?
太陽光発電プラントと風力発電プラントが関東全域に何百何千何万と設置されるまでの何十年間も、計画停電に耐えろというのだろうか?
それとも歴代東電幹部の資産没収?
あるいは日本中の原発廃炉?

放射性物質に被曝したら、あるいは内部被曝したら、将来必ず「がん」になって死ぬ、みたいな脅かしは卑怯だと私は確信している。

広島長崎の人の果たして何%ががんになられたというのだろうか?
その内、被爆による被曝が原因と考えられるのはどれくらいなのだろうか?
私には、こういう「脅かし」の裏側に「差別を生む心」が潜んでいるように思えてしかたがないのだ。
広島や長崎の方々が、こうした「差別」によってどれだけ、する必要のない苦労、いわれのない重荷を背負わされて来たのかを、多少なりとも知っているつもりの私は、簡単に「危ないぞ危ないぞ。逃げろ逃げろ」という論調には組みすることができない。

無理に近づく必要はないし、発電所の中で生活しろとも言っていない。
でも、とっくに甲状腺の生育段階を終えたティーンエージャー(10歳代)以上にまで、飛散放射性物質による被曝が「即、死」につながるかのような「脅かし」はプロパガンダの疑念さえ持たれかねない危険な誘導だと思う。

もし本当にそんなことが起こりうるなら、現在十機以上が稼働中であり、これからもどんどん増える中国の原発が事故を起こしたときどうするのだろうか。当たり前だが、黄砂の飛んでくる地域なんて目じゃないくらい広範囲で、相当高レベルの放射性物質が検知されることになるのは確実なのだ。そのとき、どこに逃げるのか? 何を飲むのか?

日本が何を言おうと、風上にある隣国に [MADE IN CHINA] の原発が次から次へと増設されていく現実は止まらない

問題は、福島県から原発がなくなったからよしとする、とか、日本から原発がなくなったからよしとする、とかいう話じゃないということを、「脅されて怖がっている」「危険だ危険だ。逃げろ逃げろ」の人たちは、少しでも考えたことがあるのだろうか。

これからも福島県で暮らしていく人のこと、これから生まれてくる人のこと、そうした人のことを考えた上で、「危険だ危険だ。逃げろ逃げろ」と脅すならまだいい。
でも、ただ、今、目の前にあることに脊髄反射しているだけでそう脅しているのなら、あるいはビジネスに、あるいは政治的に、不安を利用しようとしてそう脅しているのなら、それは非常に罪深い行為だ、と私は確信している。






一日も早く、またサッカーのことを考えるだけで、純粋に楽しくなれる時間が戻ることを祈って。

2011年4月4日月曜日

すべては子どもたちのために。

2011年 平成23年 4月2日(土)
朝日新聞 オピニオン 耕論
3・11再起

冨山和彦(とやまかずひこ)
経営共創基盤CEO
1960年生まれ。東大法学部卒。著書「挫折力」「会社は頭から腐る」など。



すべては「子どものために」

私も当事者になりました。
福島、茨城、岩手の三つの地方バス会社がうちの子会社です。
従業員2100人、バス1200台。
自ら被災しながら現地はすぐに運行を再開し、原発周辺からの多数の住民待避や、医療チームの搬送にも対応しました。

でも燃料が足りない。
私は官邸や各官庁、知り合いの政治家に訴えて回った。
なのになかなか動かない。

震災は3月11日、政府が石油備蓄の取り崩しを発表したのは14日、さらに大幅な取り崩しの決定は22日でした。
この間、全国で買いだめが進んでしまった。
寒冷地で広域激甚災害が起きたら、燃料が被災者の死活問題になることは明明白白です。
なぜあんなに時間がかかったのか。

私が直接、政治家や官僚、企業と掛け合って痛感したのは、彼らエリート層の資質の問題です。
危機に直面しているのに、決めるべきことが決められない。(※)
判断することを避ける。
なんなんだこれは、と思いました。

「上と相談する」「県からの要請が来ていない」「要件に該当しない」。
そんな反応ばかりです。
保身とメンツと責任転嫁。

指示や命令も、いろいろなところがばらばらなことを言ってくる。
行ってみたら、その通りになっていない。
こちらから問題を提起したら、ピンボールマシンのボールのようにあちこちに飛んでいってしまう。

燃料や物資については、政府が早々に被災地でない地域に向けて「しばらく我慢してほしい」と訴えればよかった。
原発から30キロ圏内の扱いや、野菜、飲料水の汚染についても「絶対安全とは言えないが、かなり安全」なんていうのは全然だめ。
白か黒か言わないと人は動けません。
でも、びびったんでしょうね。

私たちはこういう「リスクを取れない、判断できない」人たちを長い間、「エリート」として政と官と民のリーダー層に据えてきた。
その結果、この国は頭から腐っているんじゃないか。
そんな実感があります。

彼らの多くは東大をはじめ一流大学出です。
成績優秀、人格温厚、調整力があり、みんなにいい顔をして組織の階段を上がっていった。
でもいざ危機に面したら、批判をこわがり、決められない。
逃げる。
だから物事が進まない。

決断とは一部に犠牲を強いることです。
できない人にリーダーの資格はありません。
有事に判断を先送りする人間が、平時に決断できるわけがない。
官公庁、企業、政党は人の評価をやり直したらどうでしょう。

修羅場の中で、政官財の誰が役に立ち、誰が役に立たなかったか、逃げたか。
記者のみなさんは見ていますね?
国民はそれを知りたい。
あとで総括して報道してほしい。

これからの日本再興で一番大切なことは、すべての政策やプランを「子どもたちにプラスかマイナスか」で判断することです。
「国は何をしてくれるか」ではなく、「あなたは国の未来のために何ができるか」を問うこと。
それを国民に問う勇気のあるリーダーを選ぶこと。

だから町づくりも、さらには国づくりも30代までの若い世代に任せたい。
50年後にも生きているだろう彼らが、未来を決めるべきです。

それより上の世代は、子どもたちのためにどれだけ犠牲になれるか、当然と思っている既得権益をどれだけ捨てられるか、が問われる。
年金受給権も、医療保障も、あるいは年功序列や終身雇用も。
それが大事です。
すべての政策や復興計画は、子どもたちの未来を軸に考えていく。

うちのバスは止まらずにすみました。
少数ですが、結果が出るまでやるべきことをやり通した政治家や官僚がいた。
さらに、心ある運送業者が自分たちの分を分けてくれるなど、現場の助け合いのおかげです。

現場は立派です。
うちの連中のやる気と献身には涙が出ました。
震災からわずか5日後に、盛岡から激甚被災地の宮古に路線バスを復活させたんです。
その第1号に、いかにも今どきの若者が、支援物資をたくさん抱えて乗り込んできた。
満席です。
草食系なんてとんでもない。

日本の強みは、我慢し自己犠牲をいとわない、一般の人々です。
そして現場の力。
自衛隊も消防も立派です。
役所も課長以下や自治体の現場がよくやっている。

会社も国も、破滅的な事態が起きると、隠れていたいろいろな問題がいっぺんに出てくる。
これはある意味チャンスです。
日本の未来へのテコにしたい。
勝負はこれからです。
(聞き手 編集委員・刀祢館正明とねだちまさあき)
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※「決めるべきことが決められない」
文脈からすると、筆者は「決めなければならないことを、決めることができない」という意味でこの文章を用いたようだが、私としてはむしろ「決めなければならないことがなんなのか、その優先順位を決定することすらできない」と解釈した方が、実態をより的確に突いているように思う。


「保身とメンツと責任転嫁」と「びびった」というキーワードは、現政権を表現するのにまさにピッタリ。

統一地方選で、首長選の候補者でもない議会議員選の候補者が、与党の党名を隠すっていったいどんな政権なんだ?

政治家なんて中高年以上の年寄りばかりなんだから、「念のため」に退避勧告した地域へもっともっと入っていって、正しくて力強いメッセージを世界に発信してくれよ。

頼むよ。

東京の官邸に引き籠もったままじゃあ、どんなに芝居がかった表情で立派な言い回しを駆使したって、ただの口先だけの口達者な、いざとなったら真っ先に逃げ出す偽物政治家にしか見えません。

ホント、本当に、マジで、お願いしますよ、日本政府さま。

せめて黙祷だけでも。

少年サッカーチームであっても、せめて黙祷を捧げることくらいはできるのではないでしょうか。


試合時間の長い大人のチーム並みの1分間とはいいません。


その半分の30秒間、あるいはそのまた半分の15秒間でもいいんです。


被災で亡くなった方々のため、


被災地で耐えている方々のため、


そして、サッカーができる幸せと、一日も早い復興と、笑顔のために、


試合の前や練習の前、黙祷を──。


それを見たら、私もその時間だけは、サッカー観戦を楽しむことに頭を切り換えることができるような気がするのです。






世界中が日本のために祈ってくれていることへの感謝をも込めて、


私も、就寝前のささやかな黙祷を捧げつつ。

2011年4月3日日曜日

このままじゃあ楽しめない。

【東日本大震災】
“震災孤児”見えぬ実態
2011.3.29 産経新聞

 「いつ迎えに来てくれるの?」。少年は母を待ち続けた。だが、自分を愛してくれた人はもういない。東日本大震災で両親を失った“震災孤児”の実態が見えてこない。

 宮城県石巻市の市立小学校の避難所。同小1年の少年は、母親の迎えを待ち続けた。少年の両親は車で避難する途中、津波にのまれて命を落とした。学校にいた少年は難を逃れたが、両親が亡くなったことは知らされていなかった。

 避難所には近所の住民も多く、親代わりを務めて一緒に遊んでくれたが、避難所にいる親子連れをみると少年の目から涙がこぼれた。泣きながら大人たちに聞いた。「お母さんはいつ迎えに来てくれるの?」

 地震から1週間ほどたったころ、少年は一家の安否を心配して避難所を訪れた親族に引き取られた。避難所を出るときまで、母親の迎えを待っていたという。

 避難所で少年を見守り続けた男性は「子供に必要なのは親や親族だった。自分たちの無力さを痛感した」と、声を震わせた。

 石巻市教育委員会によると、市内だけでも数十人の震災孤児がいるとみられるが、その実態は明らかになっていない。

 自治体の調査は難航している。宮城県子育て支援課は県内の全自治体と全児童相談所に孤児の実態把握を要請。存在を確認すれば、児童養護施設への入所や里親への養育依頼を行う計画だが、今も多くの自治体から報告は届いていない。沿岸部の自治体は「児童生徒の安否確認さえ終わらず、孤児にまで手が回らない」と話す。

 岩手県でも、地震の被害で親が亡くなったり行方不明になったりしている子供の数を把握しようと、児童相談所の職員と応援に来ている横浜市こども青少年局の職員が避難所を回り、責任者に親を亡くした子供がいないかなどを聞き取っている。

 同県陸前高田市では、市の教育委員会も同時に調査を実施。市の担当者は「地震後、親戚(しんせき)などを頼って市外や県外に出た子供も多くいるため、実態把握には相当の時間がかかるだろう」と話した。

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私はお願いしたい。

私はお願いしたい。
全国の少年サッカーチームにお願いしたい。
いまから準備をして、今年の夏休みに被災地の子供たちとサッカーしてあげて欲しい。
原発の方がまだおさまっていなくて、あるいは被災地の状況が一向に向上していなくて、こちらから出向けないのなら、

こちらに招待して、ホームステイさせてあげて欲しい。





被災地で活動された看護師さんが書いていた。
その避難所の子は、今年のクリスマスにサンタさんが来ても、家がなくなっているので帰ってしまうのではないかと心配していたと。
その子はサンタさんに「ママとおうち」をお願いしたいのだと言う。

NHKの番組でインタビューされた少年が言っていた言葉が忘れられない。
「もし叶うなら、タイムマシンで地震が起きるずっと前にまで戻って、そしてこんな辛いことを知る前に死んでしまいたい」と彼は言った。まるで壊れた鏡にうつった自分に語りかけるかのように。

今年の夏休み、彼ら彼女らに笑顔は戻っているだろうか。

同じ空の下で、同じ年代の子が避難所暮らしをしていることを知っているのに、それを忘れたふりをしてするサッカーに、いったいどんな価値があるというのだろう。

たくさんの人が、100年に一度、1000年に一度の災害での1年目の夏に自分が何をしていたか、あとあと堂々と語れるような、笑顔で握手ができるような、そういう判断・意思決定・行動をするだろう。

被災地に行くだけが支援ではないし、ボランティアでもない。
そこに行かないからこそできることだってたくさんあると私は思う。

普段なら無理なことであっても、到底自分の役割じゃないと思えることであっても、自分の仕事や生活の余計な負担にしかならないことであっても、彼ら彼女らのことを考えると、本当にそうなのか、と自分自身に何度も問いかけてしまう。ふとしたとき、もう一人の自分から冷たい目で見つめられているような焦燥感に苛(さいな)まれてしまう。

被災1年目の今年の夏休みだけの特例として、全国の少年サッカーチームやジュニアユースチームが、被災地の子供たち少年少女たちをホームステイさせてあげたいと思ったときの、その総合調整窓口を、日本サッカー協会が設けてくれないだろうか。
サッカー協会とJの下部チームや全国の有名な強豪チームが率先して動き出せば、全国の他のチームもあとに続くような気がする。清水の少年少女草サッカー大会などでの、大量のホームステイに関するノウハウも応用できはしないだろうか。

【日本サッカー協会】
連絡先
財団法人 日本サッカー協会
〒113-8311
東京都文京区サッカー通り(本郷3丁目10番15号)JFAハウス
電話 03-3830-2004(代表)、03-5273-6877
FAX 03-3830-2005、03-5273-6878
メールアドレス
to:web_admin@jfa.or.jp




被災した彼ら彼女らのことを考えるとき、

できる範囲で、
無理のない範囲で、
負担にならない範囲で、

などと言ってはいられない。


サッカーをしたことのない子、そして女の子であっても、声を出して、走り回って、ボールを蹴る、そういう夏休みを過ごす権利があるはずだ。


壊れ物を扱うようなお客さん扱いなんてしなくていい。
朝起きて、ご飯食べて、サッカーして、テレビ見て、ゲームして、風呂入って寝る。
笑って、怒って、ケンカして、泣いて、ご飯食べて、クソして、寝る。
それができるだけで、子供たちの夏休みとしては満点なのだから。

狭くて、ゴチャゴチャしてて、気むずかしい兄弟がたくさんいて、いっつもみんな怒鳴ってばっかり、雑魚寝、そういう中の方が、きっとぐっすり眠れる。

被災を経験した子供たちに、これからだって楽しいことはあるよ、新しい友達もできるよ、出会いだって、出来事だって、無限にあるんだってことを実感させてあげる力添えをしたい。

ふだんなら、こういう事は、やりたい人がやればいいのかもしれない。
もし、本音のどこかでは正直かなりの負担で面倒くさいと思っていても何かしなければいけない時があるとしたら、この1年間がまさにその時なのではないだろうか。
ふつうの自分なら絶対にしない、どう考えても無理、準備不足で強引過ぎる、そういうことであっても、でも被災1年目の今年の夏休み、頼る親戚や行くあてのない子供たちのことを考えると、やらなければいけないことがいくつもあるように感じている。

被災地から来た子が、「こっちの夏は暑いなあ」なんて言いながらスポーツドリンクをぐびぐび飲んで、またすぐボールを追いかけて汗だくになる、そんな夏にしてあげられるのは、被災しなかった地域の大人たちだけだ。

そして今年2011年のクリスマス、
サンタさんにサッカーボールをお願いする子がひとりでも増えてくれたら、
と私は願う。



何かあるはず。
何かできるはず。

家がなくなったからサンタ・クロースが来ないかもしれないと心配してる子が、日本の同じ空の下にいる。
サンタクロースにお願いしたいのは「おうちとママ」だという子が、いま同じ時間の中で同じ空気を吸って確かに生きている。
腹を空かせて。
夜も眠れず。
寒さに震えている。

すべてはテレビの向こう側の話ではない。
テレビから流れてくるのは、放送コードで許されるフィルター越しの「災害地の風景」だけだ。
子供たちの現実は、そのフィルターを通り抜けることができないでいる。



南極探検での遭難から奇跡の全員生還を果たしたエンデュアランス号の艦長アーネスト・シャクルトン卿が、1914年にロンドンの小さな新聞の片隅に出したとされる世界的にも有名な 「 南極探検隊員募集広告 」 の冒頭部。

「求む男子。 至難の旅。 僅かな報酬。 極寒。 暗黒の長い日々。 絶えざる危険。 生還の保証なし。 ただし、成功の暁には名誉と賞賛を得る。(MEN WANTED for Hazardous Journey. Small wages, bitter cold, long months of complete darkness, constant danger, safe return doubtful. Honor and recognition in case of success --- Ernest Shackleton. )」

『エンデュアランス号漂流』アルフレッド・ランシング著 新潮社 1998年 (2200円)、もしくは新潮文庫 2001年 781円(税別)



あしなが育英会
http://www.ashinaga.org/

あしなが育英会
東日本大地震・津波遺児への募金
「みなさまからのご寄付は、東日本大地震・津波でかけがえのない親を失った子どもたちへの『特別一時金』の支給などや心のケア活動のために大切に使わせていただきます。」
インターネットからクレジットカードを利用してご寄付いただく場合、MUFGカード、DCカード、UFJカード、ニコスカード、VISA、MASTER、JCB、AMEXのマークのついているカードがご利用いただけます。
https://ashinaga.donation.fm/index2.html



日本丸は大氷山に座礁して半壊状態にある。
このままタイタニックの運命を辿るのか、エンデュアランス号のように全員生還するのか、それは乗組員一人一人にかかっている。

自粛しているつもりはない。
でもこのままじゃあ、何も楽しめない。
艦長と副艦長が先頭に立って「この座礁は俺のせいじゃない。危機的な状況ではありますが、ただちにすぐに沈むという心配はない、と専門家は言っています。でも念のために避難してください。そして汚染されているかも知れない可能性のある物は念のため食べないでください。飲まないでください。でもって近いうちに大幅増税します」と艦内放送で繰り返しているのだから、とても普段通りの気分にはなれない。
せめて、お金を使ったらそれが被災地と被災者の支援へつながる仕組みを整えて欲しい。
消費税や酒税、自動車重量税、を時限的に復興税へしてしまうとか(予算を組み替える努力なしに、安易な増税でまかなおうとするのは大反対。家族の誰かが大事故に遭った場合とか大病を患った場合を考えれば、家計の予算計画がそのままって訳にはいかない)。
そうしてもらえれば、消費にも積極的になれる。

でも、このままじゃあ、楽しむことが後ろめたい。
それを「自粛は悪」で片づけないで欲しい。


がんばろう日本!


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↑東京 03-1234-****の場合
※頭のゼロはすでに入力されているので、ゼロ以降の番号(9ケタ)を入力

2.[From] : 送信元情報の入力
例)
Name : **** ****(空欄可)
Company : 入力しなくてもよい。
Email :(※Emailは入力必須)

3.[Fax Message] : 送信するファイルを選択。
例)
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※テキストやワードファイルは文字化けするので、PDFに変換する。

Enter text message:
特に入力する必要はなし。

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基本的に入力する必要はなし。

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※完全匿名で送信できます。

**********どうしても送信できない場合**********
MyFax freeは無料のサービスなので、迅速・確実に利用できるものではないようです。
認証メールの到着が遅れることも多々あるようです。
送信先のFAX番号、メールアドレス、送信ファイルさえきちんと指定できていれば、
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別の議員のFAX番号で試したり、メールアドレスを変えてみるなど、試行錯誤してやってみてください。

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▼FAX番号・頭のゼロは省略、9ケタの番号を入力。
テキストやワードファイルを添付すると、日本語が文字化けするので、必ずPDFか画像ファイルに変換する。
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※ 引用参考サイト
正論ジャーナリズム

2011年4月1日金曜日

BSフジLIVE プライムニュース

原子力発電プラントを国家を支える基幹産業にしようと目論んでいるおフランスとアメ~リカが、世界に反原発モードが広まることを阻止しようと福島原発にやたら積極的にお手伝いに参上していることをすかしっ屁しながら「トラブルの原因を巨大津波のせいにしようとしてるけど、データはしっかり、地震の後津波の前に発生したことを記録してるらしいから厳しいねえ。これから原発を新設しようって地域で、地震も津波も心配がないってとこがどれくらいあるかなあ」などとビール片手にザッピングしていたら、津波についてしれっとあんぽんたんなことをほざいている政治家と専門家(防災)がいたので、私はこうだと思うんですけどねえというところをさくっと書いてみる(もちろん私もあんぽんたんです。はい)。

【やっていた番組】
BSフジLIVE プライムニュース
月~金 午後8時~9時55分
一つのテーマを二時間徹底議論!問題の解決策を見つけ出し、提言する。
【キャスター】
月曜~金曜日担当
反町理(フジテレビ政治部長)
月曜~木曜日担当
八木亜希子
金曜日担当
島田彩夏(フジテレビアナウンサー)

3月31日(木)
実際に被災地を訪れ、その実情を目の当たりにしてきた岩手県出身、平野達男内閣府副大臣と、防災システム研究所の山村武彦所長をゲストに迎え「今、本当に求められている支援」を考える。
【ゲスト】
平野達男 内閣府副大臣
山村武彦 防災システム研究所所長

番組すべてを見たわけではないので、私が誤解している部分もあるかもしれないことをはじめにお断りした上で、平野山村両氏の防潮堤についての見解は以下のようなものでした。
(1)防潮堤よりはるかに高い津波であっても、防潮堤があったおかげで、津波の威力は小さくなったはず。
(2)破壊された防潮堤も、第1波には効いたはず。
(3)防潮堤があったことで避難が遅れたという意見は的はずれ。そもそも防潮堤は避難の時間を稼ぐのが目的なのだから。
(4)引き波の際、防潮堤にひっかかったおかげでがれきが湾へ出なかった。もし防潮堤がなければ、捜索は難航していただろう。



う~ん、どうなんですかねえ。私はこんな風にも思うんですけど。

(1)について。
水深15メートル20メートルっていう大きな川の途中に、高さ10メートル弱の壁(岩でもいいです)を沈めたと想像してみてください。想像しにくければ、深さ1メートルの水路に50センチのコンクリートブロックを沈めた、でもいいです。
渓流釣りをしている人なら直感的にわかってもらえると思いますが、確かにその壁なりブロックなりのすぐ後方は、水流が弱まります(そうした水流の弱いところに魚は潜んでいるのです)。
でも、川の流れはすぐ元通りになってしまいます。石に当たった水流が、そのままずうっと減速したままということはありません(当たり前ですよね)。
今回のような巨大津波の場合も同じことです。
確かに防潮堤のすぐ後ろでは、多少水流は弱まったでしょう。
でも、そのことにいかほどの意味があるのでしょう?

(2)について。
「効いたはず」、とはどう「効いた」というのでしょう?
津波というのは、大波とは根本的に異なります。
寄せては返す「ふつうの波」とはまったく違い、相当の時間、ずうっと寄せたっきり状態になるのが津波です。
ましてや今回のような巨大津波は、それまで陸地だったところが瞬時に水深10メートル20メートルの海底に変貌します。
徐々に徐々に水嵩(みずかさ)が増していくのではないんです。
こんな状況で、「第1波には効いた」も何もないでしょう。

(3)について。
防潮堤の位置にまでこの津波が来たら、避難の時間稼ぎなんかできません。

(4)について。
ホースで水を遠くに飛ばすには、ホースの口をすぼめますよね。
バケツの底をすべて取ってしまうのと、小さな穴を一つあけるのとでは、どっちの方が早く空になりますか? また排出される水の勢いが強いのはどちらでしょう?
大勢の人が出口に殺到して大きな事故になったというような事例に聞き覚えはありませんか?
引き波に関して言うなら、もし防潮堤がなかったならば、水の引きはもっと早かっただろうし、がれきが勢いよく集中するなどということもなかったと私は考えます。水の引きが早ければ、もしかしたら息継ぎが間に合った人もいたかもしれないし、引き波の勢いがもう少し弱ければ漂流物につかまって助かった人もいたかもしれません。
防潮堤にがれきが大量にひっかかっているということは、そこに吸い寄せられてパックされている(プレスされている)ともいえるわけです。圧縮されたそこにはすき間、スペースがありません。漂流物につかまって何とか頑張っていたとしても、もしそんな状況になればひとたまりもないでしょう。

【私の結論】
津波に対しては、津波が来る前に、津波が届かないところまで避難できるかが分かれ目であって、そのためには海を隠してしまうような従来タイプの防潮堤はマイナス面が大きいと思います。
それにどんなに立派な防潮堤を築いても、港に船がある限り、それらが激突してくるクラスの津波には耐えられません。

「防災」とは、字のごとく「災いを防ぐ」ことです。
しかし人類は天災を防ぐことはできません。地震も噴火も台風も異常気象も、そして津波も、我々にはどうすることもできません。それくらい自然のスケールは大きいんですから、人間の頭でパーフェクトな想定なんてできるわけがありません。
とするなら、そうした天災のあとに訪れる混乱こそが、私たち人類が防ぐべき災いなのではないでしょうか。
私はそうだと確信しているので、これからの津波防災は、津波を止めるという思考回路から抜け出して、いかに再建するのか先手を打つような発想に転換すべきだと思いますが、いかがでしょうか。



おわり

2011年3月31日木曜日

次の30年後のために

まんが日本昔ばなし 「みちびき地蔵」


津波史に学ぶ失敗学 「失敗は伝わらない」


徳島県の津波教育教材



それでも私は、ただ怖がるよりも、ではどうするのかを追求したい。

2011年3月30日水曜日

海上での津波映像

2011年 平成23年 3月11日
15:47-15:57
福島県相馬市沖 約5キロ
宮城海上保安部
巡視船「まつしま」より撮影した津波


0305 陸に当たって跳ね返ってきた第一波の引き波が、船を後方から追い越していく時の速度がすごい。後続波とぶつかることで、相殺された上でのあの速度で沖5キロ地点まで戻ってくるというのだから、その衝撃力たるや想像を絶している。
これらの津波の先で何が起きたかの一端を知っているだけに、言いようのない恐ろしさを覚える。

2011年3月29日火曜日

テレビでは伝わらないこと。


気仙沼市

どんな堤防を築いたとしても、これを抑え込むことなんてできっこない。
高台から海の見える位置にいた人以外は、何が起きたのかを把握することさえできなかったのではないだろうか。
逃げ遅れたとかそういうことじゃなく、その時、たまたま逃げ切れる位置にいたかどうか、それだけが分かれ目だった。
そう思える。

テレビも、壊れたあとの街を伝えるばかりではなく、
生きていた街が壊れていく姿を伝えるべきだ。

そうすることで、被災地が遺跡などではなくて、
まだ生きている街なのだと実感できるのだから。
瀕死(ひんし)の状態ではあるけど──

被災者の支援と復興への協力は、生き残った日本人すべての義務だ。そう確信させられる映像だと私は思う。

2011年3月28日月曜日

次は西日本大震災

【次に西日本大地震が起こるのは確実だ】

いずれ起きるだろうと言われていても、明日明後日に起きることはないだろう、と漠然と考えていた巨大地震と巨大津波が起こってしまった以上、次は西日本大地震が起きる、と考えるしかない。他に選択肢はない。起きないかもしれない、という選択肢は消滅したのだ。その現実から目を逸らさずに、従来の防災対策を根本から立て直さなければならない。

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東南海・南海地震(紀伊半島・四国沖地震)

東南海(とうなんかい)・南海(なんかい)地震が30年以内に発生する確率は約40~50%と言われている。

東海・南海・東南海連動型地震(駿河・紀伊・四国沖地震)
東海地震、南海地震、東南海地震の3つの地震が短期的に、或いは同時発生するという超巨大地震。約300年前の宝永地震(1707年10月28日)では東海、近畿、中部、南部、四国、信濃、甲斐、北陸、山陽、山陰、九州で倒壊家屋が出るという凄まじい被災範囲を持った災害。
広範囲で4~5mの津波が太平洋沿岸で観測され、最大では高さ30mに
建物全壊50万棟以上、死者数2~30,000人、経済被害は53~81兆円という被害想定もなされている。
------------------------------------------------
これらの被害予測は、根本からの洗い直しが急務となるだろう。
東日本大震災(東北関東大地震・東北地方太平洋沖地震)が太平洋プレートと北米プレートの接線で発生した以上、それぞれに隣接するユーラシアプレートとフィリピン海プレートにも変動が生じないとは言い切れない。枝野官房長官流に言うならば「ただちに地震が発生するというわけではないが──」といったところだろうか。

「これを機に、東京への一極集中を改めて、首都機能のバックアップを大阪に造ろう!」という発想はもはや過去のものとなった。
なぜなら3月11日以後、私たちは「30年以内には確実に西日本大震災が起きる」という前提に立った上で、すべての発想を構築しなければならなくなったからだ。

大前提が、「かもしれない」ではなく、「確実に起きる」となることは、政策決定の過程を根本的に変えてしまう。
市民生活にかかわる部分を考えても、海岸線に近い土地へ資産価値の高い構造物を設置することは、いずれそれらすべてを失うことを意味することになるので、不動産の価値も大きく低下することになる。

将来の大震災リスクでいえば、もう起きてしまった東日本とまだ起きていない西日本とでは、上でも書いたように、後者の方が間違いなく高いので(少なくとも今回起きた規模の地震が、再び同じ場所で起きるためには、百年以上の間隔が必要となる)、東京から西日本への移動というモーメント(グイッと回す力、動かす力)よりも、東京から海外へというモーメントの方が強まると私は考えている。

それよりも経済への大きな影響として私の頭から消えないのは、不動産神話の崩壊が加速度的に進むのではないかという危惧だ。液状化した浦安地区が良い例だが、かつて“ウォーターフロント”と称された海辺の埋め立て地の不動産評価は、今後どうなってしまうのだろう? 小学校社会科の時間に「太平洋岸ベルト地帯」と習った地区は、海抜0メートルに近い地区でもある。今回と同等の津波が襲ってくれば、まったく抵抗する術(すべ)を持たない地区だ。壊滅はまぬがれない。地下街の被災状況などは、予測することさえ恐ろしいくらいだ。

首都機能をどこかに移転し、そこを万一のバックアップにした東京との二元体制──にはならない。
バックアップとするには、同じ物を複数用意しなければならないのだが、財政が極端に厳しい日本で(それも今後はますます逼迫(ひっぱく)してくる)、そんな余裕など生まれっこない。

政治は東京で、経済は大阪、という分業制にすれば──ともならない。
政治と経済はもはや不可分であって、その傾向はすでに「政経一体」といって良いくらいで、切り離すことなどできない。
歴史的にも、京都が都であった時代には、関西圏が経済でも中心となっていた。
現在の、ますますスピードが求められる経済環境の中で、政経の分離をさせるには中国共産党のように、すべてを超越した圧倒的な制限をかけて、強引に成り立たせるしかない。そこでは当然、平等や公平といった近代法治社会の常識は通用しない。そんなことが日本で許されるとは思えないので、日本ではこれからも政治と経済は子猫が遊んだ毛糸玉のごとくに絡み続けるしかないのだ。

【東京の魅力は一極集中のみ】

日本が重要だったから東京が重要だったのではなく、すべてが集まっていることが便利だったので東京に魅力があったという上での、東京の重要さだったのだ。そこをはき違えてはいけない。

あらゆる面で、かつて東京はアジアのハブだった。

原発リスクによって東京を離れる企業や人は確実に増えるだろう。それは賃料の低下と、空室率の上昇につながる。このことによって、東京近郊や東海、関西、九州にあった企業や人も、東京への進出が可能となる。東京の国際的な地位は落ちるが、国内的な地位はますます上がることになるだろう(またそれは同時に、日本の有力企業のグローバル化を推し進めることにもなる)。
もちろんこの流れに最も強烈に押し流されるのは、東北の企業と人だ。東京の不動産・ビル関係の業界も、東北への営業を強化するだろうし、復興支援での人と物の往来が東京進出への垣根を低くもするからだ。

その結果、仙台という街の性質が、「東北の中心都市」から「東北の終点」に変貌する可能性だって相当ある、と私は考える。終着点となった街が栄えたためしはない。

【東北に上海を】

悲しいかな、もはや日本には、壊れてしまった東北をすべて元通りに治す(修復する)財力はない。大規模埋め立てに適した場所のない、リアス式海岸地域では、がれきの撤去すらままならないだろう。
このまま行けば、なし崩し的に、以前あった街の劣化バージョンが再建される。そして東北の経済は、塩害に悩むであろう農業、無限の海底沈殿物に苦しまざるをえない漁業といった一次産業から、人も設備も失った二次三次にいたるまで、急速にしぼんでしまうことになる。よって働ける世代は、仕事を求め、否応なく地元を離れることになる。

小さな漁港が連なる、自然豊かな三陸地域の再建は、これから100年かけて成し遂げられるかどうか、というくらいの壮大な目標となったと私は断言する。というか、人も金も自然もすべてなくなってしまった状況でそれは不可能だ。一時的な復興需要で多少の延命ができたとしても、それは“次の仕事”を生まない“終わればそれまでの仕事”に過ぎず、結局若者たちは土地から離れていくしかないからだ。

しかし、私に見えている数年後の三陸地方は光り輝き、活気に満ちあふれている。

ただしそこに、優しい笑顔と民話や自然が染みこんだ『いい意味での田舎』はもうない。

数え切れないほどの巨大船が行き来する太平洋とアジア・ロシアを結ぶハブ港と、貨物機が離発着するハブ空港と、コンテナを満載したトレーラーが直接入れる高速道路と、沖縄から移転してきた米軍基地と、世界中からやってきた移民労働者と、犯罪と、環境汚染と、騒音と、ゴミのあふれる、マラリア蚊のいない上海でありドバイだ。

家に鍵をかけないで出かけても、なんの問題もなかった『田舎』は、殺人、レイプ、強盗が日常となる地域となるだろう。

私は決してこんな風になって欲しいわけではない。
遠野物語や、関口知宏の鉄道旅に出て来たような東北が好きだし、憧れてもいる。

でも、でも……仕方がないのだ。
被災した土地の大部分(実質的な資産価値を失った土地)は、国が買い上げる、もしくは半ば強制的に代替地へ等価交換するしかないだろう。

そうして地上げた空間を、すべて防災公園にできるだけの余裕は、現在の日本にない。

アジアの中で経済的優位性を失った現況、袋小路に陥っている沖縄の基地問題、進行した少子高齢化、そして東北の復興(復旧ではない)、これらを考えたとき、用地と口実を得た政権・政府が「平成ニューディール」を選択しない訳がないのだ。他人の金ででかいことをしたいのが、政治家という人種だからだ(「仕分け」なんかやって喜べるという資質の持ち主は、本来なら市民オンブズマン的な職業の方が適している)。

多くの、という言葉では言い表せないほどの、無限の尊い犠牲を、私たち日本人は無駄にしてはならない。
すべてを無為に浪費してはいけない。

岬の先の先まで開発しつくし、絶海の孤島であっても権利権利規制規制でがんじがらめになっていて、何をするにも時間と手間に忙殺されるのが当たり前だと思っていた平成の日本に、忽然と広大なスペースが現れた。
それは神からのプレゼントなどでは決してなく、無念と苦痛と涙と血が染みこんだ、延々とつながる過去から未来への、奥歯がくだけんばかりの力で握りしめた“石のこぶし”のような『現実』なのだ。

私たちはそれを、ただ無駄にしない程度では許されない。
亡くなった方たちも、失われた資産も自然も文化も歴史も思い出も、そして未来の日本人も、決してそんなことは許さない。
私たちはそれを“生かさなければならない”“歴史的な意味での新しい生命を誕生させなければならない”そういう使命を負ったのだ。

これからの選挙での一票は、それがどんな選挙であっても血の一滴だ。
もう二度と投票できなくなってしまった犠牲者の想いを胸に、その候補が命がけでその職務のために尽くしてくれるのか。他のすべてを犠牲にしてまで、政治家という権利を得たいと望んでいるのか。それを見極めて一票を投じようと、私は心に決めた。
掲げる政策を考慮する、などという愚かで傲慢な態度はもう改める。
どうせ実現するつもりなんてない政策に惑わされるのはもうやめる。
知名度を信用と混同したりなんてもうしない。

自分の投じた一票については、己の血で償うくらいの覚悟で、次の選挙からは臨(のぞ)んでみようと思っている。


終わり

【追伸】

「街は生きている」

この事が悪い方へ働かないことを、心から願う。
被災地であっても、その周辺には被害のほとんどないような人々もいる。
その人たちが経済活動を始めると、そこには「利権」が生まれ、「利権」は「そのままの形での復旧」を求めるようになる。
それが各被災地域で散発的に起き、まだら模様に「生きている街」が蘇ると、それはかつての大宮駅西口バラックや、複雑な権利関係や、立ち退き交渉と補償問題といった、「いつか来た道」を繰り返すことにもなる。
人がいなくなった被災地では、そこに残って経済活動を始めた人や集団の発言権が、威圧的なまでに大きくなる。
どんなに優れた人材であっても、「お前は一度街を捨てたじゃないか」とか「街が一番苦しかったとき、お前はどこで何をしてたんだ」「あとから来て何を言ってるんだ」「この街を再建したのは俺たちだ」などという圧力に対抗するだけの説得力を持つことは、感情を持つ動物である人間の集団社会ではまず無理だ。先の戦争でも、空襲などの戦災で居住していた家族全員が亡くなり、後々正当な権利者である親族がその土地や権利を確認したらすでに知らない誰かがそれらを乗っ取っていて、抗議しようとしても街はみんなその乗っ取った側の味方ばかりだった、というような事例がいくつもあった。

こういう混乱にまぎれて占拠した土地を合法的に所有するためには、10年もしくは20年の時効取得を画策することになることもあって、再開発などはますます進まなくなる。理由が正当な理屈ではないから、どう説得しても交渉は決裂必至で、結局は土地代以上の金銭によって明け渡してもらう他なくなる。もしそんなことにでもなったら、まさに暗黒の昭和史よ再び、だ。まあ今回の被災地域には、長年地元のに居住してきた血縁関係の濃いちゃんとした地域住民がほとんどだろうから、終戦後のようなことにはならないだろうが、可能性はゼロではない(by 官房長官)。

「地球は日本の都合を考慮してはくれない」

問題は次から次へと起きてくる。
時間は一時も止まってはくれない。
街が生きているのと同じように、世界もまた生きているのだ。
日本政府は、今度もまた頼りにはならないだろう。
自分にとっては自分の病が最重要であっても、自分以外にとっては他人の病は他人の病でしかないように、被災の深刻さは被災者当人にしかわからないし、それは被災者個々によってもそれぞれだ。
緊急時の今は力を合わせることができていても、余裕が出てくればそこにエゴも顔を出してくる。

中東情勢が厳しくなり本格的な戦争となった時、石油の供給を中東に頼り、今回の被災でも米軍及び世界の助けを借りた日本が、これまでと同じ対応でいられるとは、私には到底思えない。

「お前、“トモダチ”のはずだよな?」
そう問われたとき、日本は
「いや、お前らとは友達じゃない」
とは言えないだろう。

自衛隊への負担、財政面での負担、政府の機能、政権の能力、国民の関心、物資の振り分け、これらを考え、中東民主革命戦争と東日本大震災とを天秤にかけた時、より重きを置かれるのは果たしてどちらなのか。
私には、日本政府が前者を選択するように思われて仕方がない。
そうならないためにも、中東情勢はどうにか落ちついて欲しいし、中国経済もあと数年はがんばって欲しいと、心から切に願っている。

難問山積してる状況で、トップとその補佐役が、組織経営能力も決断実行経験も共に乏しい市民運動家と活動家系弁護士のコンビ(あるいはトリオ)というのは、運がないとしか言いようがない。
確かに彼らはお金にはクリーンだったのかもしれない(まあ直近の報道ではそうでもなさそうな感じではあるが)。しかし、そんな理由で医者を選び、彼らにメスを持たせて腹を切らせる患者がいるだろうか?
最終的に報いを受けるのは、手術を受ける自分なのだということを、私は麻酔の覚めつつある激痛と共に思い知らされる患者のような心境の中に、今いるのである。



2011年3月27日日曜日

津波には勝てない。

【津波とケンカしても勝てない】

防波堤・防潮堤が有効なのは小規模津波にだけであって、本当に防ぎたいはずの大津波に対して、防潮堤はかえって被害を大きくするということが明らかになった。

防潮堤があったがために避難が遅れた人は多かったし、また防潮堤の門を閉めるために動員されて被災した青年団の人たちも大勢いた。もっとも良くなかったのは、引き波に対して防潮堤が堰のような働きをしてしまい、水の勢いが止まって滞留し、防潮堤を越えた地域の水位を過剰に高める悪循環に陥ってしまったことだ。
もし防潮堤がなければ、津波の到達範囲は広くなっただろうが、中心部分の水位ははるかに低くなっていたはずだ。そうした条件下であったなら、今回でも鉄筋3階以上に避難した人たちの多くは助かっていたかもしれない。

防潮堤の良くないところはまだある。

それは街作りへの影響だ。

防潮堤があると、道路や工場などが防潮堤に沿うような形で設置されがちになる。
檻があると猛獣のすぐそばまで近づいてしまうのと同じ理屈で、何かのはずみで檻が壊れた時には逃げ切れなくなってしまう。

最後に、これはある意味で仕方のないことでもあるのだが、堤防があると深いまま(水量を保ったまま、勢いも維持される)街のすぐそばまで津波が来れてしまうという、構造上の問題だ。


港湾壁や堤防壁は、水面に対してほぼ垂直に切り立っている。

ここへ大量の水が一気に押し寄せると、水量の持つエネルギーが保持されたまま、街へ激突することになる。

同じ高度からの同じバケツ一杯の水であっても、広く撒(ま)くように流した場合と、一度に真上から落とした場合とでは破壊力が違うように、段々と浅くなっていくという本来の海岸線や河川敷の構造と、垂直に切り立った枠にはめ込んだ人工的な構造とでは、やはり対自然となった時の応用力が違うということなのだろう。




構造上の問題はまだある。

向かってくる物に対してそれを正面から跳ね返そうと設計してあるので、その設計意図通りに「外側から」の力には強いが、逆に「内側から」の力には脆(もろ)くなってしまうのだ。



今回も、想像するに、海側から襲ってきた津波には何とか耐えたかもしれない防潮堤・防波堤も、その想定水位を超えて壁を乗りこえられ、陸地側に大量にたまってしまった海水からの力には耐えられなかったに違いない。堤防が決壊すれば、ただでさえ強力な「引き波」の力が自然本来のものの何倍にも増幅されてしまう。ザザザザーと引いていくのが自然の引き波であるのに、その引き波をため込むだけため込んだあげく、まるで鉄砲水か土石流のように解放するのだから、その破壊力たるやどんな科学者であっても事前には想定できない、強烈なものとなっただろうと、私は推察している。

防御壁的な発想での津波対策はもはや過去のもの。終わったのだ。

2011年3月25日金曜日

北国へ春よ早くと我思う

決定的な事実があります。
それは、霞ヶ関の役人も永田町の議員も丸の内三菱村の村民も村長もお茶の水から丸の内に移転した日立製作所の社員も芝浦の東芝本社の社員も、さらに天皇皇后両陛下も皇太子皇太子妃殿下も皇室の皆々様も、みなさん東京にいらっしゃったままだということです。

東京は大丈夫です。


また、昨夕には意外なニュースも報じられました。

被曝の作業員、水に浮いた汚染物質が足の皮膚に付着か
2011年3月24日 朝日新聞
 東京電力福島第一原子力発電所で24日、復旧作業に当たる作業員3人が被曝(ひばく)し、うち2人が病院に運ばれた。東電は2人が足の皮膚に被曝によるやけどを負った可能性も否定できないとしている。
 吐き気など、全身に大量被曝した際に起きる急性放射線障害の症状はないが、水に漬かった部分には、局所的に高い線量の放射線を浴びる「局所被曝」が起きた可能性がある。これは、放射性物質に直接触れた場合などに起こる。
 東電は、水に浮いた汚染物質が足の皮膚に付着し、その部分に被曝で起こる「ベータ線熱傷」が起きた可能性も否定できないとしている。
 ベータ線は放射線の一種。紙などを突き抜けるが、アルミなどの薄い金属板は透過しない。浴びた線量にもよるが、ベータ線熱傷では1~2日後に皮膚が赤く腫れ、1~2週間後にやけどのような症状が出てくることが多いとされる。


ということらしいのです。
被曝された作業員の方々には、一日も早いご回復をお祈りします。

さて、この報道を知って私が意外に思ったことは、発電所内の放射線量がそれほどでもないのかな、ということなのです。
同じ記事の中にはこういう記述もありました。

 経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官は24日の会見で、原発内に放射線量の高い場所が散見されるとし、「これからの作業は放射線量との闘い」と述べた。

ということは、今回事故に遭われた作業員の方々がいらした場所は「放射線量の高い場所」のひとつだったのではないか、と想像されるのです。
もしそうであるならば、発電所内の放射線量は私が考えていた状態よりも低いことになります。
この推測が正しいのであれば、燃料棒の損傷は非常に軽微であることになるし、炉の損傷もほとんどない可能性がそう低くはない確率で期待されます。

もちろんリスク管理のことを考えれば、最悪の事態を想定して対処するのがセオリーです。
でももしかすると、ですよ。
最もダメージを受けていたのは、水温計水量計と配管のつなぎ目部分だった、などという結末もあるえるように、私には思えます。
絵空事にしても、このまま「原子炉崩壊! 日本終了!」となるよりは、現実味があると私には思えるのです。

政府、経産省・保安院、東電、そしてマスコミは、「万が一」の「最悪の事態」を想定して、いろいろと動いているはずです。
それは裏を返せば、現在多くの国民が恐れているような事態は「万が一」にも起き得ないという証でもあるのです。
しかしそれでも責任ある立場の人は「絶対に起きない」とは口が裂けても言えないわけですから、「退避勧告」であったり「出荷制限」をかけたりしているのだろうと私は思うのです。

だってもし、本当にそんなことになる危険が高いのなら、いくら必要であっても東北道一般車両含め全面通行可なんてさせないだろうし、皇室の皆様も避難させるだろうし、成田の飛行禁止命令も出るだろうし、政府ももっとパニクってるはずだと思うんです。だってだって、尖閣諸島であのドタバタ醜態を晒した人たちのほとんどそのまんまなんですよ、官邸の皆々さんは。

こっそりきっちりいろいろ測定してるはずの米軍が、原発より被災者支援の方へ重きを置いてくれている現実から見ても、緊急性がどちらにあるのかは明白だと私には思えます。



いま水道水を飲むと、あるいはほうれん草を食べると、10年後20年後30年後にガンになる、みたいなことを言っている人がいますけど、それってつまり、今の原発の騒ぎは無事に終息して、その後10年20年30年と平穏無事に健康な生活を送れるんだって言ってるのと同じことなんですよね。

この矛盾に気づいて欲しいなあ。



早く、春よ来い。

2011年3月23日水曜日

力が欲しい




津波、三陸海岸で15m超す…国内最大級か
読売新聞 3月18日(金)
 東日本巨大地震で太平洋沿岸部を襲った津波の高さは、三陸海岸で15メートル以上になっていたことが港湾空港技術研究所の現地調査などでわかった。
 上陸した津波は山をせり上がり、海面から20メートル以上の高さに達したとみられる。

大船渡の津波23・6メートル 昭和三陸地震に匹敵
2011/03/23 【共同通信】
 東日本大震災の津波の高さが、岩手県大船渡市で23・6メートルに達していたことが23日、港湾空港技術研究所(神奈川県横須賀市)などの現地調査で分かった。
 大船渡市の綾里で23・6メートルのほか▽宮城県女川町14・8メートル▽岩手県久慈市13・4メートル▽岩手県釜石市9・0メートル▽青森県八戸市8・4メートル―に達したと判定した。



木造2階家屋の屋根の高さ 約8メートル
電柱の平均的な地上部高 約12メートル

目線を上げるのが怖い。
どうしてもそこに水面を想像してしまうから。
そしてぼくが立っているそこは海の底で
まわりはどこまでもどこまでも
黒くて臭い泥水しかないんだ。


東日本大震災:津波が奪った夢 生存確認、児童の2割--石巻の大川小 /宮城
毎日新聞 3月21日(月)
 希望の日々のすべてを、津波は一瞬で奪い去った。石巻市の市立大川小学校は18日現在、全児童108人のうち、24人しか生存が確認されていない。
 北上川が太平洋に注ぐ河口付近。津波は川を逆流して約6キロ先の小学校を襲った。
 地震が起きたのは、下校のバスが出る30分ほど前。心配して車で迎えに来た保護者もいたため、児童を校庭に集めて点呼していた。そこにいた大半の児童と教職員合わせて数十人が波にさらわれた。急いだのだろう、遺体でみつかった子どもたちの多くは上履きのままだった。水は2階建て校舎の屋根がわずかに見えるほどの高さまで達した。
 地震2日後の13日、消防団員と校庭にたまった泥を必死にかき分けると、4人の子どもが身を寄せるようにして息絶えていた。
 教職員も13人のうち無事だったのは校長を含め3人だけ。卒業式を目前にした6年生は5人の生存しか確認されていない。


秋ヶ瀬橋から浦和駅までの直線距離 約5.2キロメートル
羽根倉橋から北浦和駅までの直線距離 約5.5キロメートル
治水橋から大宮駅までの直線距離 約5.5キロメートル
開平橋から上尾駅までの直線距離 約5キロメートル
太郎右衛門橋から桶川駅までの直線距離 約4.5キロメートル
荒井橋から北本駅までの直線距離 約3.3キロメートル
御成橋から鴻巣駅までの直線距離 約1.2キロメートル





……