2011年4月12日火曜日

冷静に、したたかに。

もしも、

福島第1原発を廃炉にして、コンクリートの「石棺」で覆ってしまったら、

その姿は「FUKUSHIMA」のモニュメントとして世界史に刻まれることになるでしょう。

もう二度とその土地で暮らすことはできないし、福島の名が付く農産物も海産物も、市場価値がなくなるだろうし、訪れる観光客もいなくなるでしょう。

科学的に安全という結論が得られる可能性は大いにあるのだから、考えるべきは『福島のすみやかな復興のためにはどうするべきか』であって、過剰な反応でも、臭いものにふた的な解決法でもないと私は確信しています。

どうか福島の関係者には、冷静に、したたかに、頭を働かせてほしいのです。

たとえそれが、

時には残酷に、時には冷酷に思われたとしても、です。



こうなってしまった以上、福島の復活のためには「福島の原発は安全です」と世界中に認識させるしかないのだということに、早く気付いてほしいと私は思っています。

たとえそれが、

感情的には苦渋の決断であったとしても、

それしか……道はないと思います。



最悪なのは、チェルノブイリの石棺の横に、FUKUSHIMAの石棺の映像が常に並べられるような「常識」ができあがってしまうことです。

それは福島が、「チェルノブイリやFUKUSHIMA」として語られる「死の土地」の代名詞となってしまったことを意味しています。

そうなったらもう、手遅れです。

何をしても、もはやどうにもできません。

世界中の教科書に、その写真が載せられてしまうでしょうから。



そうならないためにも、廃炉と石棺は絶対に阻止すべきですし、報道各社にも建て屋の壊れた映像使用をやめさせるべきです。

あの映像を使うのは、決して報道すべき価値があるからではなくて、インパクトがあるから、ただそれだけの理由からです。

インパクトがあるということは、それだけイメージ性が強烈だということ。つまりいつまでも忘れないってこと。

たとえ「石棺」を避けられたとしても、福島=壊れた建て屋の記憶、となったら、どうあがいても「自然豊かな福島県」なんていう「昔の姿」には戻れません。

原爆と聞いたときに長崎よりも“ヒロシマ”の印象が強いのは、あの原爆ドームがあったからだということを、福島の関係者は心に留めておくべきです。

責任逃れしか頭にない政府は、「ただちにではないが、影響が出る可能性がないとは言えない」しか言わないのですから、福島を復興させるには、福島人が自ら体を張るしかありません。危なくないこと、安全であること、美味しいことを、自ら証明するしかないのです。

怖いでしょう。恐ろしいでしょう。でも、それができるのは被害を受けた当事者だけなのです。

加害者側がいくら安全宣言をしたところで、そんなものには何の力も説得力もありません。

たとえ第三者機関が宣言したとしても、外国には通じません。

それくらい今回「FUKUSHIMA」は有名になってしまったです。

このことを、目をそらさずにしっかり見て、真剣に考えましょう。自分たちの頭で。



放射線の影響は確かに怖いです。

でも、それを怖くないとみんなに思ってもらうしか、福島が蘇る道はないのです。

それができるのは、やっぱり、もっとも苦しんでいる当事者だけなのです。

辛くて怖くて理不尽ですけど、

歴史は、それを証明しています。



とにかく今すぐ、東電には福島第一原発という名称を、「福島」という名前の付かない、もっと限定した施設名へと変更させるべきです。そして報道各社には、今後その名称を使用させるように申し入れる。
できれば地名は入れたくないですけど、どうしても入れなければならないのなら、発電所の所在地をピンポイントで、それも省略形にして使用するようにしましょう。聞いたときの語呂を良くすることも大事です。漢字の読めない外国人には、「響き」の良い方が印象に残りますから。その点でも、HIROSHIMAに似ているFUKUSHIMAは悪条件なのです。ですからこの対策は早急に実行へ移さなければなりません。世界中の耳にこびり付いてからでは、それを落とすことができなくなってしまうからです。


魂からの訴えかけを受けたそのとき、多くの人の心に理屈を超越した信頼が生まれると私は確信しています。

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