2010年10月31日日曜日

粗忽者で行こう。

辞書にはこう出てました。

そこつ【粗忽】
(名・形動)
[文]ナリ
[1] 軽はずみなこと。注意や思慮がゆきとどかないこと。また、そのさま。
―な人
[2] 不注意なために起こったあやまち。そそう。
―をわびる
[3] 失礼。無礼。
―ながら、その提灯の紋を見せて下さりませ〔出典: 歌舞伎・助六〕
〔派生〕 ――さ(名)

そして五代目柳家小さんの十八番だったこれ。
『粗忽長屋(そこつながや)』

 浅草境内の仁王門を抜けると人だかりがしていた。中は「行き倒れ」だと言う(猿回しではなかった)。大きな人垣の股ぐらをくぐって最前列に出た。世話役さんがコモの中の倒れた人を見せると、「起きなよ。みんなが見ているから。・・・『生き倒れ』だと思ったら、『死に倒れ』じゃないか」。顔を見ると隣人の熊さんそっくりであった。引き取り手が見つかって良かったと世話役さんは一安心。「私が引き取るより、身より頼りがないので本人を連れてくる。朝出掛けに気分が悪いと言っていたので、本人でしょう。」、「いえ、これは昨夜から倒れていたので、人違いです」。「人違いかどうか、本人を連れてくるので、一番確かな本人に渡してやってもらいたい」。

 長屋に戻って、熊さんに事の次第を告げると、「そんな気がしないよ」、「お前はな、昨日の晩に死んでいるんだよ。夜何をしていた」。「気味の悪い事言うなよ。吉原から酔って浅草寺の境内を抜けたのは知っているが、その後の記憶がない」、「ほれみろ。それが証拠だ!気分が悪くなって浅草寺で倒れて、死んだのも分からず帰ってきたんだよ」。「それでかな~、今朝は気分が悪い」。
 「それで浅草に行くんだよ」、「なんで?」、「じぶんの死骸を引き取りに」、「今更、これが私だなんて、恥ずかしくて言えない」、「当人が行って、当人を引き取るのに何が恥ずかしい。だから俺も付いて行くよ」。「そうかな?」、「早く行かないと、別の人にお前を持って行かれるぞ」。

 「どけどけ。当人が来たんだ」。「また来たよ。違っていただろう」、「当人に聞いたら良く分からないと強情を張っていましたが、話をすると気分が悪いので、そうかも知れないと気が付きました」。世話役さんに挨拶して、熊さんは本人に対面した。「汚い顔だし、顔が長いよ」、「一晩夜露に当たったからだろぅ」、「よ~ぉ、これは俺だ。やい!俺め!なんて浅ましい姿になって。これなら旨いものをもっと食っておけば良かった」。
 二人して本人を担ぎ出そうとして、抱き上げると、「う~~ん、兄貴、分かんなくなっちゃった。抱かれているのは確かに俺なんだが、抱いている俺はいったい誰なんだろう」。


ベタだけど(っていうか、ここからいろいろ派生したからベタになった)、いい話(噺)だと思いません?
きっとこの後、行き倒れになった人と弟分の熊は別人であるとわかるんでしょうね、いくらなんでも。
でもこの二人なら、行き倒れになったこの誰かのことを、手厚く葬ってあげるんだろうなあ、と想像されます。
そしてどういう葬儀にするかでまた一騒動──。
こうして『らくだ』が誕生した、なんてことだったりしたらと想像を広げるのも楽しいです。


『らくだ』

 らくだとあだ名されている乱暴者のところに、同じぐらい乱暴者の兄弟分が尋ねてくる。らくだは前夜フグに当たって死んでいた。
 そこに屑屋が通りかかったので、葬いを出すの費用を得るために家財道具を買い取れという。だけど買い取る物は何もないので 屑屋は「心持ちだけ」とお金を置いて帰ろうとするが、兄弟分はついでに町内の月番のところに行って香典を集めるように言えと言う。屑屋は商売道具の天秤を取りあげられたのでしぶしぶ月番のところに行く。

 月番は「乱暴者のらくだが死んだのだから、めでたい赤飯でも炊くつもりで香典を出してくれと頼んで集めてやろう」と言って香典をくれる。

 今度は家主のところに行って酒の三升と煮しめを貰って来い、もしくれないと言われたら「身寄りのないらくだの死骸のやり場に困っている。かつぎ込んでカンカンノウを踊らせる」と言えと脅される。この言葉を家主にそのまま伝えると、家主は「家賃を何年も入れないくせに、酒なんかとんでもない出せるか・・・・・・」

 屑屋は兄弟分に家主の言葉をそのまま伝えると、兄弟分は怒り屑屋に死骸を背負わせて家主の所に乗り込む。そして屑屋にカンカンノウを唄わせる。驚いた家主は酒と肴を持って行くと約束する。次に八百屋で早桶(棺桶)代わりに四斗樽を家主を脅した同じ方法で借りる。香典や酒肴が届いたので急いで帰ろうとしている屑屋に、兄弟分は酒を飲ませる。

 屑屋はだんだん酒が廻って酔っぱらって酒癖の悪い屑屋は粗暴なり 今度はらくだの兄弟分に逆に脅かす。兄弟分は閉口する。

 らくだを四斗樽に詰めて焼き場へ2人で担いで行くが、途中でつまずいた拍子で樽の底が抜ける。2人は酔っぱらっていてそれも知らずに焼き場まで行く、らくだがいない事を気付きあわてて拾いに戻る。

 丁度道端に酔っぱらいが寝ていたので、らくだと勘違いして桶に詰め込んで焼き場に行く。桶の中の男が目をさまして、
「ここはどこだ?」
「火屋(ひや)だ」
「ヒヤでもいいから もう一杯」



「粗忽者」の例として、こんな人たちが紹介されていました。

 あわて者の人が早く帰ってきたが、何で早く帰って来たか忘れてしまった。思い出そうとしたが思い出せないので、まず風呂に入ってゆっくり考えたが、だめだった。仕方がないので一杯やっていたが思い出せない。ご飯を食べても思い出せない。いっぷく付けてもやはり思い出せないので、布団に潜り込んでしまった。「あ!そうだ、今日は早く寝るんだった」。

 ご主人が「定、ちょっと行ってきてほしんだが」と言うが早く、用件も聞かず表へ飛び出して行った。間もなく帰ってきたので様子を聞くと「何も変わった事はなかったですよ」。
「頼みたい事があった。郵便局に行って欲しかったんだよ」、「それでしたら、今、行った都合があったのに」。

 隣で「かかぁ、出ていけ」と言うのが聞こえたので、仲裁に出掛けた。しかし、独り者だから夫婦喧嘩は出来ない。「かかぁ、と言ったのは赤犬が馬糞をしたので追い払うのに『アカ、出ていけ!』と言った」。「その赤犬から熊の胃が取れたのに残念だ」、「鹿と間違えるな」。──もう、わけがわかりません。


人間、粗忽者でいるくらいが丁度いいんじゃないでしょうかね。


おわり

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