2010年5月4日火曜日

おぞましい権力

あまりにもおぞましく、それを聞いたときに私は激しい怒りを感じずにはいられなかった。
それ、とはある大会の噂である。
噂と書いたのは、あくまで又聞きの情報がもとになっているからであり、それらしい大会が存在していることはグーグルにて確認した。
その噂の大会とは、次のようなものである。

全日本少年サッカー大会が終わった夏休み期間中に、真夏の大阪で、一日に3試合も4試合もさせる日程で数日間にわたり開催される民間主催の大会がある。その参加チーム数は40を優に超えるという。

もしこの通りだとするなら、異常だとしか言いようがない。
夏の大阪の厳しさは、私も多少は知っている。そこで小学生に、連日連戦をさせる意味がどこにあるのだろうか。
まして暮らし慣れた環境ではなく、慣れない土地での合宿形式。
修学旅行や林間学校ならまだ許せる。
あるいは高校生の部活や大学生の体育会合宿というのなら、それもありかもしれない。まあ私に言わせれば、これだってやってることと目的がまったく乖離している、神風陸軍方式なのだが。
しかし少年サッカーでこれをさせるのは、まさに危険そのものであり、単刀直入に言えば、運営している大人も参加させている大人も、狂っているとしか言いようがない。
こんな異常な、狂気の児童虐待が毎年行われているのは日本だけだ。


少年サッカーとは、サッカーをすることが目的のはずだ。
なのになぜ、こんなに危険な環境をわざわざ作り出す必要があるのか、私は頭を抱え込んでしまった。
まったく理解ができない。
レベルの高い少年サッカーとは、子供たちが自分の感じたこと、思ったこと、ひらめいたことを表現し、仲間とコミュニケーションをとり、勝利を目指すボールゲームなはずなのに。
炎天下での朦朧とした意識の中で、ふらふらになりながらすることのどこが、少年サッカーなのか。


少年サッカーを注意してみるようになって以来、私にはずっと消えない疑問があった。
それは、
「なぜこれほど大会が多いのか」
である。


この狂った大会を知り、多少の調査をしたことで、私は今その理由が見えてきたような気がしている。

大会こそが、指導者の仮面を被った権力亡者たちの、力の源泉なのだ。
大会に参加することは、言ってみれば、人事とスケジュールと賞罰を握ることである。
また大会で良い成績を修めることは、自分の権威を高めることそのものである(決して子供たちの権威は高まらない。子供たちはレギュラーから外されるのではないかと、いつもおびえている)。


どんなに大会実績があっても、またどんなに少年サッカー界で顔の広い有名監督・コーチでも、その人は無能であり、少年サッカーの指導者には不適だと言える。
こんな大会に子供たちを参加させていることが、はからずも明白に彼ら彼女らの無能さを証明している。


サッカー選手の育成という面からも、こんな危険な大会はない。
極悪な環境で、疲労が蓄積する中、素人レフェリーの管理する試合をくり返す。
いいプレーをしても、誰も評価してはくれない。なぜなら、同時に開催される試合数が多すぎるからだ。また大人たちにとってその試合の目的は、子供たちのよいプレーを引き出すことではなく、ただただ体力的な限界に子供たちを追い込むこと、そしてその子たちを煽り立て、怒鳴り、現実世界での己のみじめさを忘れ、自分の圧倒的な権力を自己確認したいだけだからだ(たとえそれが見せかけに過ぎないとしても、彼らはそれなしには生きていけなくなってしまっている)。

子供たちはとても頭が良い。
それは大人が考えているよりも、はるかに上をいっている。
子供たちは大人を見透かしている。
従順なふりをしながら、そして限界に耐えているふりをしながら、自分の身を守る術を会得するのだ。
意識的ではない。無意識のうちに。それは防衛本能のなすワザなのだろう。
日本のトッププロとなったJリーガーの中にも大勢、自分の限界値のずっと下でしかプレーできない選手らがいる。
日本以外の国の、高校生年代以上の選手との決定的な違いがそこにある。
日本以外の国の選手、これはヨーロッパや南米に限らず、アフリカでも東南アジアでも、そして北米でもそうなのだが、彼らは自分の限界を知らないかのようにプレーをするのだ。
ルールの範囲内で、限界などは存在しないかのように挑戦する。コンタクトする。
日本の愚かなサッカー関係者は、それを見て「世界は球際が厳しい」などという。
違うのだ。そうではないのだ。
日本の悪魔のようなエゴにとりつかれた、指導者の仮面を被ったおぞましい権力者らによって、もっとも技術的にも知性的にも成長する小学生年代に、過酷な環境での連戦という虐待を繰り返し受けてきた子供たちが、無意識下で身につけた自己防衛手段が、『限界値のはるか下が己の限界かのように判断し、プレーすること』だからなのだ。
子供たちは、自分がそうしていることを知らない。
自分は限界まで闘っていると信じている。苦しんでいる。そうやって無理をさせないことで、深層本能が自分を守っているのだ。

こうして上辺のテクニックは抜群なのに、国際試合では使い物にならないファンタジスタが大量生産される。
(日本人同士なら、同じ症状を持つ選手同士なので、まあそれなりに使えはする)


昼間子供たちを虐待していた腐った大人たちは、夜になるとさらにその醜い素顔をさらけ出しているのだろうことが、容易に想像される。
懇親会とか親睦会と銘打った飲み会で、互いのコネクションを「確認」し、上下関係を「確認」し、権力の強弱を「確認」しているに違いない。
少年サッカー界ではないが、似たような世界のことを、私はよく知っている。


日本のジュニアユースサッカー界には、まともなスカウトがいないのだろう。
まともなスカウトとは、自分の足で、自分の目で、仕事をするスカウトのことだ。
自分の足と目が使えないから、こうした狂気のイベントに参加して、そこでのコネクションに頼って、選手を獲得しようとする。まるで記者クラブそっくり。特ダネを落としたくないから、つまり自分の無能さを、上司にも、同僚にも、同業他社にも、そして自分にも、見透かされたくないから、互助会組織のように徒党を組む。
この狂気の祭典には、Jリーグ関連のジュニアチームも多数参加するらしい。
本当に狂っているとしか言いようがない。
まだ中学生にもなっていない、他人の子供を大勢連れて行って、炎天下の中、強制的に(もちろん病院での手術前同様に、保護者から許諾書は受け取っているだろうが、問題はそういうことではない。少年サッカーは、子供たちの生命を危険にさらすようなことではないのだから)、何度も何度も闘わせる。まるで闘鶏か闘犬のようだ。おぞましい。

その結果、当然のごとく、日本のJリーグ関係のジュニアユースで、新しい発見は見られない。
むかしどこかで聞いたことのある名前が、U-○○の年代を上がるにつれ、エスカレーター式に繰り上がってくるだけだ。Jのトップにたどり着いた頃には、戸籍の年齢欄だけ若いベテラン選手ができあがっている。
(おめでとうございます。年金生活者のようなプレーで、スタジアムを観客のため息で満たしてください)
「打てよー」「そこはパスじゃなくてシュートだろ」「またバックパスかよ」
どうか選手たちを責めないで欲しい。
彼らは、少年サッカー時代から、そういう風に育てられてきた超エリートたちなのですから。



もし私が親であったならば、こんな虐待に自分の子供を参加はさせない。他人の子供であっても、参加させるべきではないと、できる限りの抗議を行う。
こんな異常で、危険な大会に参加させるくらいなら、いや、そんな大会に参加して喜んでいるような、おぞましい権力者が支配しているチームなんかは、むしろやめさせてしまうべきだ。
たとえ子供に泣かれたとしても、親ならそうすべきだ。
彼に才能があるのなら、そんな腐った指導者のもとにいるのは百害あって一利なしだ(いや、裏口入学のようなコネクションが欲しいというのなら、一利くらいはあるかもしれない。しかしそれでも、彼に才能があると信じるなら、そんなコネクションさえ害にしかならないことを、親は知っておくべきだと思うが)。
それよりも、小学生最後の夏休みを、子供らと一緒にキャンプで過ごす方がよっぽどいい。
極論すれば親にとって子育てとは、健やかな体になる栄養を与えることと、ふとしたときに子供がよりどころにできる楽しい思い出をどれだけ作ることができるか、に集約される。
人は己の記憶の中に生きている。

お父さんとお母さん、そして妹と一緒にいった近場へのキャンプでやった釣りのこと、釣った魚の味、お母さんの子供の頃の話、お父さんから聞いた怖い話、汚いトイレ、朝もや独特の匂い、鳥の声、謎の動物の足跡、帰り道の渋滞でやったしりとり、車のナンバーの足し算引き算競争、などなど。


真夏の大阪で開催されるという狂気の虐待に嬉々として参加するチームには、まともな指導者もコーチも保護者もいません。いたらそんな異常な環境の大会に参加するわけがないんですから。
「根性」「根性」「根性」
「この大会を経験した子と、してない子とでは、たくましさが違うんです」
こういうことをいう人間がいたら、「そうですか」と笑みを浮かべつつ、刺激しないようにその場から離れましょう。
目の前にいるそれは、人間の姿をした悪魔なのですから。

世界で、育成年代の、それも小学生年代の子に、そんな虐待をして喜んでいるのは日本だけです。
そしてそんな大人たちが関わっている日本からは、まともな選手が育っていません。残念ですが。
いまの日本のジュニア世代、ジュニアユース世代に、能力のあるコーチやスカウトは、本当にわずかしかいません。
そしてそういう有能な大人たちは、絶対に子供を虐待したりしません。
ハードなトレーニングと、旧軍式の虐待は、似ても似つかぬ別物です。
ですから優秀な指導者のいるチームは、絶対にこんな狂った大会に子供を連れて行ったりしていません。
これほどはっきりと、誰の目にもわかりやすい判別基準はありません。

無能なコーチに預けるくらいなら、お父さんやお母さんが優秀なコーチとして子供に接した方がよほど子供の可能性を広げます。
人間としてなら、そんな無能な似非指導者よりも、サッカー素人であっても親御さんたちの方がずっと上なのですから、自信を持ってください。
あなたの子を守ってあげられるのは、究極的には親だけなのです。
ペットの犬であっても、真夏の大阪の灼熱のグラウンドに、一日中つなぎっぱなしにしますか?
そんなことをしたら、どうなるか想像できませんか?
この異常な大会に自分の子を参加させるということは、つまりはそういうことなのです。

何かあってからでは遅いというレベルの話ではありません。
まちがいなく、すでにもう何かは起きているはずです。
ですがそれは、これまで巧みに隠されてきただけ。
JR西日本では、あれほどの惨事となってようやく事が明るみにでました。
大阪にはそういう風潮を受け入れる土壌がある、とは考えたくないですが、私はどうにも大阪を中心とする地域の「肉体」に関する概念に特殊性を感じずにはいられないのです。
親御さんたちは、どうか「おぞましい権力」を見抜く目を持ってくださいと言いたいです。

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